宿り木
リアリス王国王宮爆発テロ事件から数日。
あらゆるメディアが連日連夜あの事件を大々的に報道している。
リアリス王国政府は、公式発表として、魔力管への火災障害事故と発表しているが、誰も信じようとしなかった。
事件翌日、新聞の一面を飾ったのは、とある男。見出しは『実行犯死亡』。公式発表に疑問を抱いた新聞社が入手した一枚の写真には、無精ひげを生やした男が映っていた。
そんな国中の雑音から離れた静かな病院。病院内にある外の芝生で車椅子に座った俺は一人空を見上げた。
そこに遮る雲もない一面の青空、降り注ぐ太陽の光が眩しかった。
そんな俺は、ある人に問いかけた。
「ねぇ、バレット。俺、どうすればよかったのかな~」
『アサヒ様は、十分頑張っておられましたよ』
「別に言い訳すわけじゃないけどさぁ~。戴冠式を潰せて、バカな俺としては、うまくやったと思うんだよね」
『はい、近くにおりましたから、存じ上げておりますよ』
「まぁ、何もかもやったのはアビーで俺は何もしてないけど」
『ですが、アサヒ様。アビゲイル・クロスフィールド様がすべてをなされてたとしても、アサヒ様が決断しなくては、救えない命もありましたよ』
「もっとさぁ、うまいやり方があったんじゃないかってさぁ、今でも考えてしまうんだよ」
『いいえ、そんな方法はありませんよ。あれが最良でありました』
「俺が弱いから?」
『関係ありません。あれは誰にもどうすることはできません』
「俺があそこにいなければ?」
『アサヒ様以外、誰が私たちのことを助けてくださるのですか』
「でも、バレットたちなら、無事に……」
『本当にうまくいくと思われますか?うまくいったとしてその後は私たちにございません』
「じょ、どうすればよかった?」
『どうすることもできません』
「それでいいの?」
『私が選択したことです。後悔はありません』
「……」
『……』
「はぁ~、俺、これからどうしたらいいんだろう?」
『前を向いてください』
「正直もう生きていける自信がないんだけど」
『それでも、前を向いてください』
「でも……」
『信じてますよ』
「何を?」
『アサヒ様なら、私の命を大切にしてくれることを信じています』
「ズルいな……」
俺は、首からぶら下げたあの指輪をギュッと握りしめた。
「ねぇ、どうして俺なんかのために死んじゃったんだよ」
『 』
バレットは何も答えない。答えられない。
動かなくなった心臓、感じられる肌の感触、それだけですべてを物語っていた。
『バレルのコア』
それがバレットの残した最後の想いだった。
胸の奥で感じる重すぎる想いが胸いっぱいに押し込められ今にも張り裂けそうになる。
結局、何もできなかった。何も守ることができなかった。
だが、現実はこんなもの。これが正しい結末と納得するしかない。
異世界に来たからと言って、劇的に何かが変化する優しい世界など存在しない。
現実はいつだって平等。
時間と血、魂。何かしろの対価を支払わなければ、何も得らない。
『正しさ』の先に力がなくては、結局、道は変わらない。
ハッピーエンドが当然のように行きつけない。
(つくづく、異世界に毒されているな)
青空は、揺らめく。眩かった光が少しずつ遮られ、また、輝きを取り戻す。
ただ俺は、漫然と見つめるしかなかった。
「アサヒ~、アサヒ~どこに居るの~」
そのとき、遠くの方から少女の声が聞こえた。
『アサヒ様。アビゲイル様がお呼びですよ。そんな顔で迎えては女性に失礼です。笑ってください』
バレットなら、そんなことを口にするだろうか……
「アサヒ一人でここにいたのね。またカウンセリングをサボって看護師のペリーが怒っていたわよ」
空を見上げ、口を開く。
「すっかり忘れていたよ。あとで謝っておく。それで何しにきたの?」
「なにってお見舞いに来て、病室にアサヒがいなかったから探しに来たのよ。この病院、軍病院なんだからお見舞いに来るだけでいろいろな手続きがあってめんどくさいのよ。それに自由に出歩けないし、病室にちゃんといてよね。探すの手間なんだから……あと、ちゃんとカウンセリングを受けなさい。銃撃を受けた直後は心の病にかかりやすいだから」
「はいはい。わかったよ。今度はちゃんと行くよ」
「本当にそうしてよね。この私がわざわざ心配して言ってるのよ」
「わかったわかった、それで病室にでも連れ戻すつもり……って、訳でもないね。なにその大荷物」
車椅子を回し、アビーの方へ顔を向けると、大荷物を抱えたアビーの姿があった。
「あぁ、これ?天気もいいし、ここでもいいかな。ちょっと準備するから、待ってね」
そう言うと抱えた大荷物を芝生に下ろし、荷物の中からアウトドアで使う折りたたみチェアを取り出した。
「なにそれ」
「まだわからないの。最低」
いや、椅子だけ見て何がわかると言うのか。
アビーは荷物から次々と道具を取り出し、何かを組み立てていった。
「そう言えばアサヒ。一応、事後報告しておくわね」
手を動かしながら、アビーは口を開いた。
「私たちはリアリス王国政府に保護を受けられることになったわよ。まぁ、条件付きで自由に制約はできるけど、それ以外は問題ないわよ」
「どんな手を使ったの?」
「最初の取り決め通り、転移魔術の知識を与えただけよ」
「でも……」
アビーには、転移魔術の知識はない。現物すらすでに使いきった。政府としては、話が違うと見捨てられると思っていた。
「ねぇ、もちろんないわよ。だから、『そんな知識ない』ってね」
「それ詐欺じゃない」
「人聞きが悪いわね。『ない』ってことも立派な知識よ」
嬉しそうに笑うアビーは、すぐにため息を付く。
「まぁ、あのアルバトロスに一泡吹かせられると思ったのに、大事なのは私と言うカードがあることだって、ホントムカつく」
(なるほど……)
アビーが転移魔術の知識を持っていないが、それを知る人物は少ない。転移魔術は世界を揺るがすほどの魔術だが、実際それを使用する機会はないだろう。戦争に使おうとするなら、リアリス王国は国際的な脅威である。
核の傘と同じで実際使用することはないが、その存在自体が抑止力になる。転移魔術を持つとされるアビーの存在が、脅威となり、抑止力となる。知識があるか、ないかは、大した本題ではない。
「でも、よかったじゃん」
ムカつく気持ちはわかるが、保護を受けられるのだから、悪い話ではない。
「当たり前でしょ。こっちはちゃんと約束を守ってるもの」
「確かに」
アビーは別に嘘はついていないと言えばそうなる。『ない』という情報を与えた。最初から技術を渡すとは言ってないのだから、嘘にはならない。だが、期待した側からすれば、面白くない話だ。
「よし、できたわよ」
いつも間にか、芝生の上にアウトドア用テーブルとイスが設置された。テーブルにはテーブルクロスが引かれ、椅子には鮮やか布が被せられている。アウトドアが持つ無骨さがなくなる。
「はいアサヒ、椅子に座って。手伝あげるから」
「それくらい自分でできるよ」
「いいから、病人は黙って手を借りなさい」
「わかったよ」
まだ、立つことができない俺でも、腕を使えば椅子ぐらい座れる。そんなことは当然知っているアビーだが、なんか笑顔が怖い。仕方がなく、善意を受け取ることにした。
車椅子を押してもらい椅子の近くまで寄せた。アビーは俺の正面に立ち、腕を俺の腰のあたりにまわした。
「ほら、首に手をまわしなさい」
俺は言われた通りにアビーの首に腕をまわす。上半身をアビーに預けると、アビーが俺を持ち上げた。
少女の力では、男の体重を支えるのは難しく、踏ん張るようなうめき声をあげる。
アビーに抱きしめる形となると、ふぁっと鼻がくすぐられた。
「……アビー、香水でもつけてる?」
「えっ……さぁどうだったかな」
白々しくとぼけているが間違いなく香水をつけている。前に嗅いだ時は、薬品の匂いがしたはずだか、今はどこかで嗅いだような花の香がする。
別に嫌いではないが、一言だけ言っておく。
「病院じゃ香水はまずいよ。何が患者に悪影響を与えるかわからないから控えておけよ」
「ご助言ありがとう」
急に手を離され、椅子の上にドスッと置かれた。
「イタタタッもうすこし優しくしてよ」
「そうね。今度から気を付けるわ」
まぁ、そんなに気になるものでなかったので余計だったかもしれない。でも、ここは病院。様々な患者がいる中で、何が悪影響を及ぼすかわからない。TPOを心掛けるべきだな。そういう日常的常識は、アビーは疎そうである。
アビーは最後の仕上げと、テーブルにナプキン、皿、ナイフにフォーク、おまけに花を飾る。よくまぁ、機密保持の観点が高い軍病院でこれだけのものを持ち込んだものだ。
「これって、ランチ?」
「そうよ。味の薄い病院食じゃあきるでしょ。だから作ってきてあげたの」
「ってことは、アビーが作ったの?」
「なに、不満なの」
「不満と言うか、不安」
「私の料理がまずいと思ってるの?」
「いや、そんなことないよ」
うん、思っている。ヒロインが作る料理って不味いことが多々あるからな~、あまり期待はできない。
アビーは、お披露目するように食品用パックから手料理を取り出し、お皿に盛りつけた。
「はいどうぞ、異世界風ロールキャベツもどきよ」
キャベツとひき肉をミルフィーユ状に重ねたロールキャベツ。ロールされてないから、ロールキャベツじゃないと言うのは、しっかりと『もどき』と言っているので突っ込まないでほしい。
ロールキャベツもどきは俺にとって一番の思い出の料理である。
「俺を励ましてくれてるの?」
「なわけないでしょ。約束よ。約束。仕方がなく用意したのよ」
大好物を用意して落ち込む俺を励ますものだと、なんと泣ける優しさと思ったが違った。
「約束?そんなことしたかな」
「うわぁ、女の子との約束を忘れるなんて、モテないわよ」
「うるさい」
どんな約束をしたか一向にわからない俺を、女の子にモテないことと当てはめないでほしい。というより、本当に約束なんてしたかぁ?
「まだわからないの?アサヒがこの世界に来た時、私がとびっきりおいしい異世界料理を食べさせてあげるって言ったでしょ。それがこれ」
「あぁ~確かにそんなこともあったな」
もう遥か昔のように感じられる思い出。確か、アビーの家から出る前にそんなこと口にしていたはずだ。
「でもこれ、異世界料理なの?」
「アサヒ。ちゃんと異世界風って言ってるでしょ」
「そうだったな」
これは不粋だった。ツンデレのアビーは、こじつけがないと素直にならないから、そう言うことにしておく。
アビーは椅子に座るのを待ってから、尋ねる。
「食べていいの」
「もちろん、いいわよ」
「じゃぁいただきます」
「召し上がれ」
ナイフとフォークを手に取り、ロールキャベツもどきを一口サイズに切った。
アビーはその様子をじっと見つめている。
俺は一口サイズにしたロールキャベツもどきを口に入れた。
「どう、おいしい?」
初めて他人に料理を振る舞うアビーは、不安だった。
俺は、しっかりと味わい咀嚼して、感想を伝えようとアビーの方へ向く。
「ごめん、そんなにおいしくなかった」
俺を見たアビーの表情は険しくする。
「いや、おいしい、とてもおいしいよ」
慌てて素直な感想を述べた。でも、アビーは不安でいっぱいになり、席を立つ。俺の傍まで近寄りそっと俺の頭を抱きしめた。
「昔ねぇ、私が泣いたときお母様がよくこうしてくれたの」
あぁ、俺はなんて見っともないだ。
病院のベッド目覚めた俺はその後、誰かの前で一度も涙が出なかった。だが、ロールキャベツもどきを口にした瞬間、確かに何かが崩れた。目の奥からあついものがあふれた。
「いいのよ泣いたって」
アビーの優しい甘い言葉にこのまま身を委ねることもできたが、あふれ出る涙にフタした。
「もう大丈夫」
「ホントに?」
「あぁ大丈夫。急に泣いてごめん」
アビーの体から頭を離す。
アビーは、感情を堪えようとする俺にため息をつく。
「はぁ~、わかったわ。アサヒ、遺言があるの。一応、アサヒの命を救ってくれた命の恩人の頼みだからね。一度しか言わないから、ちゃんと聞いてね」
命を恩人でもアビーの印象からしぶしぶと言った感じは理解できなくもない。
アビーには何も、何も話していない。
アビーは何も知らない。
アビーにとって、俺はただ巻き込まれた一人過ぎない。そんなことはないと、アビーの罪悪感を拭ってやりたいが、どうしても怖かった。アビーがすべてを知ったら、今みたいに優しさをかけてくれるだろうか……
それとも何もかもが終わってしまうのか……
アビーは、それをどこか察しているのか、深く尋ねようとはしないでくれている。
俺は、命の恩人の最後の言葉を俺は望んだ。
アビーは、一度深呼吸すると正確に言葉を伝えた。
『アサヒ様……』
(あぁ、あぁ、もうダメだ)
抑えつけていた感情が噴き出す。少女の前で無ざまに涙を流す少年の姿はなんとも見っともないが、もうどうしても抑えられなかった。
たった一言だけの遺言。
全くバレットらしい言葉だよ。
他人にはただ呼び名でしかない。
ただそれだけなのに俺には詰められた想いが十分伝わる。
その想いに一人で泣いた。枯れるまで泣いた。
すべてが溢れるように溶け出す。
たった数日、長いように感じられる記憶は、今でも鮮明に覚えている。
バレットの一言、一言が今だ温かみを帯びている。
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何かが引っ掛かった。
取り留めのなかったはずの言葉が引っ掛かった。
『私は、この命に代えても殿下をお守りして見せます』
あの最後の夜で聞いたバレットの言葉。
それはバレットにとっての儀式みたいなものだと思っていた。
だが……
(……すべてが間違っていた?)
断片的に得られた少ないピースで勝手に思い描いた絵。
バレットたちは、前国王に命を捧げていたと思っていた。
だが、あの未遂に終わらせた国王暗殺。
あれがすべてバレット言葉通り俺のためだったら……
「……」
「大丈夫?」
突然、黙り出し硬直する俺にアビーは心配の声を掛けた。
俺はアビーの体から顔を離し、涙で霞んだ瞳でアビーを見つめた。
車椅子から足を出し一歩だけ、地面につける。そしてもう一歩、地面につけ、車椅子から腰を持ち上げた。
おぼつかない足で立ち上がると、そのままアビーを両腕で抱きしめた。
「アサヒ、あなた立てるの?」
急に両足で立つ俺にアビーは驚きの声を漏らした。
「……」
うたかたの美しさ。すべての収まったように見えたパズルの絵は崩れ落ちた。新たなピースを加えられ、新たに作り出された絵は全くの別の姿を見せる。
それはまるで地獄絵図。自分の業を示している。
偶然……そう一言で片付けるにはあまりに出来過ぎている。
現国王側にとって、俺…前国王の息子の存在はいつ暴発するかわからない爆弾でしかない。
あの時、バレットは言っていた。クロスフォールド家は、王子である俺を救うために、異世界へ転移魔術の研究していた。
だが、前国王を暗殺した現国王側がそれを座視していたか?……最初は荒唐無稽だと傍観していたが、それが完成に近づいていたとしたら……実際、アビーは残された知識で異世界転移魔術を完成させているのだから、ありえないと否定できない。
そして、今。この世界で王子の生存を知っていたら、現国王側は何もせずに王子の生存を黙認しているか?……
あの命を捉えた銃弾。
あれが何よりも証拠だ。
アビーを狙わずに俺を狙っていた。
あの行動は、一体誰の指示なのか……
もし、現国王によるものだったら……
正直、俺は関係ない。そう言うことはできなくもない。俺は何もしていないし、すべてが俺の届かないところで行われていた。
否定することは簡単だ。こんなのは、想像で実は全くの思い過ごし。そもそも物的証拠がない。俺の仮説を裏付けることなんてできない。
……だが、もう遅い。
引き返せないところまで来た。
どんなに振り払おうと一度抱いた疑念は振り払えない。
悲劇の中心に誰が立っている?
アビーの、バレットの、悲劇の始まりはどこから始まった?
アビーの家族を殺された原因は誰に?
バレットが現国王を暗殺しようとした本当の理由は?
「……」
耐えられない。
もう自分が背負う重さに耐えられない。
「アサヒ、ちょっと苦しい」
無意識に入ってしまう腕の力。ギュッと絡めるように体を密着させた。外から胸に響く温かな鼓動が、ゆっくりと俺の命を巡らせる。
それはまるで宿り木よう。
寄り添うことでしか、立つことができない
「俺は……」
零れ落ちた言葉。そこでグッと唇を噛みしめた。
異世界に毒されている⁉ 言京 ウナム @unamu
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