行きついた場所

「……意外とあっさりしていたわね。もうすこし何かあると思ったのだけど」

「まぁ確かに」

 俺は、アビーが漏らした狂気になぜか同意してしまった。

 現在、人気のない路地でアビーと二人でいる。ハプニングが起こらないことはいいことだが、こうもあっさりと王宮から出れてしまうと逆に裏があるのではないと不安になってしまう。

 でも、実際はこんなもんかもしれない。

 戴冠式で王宮に集まっていた人々は、世界中から集まった権力者たち。王宮内で爆発騒ぎが起きいち早く避難させる必要があったのだろう。

 多くの人々が一つの方向に流れを作り出した。秩序だっていながらも押し寄せる濁流のような人の流れに、ちょっと横から入っただけで済んだ。後は身を任せ流されまま流されて外に出れてしまった。

 半分諦めだった俺達には、それがなんとも呆気なかった。

「ねぇ、アサヒ。これであなたの助けたい人は助けられそう?」

 俺は、自信なさそうに答える。

「……たぶん」

 計画通り、戴冠式をぶっ潰すことできたと思う。これで、国王は公の場に出ず、安全な場所に隠れるはずだ。さすがのバレットたちも手を出さない……はず。

 結局、再びバレットの顔見るまでわからない。

(怒られるだろうなぁ~)

 バレットに再び会えたとしても、せっかくの国王暗殺のチャンスを台無しにしてしまったのだ。また、あのお日様のような笑顔が見られるか微妙なところだ。

 だが、いつまでも呆気に囚われているわけにもいかず、アビーが現実を口にする。

「多分って……まぁいいわ。でも、まだやることがあるのよ。私たち数時間後には全世界に指名手配される可能性があるわ。その前にどうするか決めないと」

「アビーは、切り替えが早いね」

 俺は今だ、状況に整理がついていない。

「まぁ、これに関しては経験値の差ね。止まったら、死んじゃうもの」

(お前はマグロかぁ‼まぁ、今の俺には時間よりも忙しさの方が気が紛れるか……)

 最初から分かっていたことだが、はっきりと言われると、嫌な未来を想像していしまう。

 自分が一から行った行動に後悔はない。

 とは、カッコ悪くも言い切れない。

「誰⁉」

 アビーは突然、大声をあげた。路地のちょうど曲がり角の方に拳銃を構えていた。

「アビー、急にどうした?」

「……」

 アビーは答えなかった。でも、代わりに知らない男の声が聞こえた。

「落ち着け、武器は持ってない。戦闘の意志はない。だから、撃たないでくれよ」

 曲がり角のから男が両手を胸の高さまで上げて現れた。

 男は、茶色のギザギザとした短い髪に、スラリとした若者だった。服装は、カジュアルなYシャツに、青のジーンズ。平凡的な印象を受ける。だが、この緊迫とした状況でそれが妙な違和感を覚える。

 警戒を高めるアビーは、声を鋭くする。

「あなたは誰?」

 男は、ひょうひょうとした表情を取る。

「怖がらなくてもいいよ。敵じゃない。コニー・カサブランカ。S7のものだよ」

「S7?秘密情報部ね」

 アビーは、眉をひそめる。

「さすがクロスフィールド家のご令嬢様。国家の秘密組織をよくご存じで……」

 アビーは、自らの失態にチッと舌打ちをした。

「どうしてここが?」

「舐めてもらっては困るね。これでも情報が専門だからね。王宮を爆発させた犯人の正体ぐらいわかるに決まってるだろ」

「……」

 アビーの拳銃を握る手が強くなった。

「ウソウソ、だから、銃を下ろしてくれ。忘れているのか君には発信機がついていることを」

「あっ」

 アビーは緊張が抜け落ちるような声を漏らす。

 そのまま首を捻り、汗を滴らせた表情を向けてきた。

「いや、違うのよアサヒ。あなたを救うためにいろいろあって……あっ!」

 と、そこでアビーは止まった。ゆっくりと顔を戻しコニーに目を向けた。

「って、ことはあなたがアルバトロスの使い?」

「頭が回るようで助かるねぇ~。あぁそうだよ。敵じゃないことがわかってくれて助かるよ」

 ほっとしたコニーは、腕を振って一歩足を踏み出した。

「動かないで‼」

 アビーは、コニーを静止させた。

「おいおい、敵じゃないことがわかったばかりだろ」

「今と前とでは状況が違うの。私たちに何の用?」

 前と言うのは、アビーがあの屋敷に現れた前。

 今は、王宮を爆弾で吹き飛ばした後。

 取引を交わしたであろう状況とは置かれている立場が善と悪ぐらい違う。

 それでもコニーは立場を変えない。

「確かに状況は違うが、俺の受けた任務は変わらずだよ」

「信用しろと?」

 あまりにも都合いい申し出にアビーは不信感を抱く。そして、俺も不信感を抱かずにはいられない。

「気持ちはわからなくもないが、事実だよ」

「証拠は?」

「残念ながらないね。まぁ、君たちが今だ、無事いることがなによりも証拠だと思うけど」

「……」

 アビーは俺に視線だけを送る。

 それだけで、俺は無言で頷く。

「わかったわ。今は信用する。それで、どうすればいいの?」

 アビーは、敵意を納めたと銃を元位置に戻した。

「それはよかった。なら、すこし待っててくれ。もう一人仲間がいるから」

 コニーはスマホのような板を取り出し、誰かに連絡を取った。

 連絡を終えると、アビーはコニーに質問した。

「あなたは何を考えている?」

「俺?俺は何も考えてないよ。ただ命令を実行してるだけだよ。あのアルバトロスさんが君たちを保護しろって言うのだから、君たちにはそれを差し引いてもまだこの国に対して価値があるのだろう。俺みたいな一、諜報員にはわからないがね」

「そう」

 アビーは不信感を拭えず、それでいて、あきらめと言った表情を曇らせる。

 コニーは、遠くの方である人影を捉えると、小さく合図を送る。

「こちらです」

 コニーが顔正した男は、コニーよりも一回り程歳を食い口の周りに無精ひげを生やしていた。短く切り揃えられた髪は所々に白が目立っている。

「彼らが?」

 その男がコニーに尋ねた。

 コニーは、背筋を正し答えた。

「はい、間違いありません」

 男は無精ひげを触り、俺のことを見定めた。

「そうか。君がアライ・アサヒか?」

「あっ、はい。アライ・アサヒですけど……」

 なぜかその単純な問いに疑問を覚えた。

「わかった」

 男は、そう納得すると、懐に手を入れ、サプレッサーが付けられた拳銃を取り出した。

 

 ポスッ、ポスッ。

 

 くぐもった二つの破裂音が目の前で響く。

 コニーの胸から赤い血が噴き出し崩れるように地面に倒れた。

 熱を帯びた拳銃が俺に向けられた。

「アサヒ‼」

 すでに動き出していたアビーが俺に覆いかぶさるように飛び込んできた。

 

 ポスッ、ポスッ。

 

 二つの破裂音が鳴り、空しく薬莢が地面に落ちる。

「……」

「アサヒ?」

 地面に仰向けになるアビーは、上で覆いかぶさる俺に言葉を漏らす。

「大丈夫アビー?」

「アサヒどうして……」

 俺の胸のあたりから赤い熱がじわじわと服に染み出し、ぽつぽつとアビーの体に落ちていく。

「すこしぐらい役に立たないとね」

 俺は背後を振り向く。

 今だ、心臓を捉え続ける銃口に殺意の目を向ける。

 男は、どこか憐みの目で返してきた。

「すまんな。君に恨みはないが、これも任務なんだ」

 俺はギュッと目を瞑った。

 もう俺にはどうすることもできなかった。


 ポスッ


「……」

 何も起こらない。

 くぐもった銃声が響いたが、死は訪れなかった。

 恐る恐る瞼を持ち上げる。

 無精ひげの男は、左胸を片手で押さえながら背後を見ていた。

 男の体がぐらっと傾くと、地面に倒れた。そのまま動くことはなかった。

 男が倒れたことで視界が広がると、あるものが瞳に映った。

 深い黒に艶やかな光沢のクセのあるショートヘアーに、スラリとした長身。

「バレット?」

 緊張が解けると、地面に倒れこんだ。

 視界には、これ以上ないほど青い空が建物隙間から覗かせている。

(はぁ~もうダメだな)

 初めて経験する命が零れ落ちていく感触。

 これが『死』であると、当然のように理解できた。

 あれほど恐れていた感触でも思っていた以上に怖いものではなかった。

 焼き付くほどの胸の痛みはなく、ただ零れ落ちていく砂時計を眺めるような静寂に浸った。

 その瞬間、そっと笑みが零れた。

「アサヒ様⁉」

「アサヒ‼」

 ぼやけた視界に二人の姿が入る。

「アサヒ様、今、回復魔術をかけますから、意識をしっかりもってください」

 バレットは、俺の胸を両手で抑えた。

「バッ、がはぁ……」

 喉に血が絡む。

「アサヒ、今しゃべっちゃダメ。大人しくして」

 それでも、告げた。

「バレ…ット……生きててよかった」

「……」

 バレットは、俺の顔を見ようとしなかった。

 それは、怒っているのか、罪悪感なのからか、もう知ることはできない。

「アビー…ごめん……せっかく……助けてもらったのに」

「何言ってるのよ。まだ、助けてないわよ」

 結局、この異世界で何かをしようとするとすぐこうなってします。

 わざわざ誘拐から救ってもらったのに、自分勝手なことで徒労に終わらせてしまった。

 それにアビーは、『誰かを傷つく姿が見たくない』と死を選択するほど拒絶していたのにやってしまった。

「ホントに……ごめん」

「そんなのやめて……私こそ、ごめんなさい」

「違う……アビーの…所為じゃ…ない」

「なんでそうなるのよ。全部私の所為でしょ。私があなたをこの世界に呼ばなければこんなことにならなかった」

「アビー……それは…違う」

「違くないわよ‼違くない、違くない。全部私が悪いのよ」

「ありがとう」

「なんでそんな言葉を……」

 頬に大粒の雫が落ちる。それは痛みなど感じなくなっている俺には、温かった。

「どうして、私を恨んでくれないの、どうしてそんなに優しくするの」

 優しさなんてこれぽっちもない。それは俺のエゴみたいなものだ。

 最後の力を振り絞り、アビーの頬に触れる。

 アビーはその手を掴み、頬を合わせてくれた。

 わずかだが、確かに温もりだけは感じることができた。

「ねぇ、アビー……最後にお願い…聞いてほしい……だけど」

「何言ってるのよ。最後にしなくてもいいでしょ」

 嬉しい申し出だったが、受け取れそうにない。

 色々あった。本当に色々あった。遠い記憶のような懐かしい感じもする。

 出会いが衝撃的な感じで始まり、それから、あっという間に、壮絶な時間に入った。よくよく思い出に浸ると、アビーとはあまり何もなかったとも言えなくもない。

 だから、最後だけ。最後だけでも、普通でいてほしい。

「アビー……笑って…せっかくの顔が台無しだよ」

「何よそれ。それでいいの?」

「あぁ……お願い」

 別れ際に酷な話だと言うことはわかっている。でも、悲しみで歪む表情よりも華やかな笑顔で送ってくれ。

「アサヒ、またね」

 その笑顔は、なんともひどいものだった。あまりに表情がくしゃくしゃで、無理やり引き上げられた口角がたどたどしい。本当に見たかった華やかな笑顔とは到底言えたものではない。

 でも、アビーの見せる純粋な笑顔に頬が緩んだ。

 そして、腕から力が失われ、アビーの手からすり落ちた。

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