成れの果て

死神

第1話

重みとは、即ち存在のことだ。嘘のように軽くなってしまった君を抱いて、僕はそう思った。味気のない白。微かに君の匂いがしたような気がした。それきりだった。


化けて出てくれるのを本気で期待していた訳ではない。ただ、ぼんやりとあの世というものを信じていたから、きっと顔くらいは出してくれるだろうと思っていた。僕が感じ取れていないだけだろうか。君は、どこかで僕を見ているのだろうか。ざらざらとした白の感触を思い出しながら、物思いに耽る。


君が死んだ時には、確かに、君は存在していた。生前よりもぐったりとしたその体には、重みがあった。僕の腕の中に存在していた。


魂、というものがあるのなら、いつまで体のうちに宿っているのだろう。心臓が動きを止めるその瞬間?体が焼き尽くされるとき?君は、煙と一緒に天へ還ったのだろうか。


疑問は尽きない。なぜ僕を置いて死んでしまったのかも、君が、死ぬ前に何を思っていたのかも。未だ埋められていない冷たい壺の、いやに重い蓋を開ける。君の匂いは、もうしなかった。

己の内に宿る虚ろが、また膨らんだような気がした。


一層のこと、綺麗に溶けて無くなってしまったら、どんなに楽だっただろう。骨という形見を遺さないでいてくれたら、僕はこうして君を思い出すこともなかったのだろうに。そんな邪な考えを抱いてしまうことこそが、僕の虚ろであるとも言えた。


ずるい…、無意識に口から滑り出たそれは、驚くほどに僕だった。ずっと、身のうちに燻っていたのだろう。どこか他人行儀なその事実が、穿たれた闇を満たしたように感じた。生暖かい共鳴は、全身を揺らし、去ってゆく。後に残るのは、深い喪失感のみだった。気だるささえ滲んでいるような。


もう、僕が生きる意味はない。君に陶酔していた訳ではない。かと言って、失ってみれば、己の半身だったことを強く思い出させる。


やけに味気のなくなった毎日の、やけに寒々しい風景が、心の虚を摺り抜ける。乾いた笑みが自然と片頬に零れる。今や生に執着する必要もないのだ。


君は、綺麗なひとだった。儚い人だった。もう少し、僕が生き永らえたとすれば、万一、仮に、もう少しだけ生きてしまったとしたら、存在さえも確信できなくなってゆくのだろう。生と死の曖昧な境界線の上を綱渡りするような生き方をする人だった。余りにもあっさりと黄昏に歩を進めてしまった訳だけれど。


晩夏の夕暮れ。芒が揺れる。少しだけ汗ばんだ首筋に、物寂しい風が寄り添った。芯も何も無い芒の、あまりの軽さに安心する。重みがなくとも、君はここに存在しているのだ。


夕闇の迫る空を眺めながら、その綺麗な深い蒼に祈りを捧げながら、いつの間にか定かでなくなってしまった空と景色の境界線をなぞる。


逢魔が時。


僕はただ、君に会いたい。

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成れの果て 死神 @rainight___

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