22 「キリがなさそうだし。」




「ありがとう、逢音。」


 朝日さんたちが三人でいろんなことを話した後に、なぜか僕は朝日さんにお礼を言われた。

 ちなみに、僕は三人の話が終わった段階で帰ろうとしたのだが、どういうわけか引き留められてしまった。僕は完全に邪魔だと思うんだけど、どうして引き留められたのか理解できない。僕に気を遣ったんなら、そんなことしなくていいんだけどな。

 あ、でもまだプレゼント渡してないか。プレゼント渡してないのに帰るのも変な話だし、日向さんに引き留められたのはそれが原因かな。ほかの二人にも止められたのは謎だけど。


「ん?僕はなにもしてないよ?」

「ううん。そんなことない。」

「ほんとになにもしてないんだけどな。」


 だって、僕はただ「ちゃんと話したほうがいい」って当たり前のことを言っただけだし、実際に行動したのは朝日さんで、解決したのは三人でちゃんと話したからだからね。僕はなにもしてないんだよ。


「いやいや、私も逢音君のおかげだったと思うよ。」

「日向さんまで――僕はなにもしてないですよ。朝日さんが自分で行動しただけです。」

「でも、わたしが行動できたのは逢音のおかげ。」

「そんなことないと思うけど――」

「わたしがなんのおかげで行動できたのか、決めるのはわたしだから。」


 それを言われると、「たしかに」と答えるしかない。だって、朝日さんがそれのおかげって思うんであれば、それを外野が否定することはできない。なんのおかげで行動できたかなんて、本人にしかわからないからね。


「だから、逢音はただ感謝されてればいいの。」

「面と向かっていわれると、なんか恥ずかしいね。」


 自分ではなにもしてないって思ってるのに感謝されるっていうのは、かなりこそばゆいしなんか申し訳ない気持ちになる。おそらく、普段人に感謝されるようなことしてないから慣れてないからだろうな。


「じゃあ、この話題はこれでおしまいにしよう。キリがなさそうだし。」


 やけに恥ずかしくなった僕は、そう言って強引に話を切る。僕の精神衛生的にあんまりよくないからね。


「それより、日向さん。あれ・・渡さなくていいんですか?」

「『あれ』?ああ!あれね!ごめんごめん、忘れてたよ!」


 朝日さんにプレゼントだってわかんないように、具体的には言わないようにして伝えてみたところ、ちゃんと日向さんには伝わったようなので安心した。まぁ、『渡さなくていいんですか?』って言ってる段階で、なんとなく朝日さんも察しちゃいそうな気がするけど。

 日向さんは一度キッチンの方へ行くと、おそらくプレゼントが入っているであろう袋を持って戻ってきた。


「ちょうど、お父さんと朝日の仲もよくなったことだし、朝日にプレゼントを渡そうと思います!はい、拍手~!」


 相変わらずの高いテンションの日向さんに言われて、僕と倉井さんが小さく拍手する。日向さんと、倉井さん&僕の間の温度差がすごい。


「じゃあ、まずは私から!はい、朝日。お誕生日おめでと~!」

「ありがとう。今開けていい?」

「全然いいよ~」


 日向さんからプレゼントを受け取った朝日さんは、綺麗な袋から箱を取り出すと、丁寧に包装を取る。そして、その中身を見ると「あっ」と小さく声を漏らした。


「お姉ちゃん、これって――」

「うん、化粧の道具で、おすすめのやつ。ほら、もう朝日も16歳だし、そろそろこういうのをあげてもいいかなぁって思って。別のがよかった?」

「ううん、すごくうれしい。ありがとう、お姉ちゃん!」


 朝日さんはそのプレゼントが相当嬉しかったのか、珍しく大きな声を出す。やっぱり、こう――大人扱いしてもらったというか、そういうのが嬉しいのかもしれない。


「じゃあ、次はお父さん!プレゼントをどうぞ!」

「え?僕が先に――」

「いやいや、ここは逢音君が最後に決まってるじゃん!ほら、お父さん早く!」

「あ、ああ。」


 おかしい。どう考えてもここは僕が先に渡して、家族からもらうのが最後になるべきでしょ。僕、自分のプレゼントに自信ないから最後に渡すのは嫌なんだけどな。なんか、プレッシャーを感じるし。

 そんな僕の心の声が聞こえない倉井さんは、特に緊張した様子もなく鞄から箱を取り出して朝日さんに渡す。


「朝日、おめでとう。」

「ありがとう。プレゼント、気になるから開けていい?」


 朝日さんの問いかけに対して、倉井さんはこくりと頷いて許可を出す。朝日さんは貰ったプレゼントの包装を取ると、その中身を丁寧に箱から出した。


「財布?」

「ああ。朝日がなにを喜ぶかわからなくてな。前に見た時には少し子どもっぽいデザインの財布だったと思い出して、財布にしてみたんだ。

 嫌だったか?」

「ううん。そんなことない。ちょうど、今の財布ボロボロになってて買い替えようと思ってたけど、なにがいいかわからなかったから。お父さん、ありがとう。」


 朝日さんはそう心なしか嬉しそうに言うと、財布を開けて中の構造を見たり、細い指で軽く表面を撫でたりする。

 十数秒その状態が続いた後、視線が手元の財布から離れて、まだプレゼントを渡せていない僕のほうへ向けられる。

 正直、どのタイミングで渡すべきか悩んでいた僕には、向こうからこっちを見てくれてありがたい。


「朝日さん、誕生日おめでとう。あんまり自信ないけど、これ、プレゼント。」


 喜んでもらえる自信がない僕は無駄に緊張しながらそう言って、朝日さんにプレゼントを手渡す。


「ありがとう。逢音、開けていい?」

「うん。どうぞ。」


 中身に興味津々といった様子だった朝日さんは、僕が「どうぞ」と言い終わるとすぐにプレゼントを袋から取り出す。

 僕が朝日さんにあげたのは、イラスト用のペンとか、インクとか、色鉛筆とかそういうもの。朝日さんはデジタルだけじゃなくてアナログでも描くみたいだから、僕のおすすめの画材を色々まとめてプレゼントにした。財布がかなりダメージを受けたけど。

 正直、女子の友達にあげるモノではないと思うけど、女子の友達にプレゼントを渡した経験も渡そうとした経験もない僕には、それしか思いつかなかった。


 ちなみに、画材をあげるのに「僕の経験上、これがおすすめだよ!」と言うと僕が絵を描いていたがばれてしまうので、ちゃんと言い訳は考えてある。もう僕が絵を描くこともないから、わざわざ自分が絵を描いていたことを言う理由もないしね。


「朝日さん、アナログでも絵を描くみたいだから、ネットでオススメなの調べて買ってみた。

 ただ、本当に使いやすいかどうかはわからないから、使いにくかったらごめん。」

「ううん。逢音のオススメなら絶対に大丈夫。ありがとう、逢音。これでいっぱい絵を描くね。」


 朝日さんはそう言うと、袋から出していた画材を袋に入れなおしてぎゅっと優しく抱きしめる。すごく大事なものを触っているように僕からのプレゼントを扱う朝日さんに、僕はどうも恥ずかしくなってつい目を逸らしてしまう。


 それから、朝日さんはパーティーが終わるまでずっと僕からのプレゼントを大事そうに触っていた。新しい画材をもらったから、早く使いたくて浮かれていたのかもしれない。僕も昔そういうことがあったから、そうじゃないかと思う。



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