11 「強烈な人だね。」




「ここだ。」


 僕と朝日さんの前を歩いていた石橋君はそう言うと、喫茶店の前で立ち止まる。アンティーク調の外装やドアにかけられたおしゃれな『OPEN』の文字など、その店をどこからどう見ても石橋君の家だとは思えない。


「石橋君、見栄は張らなくていいんだよ?」

「張ってねえよ!いいから入るぞ。ランチならあるから。」


 石橋君は「ただいま」と言いながら、店のドアを開けて入っていく。僕と朝日さんは一度顔を見合わせた後、恐る恐る中に入る。朝日さんは僕の手をぎゅっと握る――どころか、両手で抱えるようにしている。腕に柔らかい感触があるけど、それは気にしないでおく。


「あ、お帰り秋斗。そちらの二人はお友達かな?」


 カウンターの奥にいた四十代ほどの男性は、石橋君にそう尋ねる。目は石橋君に似ているけど、そんなにそっくりというわけでもない。というか、思ったよりまともそうな人だ。なんとなく、温厚な感じがする。


「ああ。昼がまだみたいだから、なにか作ってくれ。」

「いいよ~。あ、なにか食べれないものとかある?」

「あ、いえ。ないです。」


 僕の体に隠れるようにしている朝日さんの代わりに僕はそう言うと、石橋君に案内されたテーブル席に座る。僕は朝日さんと向かい合わせに座ろうとしたのだけど、朝日さんに手を引かれて隣に座ることになった。石橋君はさも当然かのようにテーブルをはさんで向こう側に座る。


「意外だろ?」


 そう尋ねた石橋君に、僕は大きく頷いた。だって、普段の彼からこんなおしゃれな喫茶店が家だなんて想像できない。むしろ、想像出来たらすごいと思う。だって、最近は『夜光高校のMr.変態』と呼ばれ始めたぐらいだからね。想像できるわけがない。


「意外どころの話じゃないね。」

「なんでこうなったのか、わかんない。」

「もはや意味不明だよね。お父さんはまともそうだったのに。」

「なにがどうなったんだろう。」

「ほんと酷くないか!?いや、『意外だろ?』って聞いたの俺だけど!」


 机をバンと叩いて大声を出した石橋君に朝日さんが驚いてビクッと震えるのを感じた。向かいに座る石橋君もそれがわかったのか、「ご、ごめん!」と慌てて謝る。その勢いに朝日さんが若干引き気味なので、むしろ逆効果じゃないかと思う。もう黙ってればいいのに。


「石橋君、今のは女子からするとただただ怖いだけだと思うよ?」

「いや、だから悪かったって。夕、なんでそんな睨m――」

「あらーー!!すごいかわいい子!!」


 慌てている石橋君の言葉を遮る、女性の大きな声。慌てて声のする方を見ると、三十代くらいのエプロンに身を包んだ女性が、朝日さんのほうを向いて目を輝かせていた。「げっ」と声を漏らす石橋君と、訳が分からずきょとんとする朝日さん。そんな二人にはお構いなく、女性はずんずんとテーブルに近づいてくる。そして、バンっと机に勢いよく手をつき――


「そこの可愛い子!!ちょっとこっち来なさい!もっとかわいくしてあげるから!」

「え?あ、え?」


 僕の前をグイっと手が伸びてきて、朝日さんの腕をガシッと掴む。そのまま、通路側に僕が座っているのもお構いなしに腕を引っ張るので、朝日さんの腕がちぎれないように、慌てて席を立つ。


「ちょ!お母さん!?」


 焦ったような声を出す石橋君。ああ、この人が石橋君のお母さんなのか。石橋君のお父さんよりも少し若く見えるのは、実年齢が若いのか化粧のせいで若く見えるのかわかんないけど、なんとなく石橋君の強引さはこの人譲りなのだと、この短時間でわかった。


「あ、そこの彼氏君?この子借りるわね?」

「いや、別にカレシじゃないんですけど――」

「そなの?まぁ細かいことはいいや。とにかく借りてくね~。」

「え?あ、ちょ、ちょっと――」


 困惑する朝日さんのこともお構いなしに、ぐんぐんと店の奥に朝日さんを引っ張っていく石橋母。朝日さんが懇願するような目を僕に向けてきたが、突然のことに混乱を隠せなかった僕はなにもできずに呆然と見送るしかなかった。申し訳ないとしか言いようがないけど、あの人絶対石橋君より精神的な意味で強いから、どうしようもないと思う。たぶん、はぐらかされて結局朝日さんは連れていかれるパターンだ。だから、無駄な抵抗はするだけ無駄なんだよ。半分言い訳だけど。


「――なんというか、強烈な人だね。」

「ああ。俺なんか足元に及ばないくらい強烈だ。」


 いや、それはどうだろうか。石橋君と同じくらいだと思う。というか、石橋君のこの性格は絶対にお母さんのほうからの遺伝だ。今確信した。

 あのお父さんからなんでこうなるのかと疑問だったが、それが氷解した瞬間だった。


「まぁいいや石橋君。そんなことより、聞きたいことあるんだよ。」

「ああ、好きに聞けばいいじゃねえか。」

「なら聞くね。石橋君、今日なんかおかしくない?変なものでも食べたのかってくらい大人しいよ?」


 これは今日ずっと違和感があったことだ。変人で変態なことで有名な石橋君が、朝日さんを見てもいつも通りの反応をしていない時点でおかしい。いつもの気持ち悪い様子からは考えられないくらいまともだった。まぁ、いつもの石橋君と比べたら、だけど。




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