12 「そんなキメ顔で言われても困る。」



「――そういうとこは気が付くんだな。」

「さすがにそれは気が付くよ。だって、あの石橋君だよ?いつもなら女子を見たら鼻息を荒くして気持ちの悪い視線で上から下まで見てるのに。」


 僕がそう言うと、石橋君はなにか言いたそうに口を開いた後、はぁっと息を吐いて頭を抱える。その行動の意味が全く分からないが、その行動の意味を聞いたら話題が逸れそうなのでやめた。


「――あのな、夕。俺だって誰彼構わずするわけじゃねえよ。俺のモットーは女子が幸せになって、あわよくば俺に恩恵が来ることだからな!」

「そんなキメ顔で言われても困る。でも、今まで朝日さんには散々絡んでたのに、なんで今日は静かだったの?」

「俺は、人の恋路は邪魔しないって決めてんだよ。やっていいことと悪いことがあるだろうが。」


 いや、そんなドヤァみたいな顔されても全く理解できない。石橋君はなんのことを言っているのだろうか。ただ、一つ言えるのはドヤ顔が気持ち悪いってことかな。耐性が無かったら逃げ出すレベルかもしれない。


「なにを言ってるのかわかんないけど、これ以上聞いてもわかんないだろうからいいや。」

「だろうな。お前にはどうせわかんない話だ。夕、俺はお前を殴りたい。」


 どうせわかんないとか言われるとちょっとイラっと来るし、なぜ僕を急に殴りたくなるのか理解に苦しむ。まぁ、仮に殴りかかってきても躱すなり受け止めるなりは容易にできると思うけどね。何回かされてるけど、まともに受けたことないし。


「やれるもんならどうぞ?」

「ああいいんだな!?そんなこと言うならやってやろうじゃ――」

「秋斗。」


 僕を殴ろうと立ち上がった石橋君の名前を、カウンターの向こうで料理をしていた石橋父が呼ぶ。想像以上に冷たい温度のその言葉は、石橋君の動きを止めるのには十分だった。すぐさま振り上げていた拳を下げると、なにもなかったかのように座りなおす石橋君。この様子を見るに、石橋父は怒らせてはいけない人なのかもしれない。たまにいるよね、優しそうなんだけど怒ったら怖い人。

 しかし、さっきまで威勢の良かった石橋君が急にしゅんとする様子を見るのはなかなか面白い。だって、さっき殴りたいとか言ってた人が、名前を呼ばれた途端にこうなるんだもん。面白くないはずがない。


「――うちの親、怒らせると怖いんだよ――」


 僕が石橋君の様子を面白がってみているのがばれたのか、石橋君は言い訳をするかのようにそう小さく言う。「ふーん」とテキトーに返事をしたところ、また石橋君は溜息を吐いた。これほどまでに溜息が似合う男がいるだろうか。いや、石橋君のほかにはいないだろう。

 しばらくなにを話すでもなくぼーっとしていると、石橋父がアイスコーヒーを三つ運んできてくれた。ふわりとする匂いは、朝日さんが淹れてくれたものともまた違うものだったけど、僕にはなんて表現すればいいのかわかんない。うーん、それっぽい言葉が見つからない。


「ありがとうございます。」

「いやいや、せっかく秋斗のお友達が来てくれたからね。それより、うちの妻が彼女さん連れて行っちゃってごめんね。なかなかぶっ飛んでるところあるからさ。」

「あの、別に朝日さんと僕は付き合ってるわけじゃないんです――」


 さっき石橋母としたやり取りが聞こえていなかったのか、また恋人に間違われた。んー、そんなに恋人っぽいかな?全然そんなことないと思うのだけれど、客観的に見たら恋人っぽく見えるのかもしれない。


「え?そうなのかい?てっきり、付き合ってるのかと――」

「いえいえ、全然そんな関係じゃないですよ。朝日さんとは友達・・です。」

「そーだったのか。変な勘違いしちゃってごめんね。」


 石橋父は丁寧にそう言うと、僕に聞こえないよう石橋君に耳打ちをする。すると、石橋君は面倒そうな顔で一つ頷いた。一体どんな話をしているのだろうか。僕には想像もつかないし、わかったからどうするわけでもないけど、目の前でこっちに聞こえないように話をされると内容が気になってしまう。ただ、話している内容を聞くのもなにか違う気がしたので、窓の外を見ながらぼんやりとすることにする。

 ――そういえば、朝日さん遅いな。というか、「かわいくしてあげる」って具体的になにをどうするのだろうか。今のままでもかわいいと思うのだけれど。


「あ――」


 ふと、石橋君がどこかを見てそんな声を漏らす。僕は反射的に、石橋君の視線を辿る。


「あ――」


 特に狙ったわけではないが、石橋君と同じような声が漏れてしまった。だけど、それも仕方ないと思う。だって、その視線の先には一人の美少女がいたのだから。



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