41 「どうしたの!?」



 そんなことを思っていると、チャイムが鳴って担任の八橋先生が教室に入ってくる。その手には全員分の試験結果と成績表が入っているようだ。それを見た朝日さんは更に顔色を悪くする。ストレスに弱いのは少し意外だった。いや、試験の前の日も酷かったか。

 いつも通り委員長が号令をかけて、夏休み前最後の時間が始まった。


「じゃあ、早速だけど成績を返すよー。じゃあ、一番の逢音君!」


 僕は席を立つと、先生の前に行き試験結果表と成績表を受け取る。そのときに「今回もすごいね」と言われたので、教室が少しざわついた。僕は自分の席に着き試験結果表と成績表を開く。

 満点だから当たり前だけど、一位。あと、一学期の成績はなんかオール5だったのはよかった。あぁ、そっか。今日で一学期終わるのか。そう考えると早かった気がする。


「うがぁぁぁぁああああああああ!」


 急な絶叫が聞こえてきたので驚いてその方向を向くと、先生の前で石橋君が試験結果表を握りしめながら絶叫していた。いや、本当に大丈夫か?大体の想像はつくものの、そこまで絶叫されるとやはり気になる。

 石橋君は灰になりそうな感じで自分の席に戻ると、珍しく溜息を吐いて机に突っ伏す。なんかもう、いろいろ察するよね。


「うぐっ。」


 そんな石橋君の様子を見てさらに不安になったのか、朝日さんはそんな声を漏らす。石橋君、なんてことをしてくれたんだ。このままじゃ本当に朝日さんの胃に穴が開いちゃうでしょうが!


「じゃあ、次倉井さん。」


 先生が朝日さんの名前を呼ぶ。朝日さんは慌てて立ち上がると、一瞬転びそうになりながら先生の前に向かう。


「はい、どうぞ。」


 先生はにっこりと笑いながら朝日さんに試験結果と成績表を渡し、朝日さんは震える手でそれを受け取る。

 朝日さんは一度ぎゅっと目を閉じたあと、ゆっくりと試験結果を見る。なんか、見てるこっちが緊張してきた。

 暫くの間試験結果を見ていた朝日さんだったが、急に「はぁっ」と息を吐いてその場に膝から崩れ落ち、その顔を両手で覆う。周りの人も全員目を丸くする中、僕は思わず立ち上がっていた。


「朝日さん!?どうしたの!?もしかして、順位が――」


 しゃがんで朝日さんに話しかける僕だが、その言葉を最後まで言い終えることはできない。

 刹那、朝日さんは顔を上げてにっこりと、今まで見たことないくらいの満面の笑みを浮かべ、僕に抱き着いてくる。急なことに驚く僕だったが、ぎゅっと力を入れてくる朝日さんは「やった、やった」と何回も繰り返す。


 クラス中からの視線と、朝日さんの匂いや柔らかさにどうしたらいいかわからない僕は、なにを血迷ったのか朝日さんの頭をポンポンっと撫でていた。


「じゅ、十九位!やった、わたし、やった!」


 僕に抱き着くのをやめ、少し後ろに下がった後朝日さんはそう言う。いつもとのギャップに僕は驚いていたが、その事実を飲み込むと自然と笑顔が零れる。


「やったね、朝日さん。」

「うん!ありがとう!逢音!」


 そう言ってもう一度抱き着いてくる朝日さん。何度も「ありがとう、ありがとう!」と繰り返し、僕の肩に額をぐりぐりと押し付けてくる。反応に困りながら視線を先生に向けると、なぜだかとても優しい目をされた。


 いつまでもこのままなのはよろしくないとは思うが、こんなに喜んでいる朝日さんに水を差すのもよくないと思い、僕はなにもできずにいる。

 ただ、夏なのに不思議と暑いとは思わず、なぜか先程の朝日さんの満面の笑みが頭からまったく離れなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る