39 「って、なに語ってんだろうね、僕。」



 ついつい本屋には長居してしまう。それはわかっているのだけれど、やはり抗えない何かがあるようだ。


「長居しすぎちゃったね。もう六時半だって。」

「品ぞろえが良すぎたせい。」


 朝日さんはそう言うものの、やはり楽しかったのか買った本を鞄に入れずに手で持っている。ちなみに僕も数冊新刊を買ってホクホクしてます。早く読みたいけど、ここから電車で帰らなきゃいけないんだよね。お母さんもう夕飯作ってるかな?


「逢音、このまえのファミレス行かない?」


 朝日さんのその提案に、僕は少し考える。たぶんもう母は夕飯を作り終わっているだろうから、本来はそれを無駄にしないためにも家に帰って食べるべきだ。ただ、朝日さんは家で食べるとするならば、帰ってそこから夕飯を作ることになってしまう。それは大変そうだということが僕にもわかるし、料理をしたくないから朝日さんはこういう提案をしてきたのだろう。僕だけ帰るという手もあるが、女の子を一人置いて帰るのもちょっと。物騒な世の中だし、なにかあったら嫌だ。


「そうだね。食べていこうか。」


 すいません、僕は朝日さんのほうを取ります。僕の今日の夕飯は明日の朝食でいいから許してくれ。そんなことを考えながら僕はスマホで「外で食べるよ、ごめん」とメッセージを母に送る。

 僕がメッセージを送るのを待っていてくれた朝日さんは「無理言っちゃった?」と聞いてきたが、全然問題ないと返しておいた。

 近くのファミレスまではさほど時間はかからず、平日ということで席はそこそこ空きがあった。


「朝日さん、なに食べるか決まった?」


 前にここで食べて美味しかったグラタンを頼むと決めている僕は、朝日さんがメニュー表から顔を上げたタイミングでそう言う。


「グラタン。」

「あ、僕と一緒だ。」

「この前、おいしそうだった。」

「実際あれは当たりだよ。じゃあ、ベル押していい?」

「うん。」


 朝日さんが頷いたのを見た僕は心の中で「ぽちっとな」と呟きつつ、店員さんを呼ぶベルを押す。すると、すぐに店員さんがやってきて注文を取っていった。相変わらず、ファミレスって店員さんの動きが速いよね。そんなに急がなくてもいいんだけどなぁ。


「じゃあ、ドリンクバー先に取りに行ってきていいよ。」

「ありがとう。」


 朝日さんは席から立つと、鞄を置いたままドリンクバーのほうへと歩いていく。

 なんか、ここ二週間ぐらい朝日さんがすごく喋るんだよね。いや、普通の人ほどは喋ってないけど、以前に比べたらずっと喋るようになった。もしかしたら、僕が朝日さんに慣れて僕から話題を振ることがあるからかもしれないけど。

 朝日さんと入れ替わりでドリンクバーに行き、ゼロカロリーのコーラを注いで席に戻る。すると朝日さんはスマホをいじっていたので、僕も同じようにスマホを取り出して操作する。とはいえ、特に何かをしたくなったわけではなく、ただ暇だからスマホをいじっているだけ。結構こういう人も多いんじゃないかと思う。


「ねぇ、逢音。今日、楽しかった?」


 ちょうど二人分のグラタンが運ばれてきて食べ始めるところで、朝日さんはそう尋ねてくる。


「そりゃあ楽しかったよ。僕あんまり人と出かけることないし、いろいろ新鮮だったよ。朝日さんは?」

「楽しかった。」

「ならよかった。」


 朝日さんが楽しかったんなら、僕が母の夕飯を急遽キャンセルした甲斐があったかもね。そういえば、明日の朝はなにが出されるのだろうか。ま、明日のことは明日考えればいいか。


「テストがどうなるにしろ、明日から来週の土曜までは自由。」

「そうだね。まぁ、僕は朝日さんなら大丈夫だと思うよ。だってかなり頑張ってたもん。頑張るって誰にでも可能だけど、誰でも実行できるわけじゃないからね。頑張れた、それがすごいと僕は思うよ。って、なに語ってんだろうね、僕。」


 なんかついこういうことを言ってしまうときがあるんだよね。もしかしたら僕は自覚がないだけで中二病だったりするのかもしれない。いやでも、自分の中にすごい力があるとは思ってないし、セーフだとは思うんだけど。


「――ふふっ。ありがとう。」


 朝日さんはくすっと笑ってそう言う。くすっとでも笑った姿を見ると、朝日さんが美少女だということを実感させられる。それほど、朝日さんには笑顔が似合う。普段の無表情でも十分かわいさはあるけどね。


「いただきます。」

「あ、うん。いただきます。」


 朝日さんが食前の挨拶をしたのに続いて、僕も同じように手を合わせてそう言う。そしてスプーンでグラタンを掬い、念入りに冷ましてから食べる。うん、やっぱりおいしい。


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