37 「いやってわけじゃないけどさ。」



 気を取り直して先程の話をしようとした瞬間、教室の正面のドアがガラガラっと開けられる。


「みなさーん、今日は帰るのホームルームはしませんので、もう解散でいいですよー。」


 担任の八橋先生はそう言うと、さっと姿を消してしまう。たぶん、テストの採点をさっさとしたいんだろうな。まぁ、早く帰れる分にはラッキーだからいいか。

 ざわざわとしながら鞄を持って帰ろうとする人や、駆け足で教室を飛び出す人、友人と話をする人など、教室内がちょっとした混沌となる中、珍しく朝日さんのほうから話しかけてきた。


「で、本題。来週の土曜日、お父さんが来る。」

「へー、そんなすぐ来るんだ。せっかちなのかな?」

「わかんない。で、お父さんから連絡があって、その日は逢音も一緒にって。」

「――僕も?なんで?」

「なんか、話したいことができるかもって。」


 えぇ、正直もう会いたくない人トップ三に入ってるんだけどなぁ。断りたいけど、「中間で朝日さんの成績が良かったら転校させない」って言いだしたの僕だから、来いって言われて行かないのも無責任だよね。仕方ない、行くか。行きたくないなぁ。


「うん。呼ばれてるんなら行くよ。で、いつぐらいに行けばいいの?」

「お父さんがいつ来るかまだ連絡がこない。」

「そっか、じゃあ――」

「だから、連絡先交換。」

「――へ?」


 僕の言葉を遮って言った朝日さんに、僕は目を丸くする。なぜこのタイミングで連絡先?


「お父さんは、前日の夜に何時に来るか教えてくる可能性がある。すると、逢音に教える術がなくなる。」

「ああ、確かに。前日に言われても連絡取れないしね。そうだね、じゃあ交換しておこっか。」

「俺も――」

「「うるさい。」」


 連絡先交換という単語に反応した石橋君を、僕と朝日さんはそう言って黙らせる。だんだん石橋君の扱いが酷くなっている気がするけど、まぁいいか。実際にうるさいし。

 撃沈状態の石橋君を放っておいて、僕と朝日さんは連絡先を交換する。後ろからの恨めしそうな視線が痛い。ほら、石橋君は『モテ方研究同好会』の活動に行かなきゃでしょ?こんなところで油売ってていいのかなぁ?まぁ、石橋君のことなんかどうでもいいか。


「うん。じゃあ、僕が何時に行けばいいかわかったら連絡頂戴。」

「わかった。」

「じゃあ、また明日。」


 僕はそう言って鞄を持ち、席から立つ。すると、朝日さんが「え?」と声を漏らして僕のほうをきょとんとした目で見る。どうしたのかとは疑問に思ったけど、わざわざ聞かなくてもいいかなぁと思ったので、気にせずに教室のドアに向かう。


「ちょ、ちょっと待って。」


 珍しく朝日さんが焦ったようにそう言い、僕の手をがしっと掴む。朝日さん体温高いな。夏とか暑そうだけど、大丈夫なんだろうか。


「ん?どうしたの?」

「な、なんで一人で?」

「だって、僕もう勉強教える必要ないから、一緒に帰らなくてもいいよね?いや、別に一緒に帰るのがいやってわけじゃないけどさ。」


 僕がそう言うと、朝日さんはぴしりと固まり、周りでそれを聞いていた人は絶句した。え?僕何か変なこと言った?だって、まだ帰りの準備が終わってない朝日さんを急かすのもあれだし、だったら一人で帰るかってことだったんだけど。


「ちょ、ちょっとタイム!」


 朝日さんはそう言うと、すごい勢いで机の上の筆記用具を筆箱に入れ鞄に突っ込み、さっと僕の隣まで移動した。急ぎすぎたためか、頬を少し赤くして息が荒くなっている朝日さんに、そんなに急がなくてもよかったのにと思う。


「さ、い、行こ?」

「う、うん。」


 朝日さんはなぜか僕の手を引いて歩き出す。朝日さんと僕は教室中の視線を浴びながらそのまま教室を出て、昇降口で靴を履き替え、学校から出る。っていうか、なんで朝日さんちょっと速足なの?まぁ、僕からするとそんなに負担じゃないんだけどさ。


「朝日さん?」

「逢音、提案がある。」


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