36 「だって僕らが知ったところでどうすることもできないし。」



 試験の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室中から気が抜けたような溜息が聞こえてくる。朝日さんのお父さんと遭遇してからおよそ二週間、朝日さんとみっちり勉強したのが効いたのか、今回のテストは前回よりも楽に解けた。もっとテストの難易度が上がるかと思ってたけど、意外と簡単だった。ただその分平均点も高いだろうから、朝日さんが二十位以内に入りやすくなるわけではない。結局は朝日さんがどれくらい解けたのかどうかだ。



「朝日さん、どうだった?」


 隣の席の朝日さんは僕の問いかけに少し考えた後、首をこてんと傾げて答える。


「んー、どうだろ。でも、全部埋めた。」

「すごい進歩だね。前回のテストは空欄が目立ってたもん。」

「そ、それは忘れて。」


 前回の悪すぎたテストはよほど嫌なのか、朝日さんはわたわたと手を振りながらそう言うが、僕は「んー、まぁね」という返事に留めておいた。そもそも、忘れようと思って忘れられないしね。


「まぁ、朝日さんの前回の結果はもういいや。それより、これからなんだけど――」

「夕こん畜生馬鹿野郎こんにゃろうお前のかーちゃんでーべーそ!」

「あれ?どうして僕は今罵倒されたのかな?」


 なんか今、後ろの席から悪口を言われたんだけど。でも、僕は石橋君に比べて大人なので悪口を言い返したりなどはしない。ただ、心の中で石橋君を合法的に懲らしめる方法を考えるだけで。


「で、朝日さん。今回の試験結果って夏休み始まる前の日に渡されるんだよね?」

「うん。来週の金曜。で、その日なんだけど――」

「無視すんな夕!俺が今どんな気持ちか知ってんのか!」

「「知らない。」」


 あれ?朝日さんと声が被るとは珍しい。というか、初めてかもしれないな。そもそも朝日さんは口数が少ないし、僕以外と話しているのをあまり見ない。というか、今僕は朝日さんと話してるんだけどなぁ。石橋君って本当に空気読めないよね。そんなんだから無駄に筋トレして筋肉つけまくった挙句、制服の肩幅合わなくなってぱっつんぱっつんになるんだよ。って、これ関係ないか。


「二人とも理解する気すらないだろ!」

「いや、だって僕らが知ったところでどうすることもできないし。」

「くっ、これだから成績優秀者はわかってない!この俺の!落ちこぼれの気持ちなんか、なにもわかっちゃいない!」


 そう言われましても、わからないものは仕方がない。というか、石橋君の場合はテスト三日前に「俺はもういい!遊びまくるぜぇ!」とか言ってたから救いようがないと思うんだよ。やってもできないなら歩み寄る気にもなるけど、最低限の努力もしないのは、ねぇ?だって、朝日さんなんかは超がんばってたわけだし。結果はまだわかんないけど。


「で、結局石橋君はなにが言いたいの?」

「なんでお前みたいなイケメンは頭が良くておまけに運動もできるんだよ!体育でサッカーした時のあの動き忘れたとは言わせねぇぞ!」

「妬みとか、ダサい。」


 朝日さんの口撃こうげき。石橋君は大ダメージを受けた。ってか、朝日さん本当に容赦なくズバズバ言うよなぁ。まぁ、そんなこと言われるような石橋君が全面的に悪いと思うけど、朝日さんのそういうところがどこかで敵を作っちゃいそうで怖い。別に僕が怖いって思う必要はこれっぽっちもないんだけどね。


「というか、さっきからうるさい。というか、筋肉つけすぎて怖い。」

「朝日さん、そのくらいにしようか。もう石橋君の体力は0だから。」


 後ろの席でサラサラと灰になりかけてる(ように見える)石橋君を横目で見ながら僕が朝日さんにそう言うと、朝日さんは頷いてそれ以上なにかを言うのをやめる。さすがにそれ以上言うと、石橋君が逆上する可能性すらあったからね。まぁ、そんなことはないと思いますが。


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