32 「寝る時間は確保しないと。」
エレベーターから降りた僕は、もう慣れた通路を歩き、朝日さんの部屋の前に行く。たぶん、今は慌てて着替えたりとかしてるんだろうから、大人しく待っていよう。スマホをポケットから取り出し、ぼんやりとSNSを眺める。昔は僕も呟いてたりしたんだけどな。最近は全くそういうのしてない。あ、そうだ。朝日さんのやつも見てみよう。なんだかんだで一回も朝日さんのSNSを見てなかった。調べようとすると誰かに絡まれたり、親に手伝えと言われたりしてなかなか見れなかったからなぁ。
さっそく僕は検索画面で「一つの朝焼け」と入力し、検索をかける。すると驚くほど簡単にそのアカウントは見つかった。おぉ、結構フォロワー多いんだな。まぁ、綺麗なイラストだし当然か。
僕は一番上にあったイラストをタップして拡大表示――って、これ昨日の深夜に投稿してるじゃん。だから寝坊(まだ確定じゃないけど)したんじゃないのかなぁ?まぁいいや。
そのイラストはピンクや白い花を背景にした女の子が描いてあって、女の子は大きな歯車のようなものを抱きしめて目を閉じている。あ、ちょっと泣いてるのか。
学校の落書きとかじゃわからない色の付け方とか見て改めて思ったけど、やっぱりこれ僕の絵柄に似せてるなぁ。ほかのイラストを見ると、瞳の描き方とか一緒だし。っていうか、プロフィールに「一つの夕焼けさんに影響を受けてます」って書いてあるし。うわ、なんか恥ずかしい。
そんなことを思いながらどんどん過去のイラストを見ていくと急にバンっと物音がして、僕の体が反射的にビクッと反応してしまう。危ない、スマホ落とすとこだった。
「ご、ごめん。待たせた。」
ドアを勢いよく開けた朝日さんは少し息を切らしながらそう言う。相当急いだのか、頬には少し汗が垂れている。
だけど、そんなことより重要なことがある。朝日さんが制服じゃない。いやまぁ、当然なんだけどね。ただ、私服の朝日さんを見たことがなかったから、すごい新鮮だ。
「ん?どうかした?入っていいよ?」
「ああ、ごめん。」
思わずぼうっとしていた僕はそう謝ると、「お邪魔します」と言って中に入る。家の中は特にいつもと変わった様子はない。まぁ、寝坊しただけだろうし、荒れまくってたら不思議だったけどね。
「ごめん、朝ご飯まだだから、食べていい?」
「全然いいよ。ただ、イラスト描くのもほどほどにね。寝る時間は確保しないと。」
「うん。そうする。って、もしかして昨日描いたやつ見た?」
「見たけど――なにかまずかった?」
もしかして、リアルにはイラスト見せない主義だった?いやでも、この前スケッチブック見せてくれたしな。
「いや、むしろ見てくれて嬉しい。どうだった?」
「やっぱりイラスト描くの上手なんだね。ちゃんと立体感あったし、色使い完璧。やっぱり女の子だからかな、長い髪が綺麗に見えるのは。とにかく、良かったよ。」
あ、なんか思った以上に喋っちゃった。本当は「よかったよー」ぐらいにまとめる気だったのに。イラストのことになるとついつい話しちゃったりするんだよね。たぶん、まだ心のどこかでは好きなんだろうなぁ。もう描く気はないけど。
「ありがと。あの髪はこだわった。」
自分のこだわったところを褒められて嬉しかったのか、朝日さんはエプロンの紐を結びながらいつもより少し明るい声でそう言う。こだわりのあるところを褒められると、結構嬉しいよね。わかるよその気持ち。
というか、朝日さんエプロン似合うな。そういえば、朝日さんの弁当はすごくおいしそうだった。あのエプロンも使い慣れてるのかも。うちの母親なんか「エプロンつけるのが面倒」とか言って平気で白いシャツとかで料理して、汚れつけて騒いでるというのに。朝日さんのほうがいい奥さんになるんじゃなかろうか。まぁ、こんなこと言ったらセクハラになりそうだから言わないけど。
あー、なんか料理してる音って落ち着く。
「あ、逢音、なにか食べてきた?食べてないなら作るよ?」
「ちゃんと食べてきたから大丈夫だよ。ありがとう。」
思い出したように聞いてくる朝日さんに僕はそう返すと、鞄からラノベを出してぺらぺらと読み始める。
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