31 「いや、ちょっと考えてただけ。」
翌日は特に何事もなく、ついに土曜日になった。
いつもなら昼までゴロゴロして過ごすところだけど、今日の僕は一味違う。八時に起き、母が作った朝食を食べ、歯を磨き顔を洗い、私服に着替え、昨日作った問題の印刷をする。ここまで僅か三十分!テキパキなにかをできるとすごく気持ちがいい。
「ん?お兄ちゃん今日出かけるの?」
リビングに置いてあるプリンターで印刷し終えた問題プリントをファイルに仕舞っていると、寝癖をつけながらリビングに入ってきた琴音がそう尋ねてくるので、僕は「そうだよ」と返す。
「ふーん。珍しいね。」
「ああ、クラスメートと勉強するんだよ。」
「お兄ちゃんは、一位より上が存在すると思っているの?そんなに勉強する意味ないじゃん。」
琴音は呆れたようにそう言うと、ふわぁと欠伸をした後、冷蔵庫から麦茶を出しコップに注いでグイっと一気に飲む。相変わらず、朝の琴音はいい飲みっぷりだ。こういう言い方をすると酒を飲んでるように聞こえるけど。
「琴音、別に僕は勉強したいわけではないんだよ。」
「でも、勉強教えるって引き受けたのはお兄ちゃんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどね。」
そのあたりはいろいろ事情があるんだよ。面倒だから省略するけど。というか、妹に話しても何の意味もないしね。
「ふーん。まぁ、勉強してるほうがいつまでもうじうじされるよりはいいけどね。」
「え?誰が?」
「お兄ちゃんだよ。なんか、絵を描かなくなってからすごく暗かったから、面倒だったんだよ?気を遣う妹の立場にもなれっての。」
まじか、僕そんなに暗かったの?全く自覚ないんだけど。
というか、その言い方だと最近はそうでもないのかなぁ?別にここ最近何かが変わったことはないんだけども。
「あ、自覚なかった?」
「驚くほどなかったね。というか、最近特に変わったことないんだけどなぁ。」
「ん?あるじゃん。ほら、中間テストの直後くらいからクラスメートの人と勉強してから帰るようになったでしょ?あれぐらいからだよ?お兄ちゃんがちょっと明るめになったの。まぁ、明るいって言ってもお兄ちゃん比なんだけどね。」
そんな当社比みたいにお兄ちゃん比とか言われてもさ。ってか、勉強会始めてからって、それ絶対朝日さんと話すようになってからだよね?やっぱり、かわいい子が近くにいると元気って出るもんなんだろうか。僕ってあんまり女子とかに興味ないと思ってたけど、やっぱり僕も男子だったんだなぁ。
「お兄ちゃん、遠い目をしてどうしたの?」
「いや、ちょっと考えてただけ。」
「大したことじゃないよ」と琴音に言ってから、僕はファイルを手に取って自室に戻る。僕が朝日さんの家にお邪魔するのは九時からだから、まだ少し時間があるなぁ。とはいえ特にすべきこともないし、どうしよう。
とりあえずスマホをいじって時間を潰していると、なんかいい感じの時間になったので鞄を持って家を出る。
もうすぐ七月だからだろうか、想像以上の暑さに、思わず「うわぁ」と声を出してしまう。暑いのは好きじゃない。だって、寒ければ着ればいいけど暑くて脱ぐのは限界があるし。これ、なんかのセリフだったような気もするんだけど――もう覚えてないや。
僕のマンションの向かいにある朝日さんのマンションには、大した時間もかからずに着く。朝日さんの部屋に行くために、僕はエントランスにある機械(インターフォンって言えばいいのかな?)に朝日さんの部屋番号を入力する。鍵がない僕は、中から鍵を開けてもらわないとエントランスから中へ入れない。出るときは大丈夫なんだけどね。
だが、おかしなことに、いつまでたっても朝日さんが応えてくれない。あれ?部屋番号間違ってる?いや、『409』だし、間違ってない。じゃあ、朝日さんが返事してくれない理由でもあるのかな?
機械の不具合かもと考えた僕は、仕方なく朝日さんに電話をかけようとスマホを――あ、電話番号知らない。というか、朝日さんと連絡できる手段が一切ないんだけど。
あれ?これ、僕中に入れないやつ?
「とりあえず、もう一回押してみよう。」
なにもしないで待っても事態は好転しない。そう考えた僕は再度『409』と入力し、機械さんに呼び出してもらう。どうでもいいけど、ボタンを押すときに心の中で「ぽちっとな」と呟きたくなるのはみんなだよね?
そのまま十秒ほど待機していると、どうもどうやらうまくいったらしく、スピーカーから「ふぁい――」と眠そうな声が聞こえてくる。
「おはようございます。逢音です。あのさ、開けてくれない?」
『んん――?逢音?なんでここ――ふぇ!?』
なんか急に焦ったような声と、ドタバタという音が聞こえてくる。だ、大丈夫か?っていうか、なにがあったの?
「あの、朝日さん?」
『ご、ごめっ!今開ける!でも、部屋の前で待ってて!じゅ、準備する!』
そう朝日さんの声がした後ゆっくりとドアが開き、ブツッという音とともに通話が切れる。
とりあえず僕はドアが閉まってしまう前に中に入り、エレベーターに乗り込むと四階のボタンを押す。
やっぱり、あの朝日さんの第一声の「ふぁい」とか、あの焦り具合とか、一回目に鳴らした時も起きなかったことから考えると、確実に朝日さん寝てたよね?昨日夜更かしでもしたのかなぁ?まぁ、金曜日だし夜更かししたくなる気持ちもわからなくはないんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます