30 「普通親なら勉強しろって言いそうなものだけどね。」
「――というわけなんだけど、どうすればいいと思う?」
放課後、例のごとく朝日さんの家にお邪魔している僕は昨日聞こうと思っていたことを尋ねてみる。本来、その辺を考えるのは僕の役割なのかもしれないけど、どうしようもないから朝日さんに相談するしかない。
「んー、時間を増やすしかない?」
「そうなんだけどね、これ以上帰りが遅くなると僕の親が心配するし、どうしよっかなぁって。」
朝日さんが注いでくれたペットボトルのコーヒーで喉を潤しながら、僕はそんな話をする。やっぱり、これ僕の家のとおなじコーヒーだな。まぁ、ごみ箱にコーヒーのペットボトルが捨ててあったから確定だとは思うけど、念のため後で聞いてみようかな。
「土日は?土日はわたし一人の勉強だけど、逢音が来てくれればいい。」
「え?朝日さんはそれでいいの?」
実は、土日に勉強することも考えなかったわけではない。今週の土日と来週の土日、計四日間勉強できることになるからいいと思ったのは確かだけど、流石に休日まで女子の部屋にお邪魔するのは如何なものかと思って提案するのをやめた。でも、朝日さんから提案してくるとは思わなかったから、今割と驚いてる。
「ん?駄目な理由ある?」
「いやぁ、休日まで知り合いが家に来るのって抵抗ない?それに、休日はイラストの練習をしたいかなぁって思ったんだけど。」
「練習してる暇ない。むしろ逢音こそ大丈夫?休日まで教えてもらうのは申し訳ない。」
「ああ、僕のことは気にしなくていいよ。どうせ休日なんか何もせずにダラダラ過ごしてるだけなんだから。」
いやもう、休日の僕は本当酷い。ベッドの上でゴロゴロしながらマンガ読んだりラノベ読んだりゲームしたりと、基本的に動いてないし、一日二食とか一食とかで過ごすことすらあるから、不健康すぎる。だからむしろ勉強を教えるという用事ができれば強制的に健康的な生活になるから、ありがたいんだけどね。
「じゃあ、土日も教えに行けばいい?」
「うん。お願い。」
「了解っと。時間は別に今日決めなくてもいいか。」
まだ木曜日だし、明日考えればいいよね。こうして物事を後回しにするのが、僕のよくないところなのかもしれないけど、性格ばかりは今更どうしようもない。たぶん、本気出したらすぐ終わるとか思っちゃうのが良くないんだろうなぁ。実際割とすぐに終わらせられるから、その考えが改められることはない気がする。自覚してるなら変えればいいって思うけどね。
「じゃあ、今日はちょっとレベルを上げようか。中学時代の知り合いは、『超難しい問題がある程度解ければ、難易度の低いテストなんか余裕だよね』って言ってテスト前に大学入試の問題解いて、見事満点取ってたよ。」
「その人頭おかしい。」
「僕もそう思うよ。まぁ、レベル上げるって言ってもそこまで難しいわけじゃないから、大丈夫だよ。たぶん。」
「たぶん――?」
「たぶん。」
朝日さんと無言のまま見つめ合う。漫画的に表現すると、「・・・」みたいな感じ。なんか、「逢音の言う『そこまで難しくない』って一般人で言うところの『鬼モード』なんじゃなかろうか。たぶんって言ってたし」という幻聴が聞こえてきたような気がするけど、気のせいだろう。そんなに難しくないはずだし。朝日さんがその問題解いてどう思うかまでは責任取れないけど、朝日さんの学力はわかってるし、たぶん大丈夫。ギリ解けるはず!なんか、自分で言って不安になってきた。大丈夫、だよね?
「――まぁいいや。これがその問題ね。」
僕はいつものファイルから、昨日作った出来立てほやほやの問題プリントを出すと、朝日さんに手渡す。朝日さんはそれを受け取ると、すぐに問題を解こうとペンを持つ。が、問題を解く様子がない。
「えっと、朝日さん?どんどん解いていいからね。」
「――わからない。」
朝日さんは僕に恨めしそうな目を向けながらそう呟く。そんなに難しかったかな?いや、そんなはずはないと思う。確かに応用問題ではあるけど、どうにかなるレベルの問題だと思う。実際、この前の数学のテストでは最後の一問にこんな感じのが出た――あ、朝日さん、あのテスト惨憺たる結果だったんだ。
「ええっと、わからないって、最初の問題から?」
「うん。」
まぁ、わかってたら解き始めるよね。というか、そんな難しかったかぁ。これはもっと勉強時間を増やさねばいけないかもしれない。僕はいつも以上に丁寧にそこを――いや、そのプリントを全部教える。明日からはもう少しレベルを下げなきゃダメか。調整が難しいなぁ。簡単すぎると勉強にならないしね。
全て教え終わると、時間はいつの間にか七時になっていた。
僕はいつも通り朝日さんに玄関まで見送ってもらい、朝日さんのマンションを出る。そして、早歩きで道路を渡り向かいのマンションに入り、エレベーターに乗り、自分の部屋に帰った。
「ただいまー。」
いつもより遅い時間になってしまった僕は、なにか小言を貰うかもしれないとびくびくしながらそう言って玄関を開ける。すると、母の「おかえりー」といういつも通りの声が聞こえたので、とりあえず怒られることはないと安堵の息を漏らした。
鞄を自分の部屋に投げ入れ、手を洗ってからリビングに入ると、既に食事の用意はできているようだった。ちなみに、琴音はソファーの上でごろごろしている。
「遅かったね?なにかあったの?」
「試験が近いからクラスメートに勉強を教えてたんだよ。前回の試験がかなりやばかったらしくてさ。」
母からの問いに、隠すことなくそう答える。いや、クラスメートが女子であることは伝えていないので、母は男子と勉強していると思っているのかもしれないが、わざわざそれを伝える必要はない。
「ふーん。まぁ、ほどほどにね。勉強しすぎないでよ?」
「普通親なら勉強しろって言いそうなものだけどね。」
「お母さんの息子とは思えないほど優秀だからもう十分。ほら、琴音なんか平均点ギリギリよ?」
「お母さん、お兄ちゃんが異常なだけだから。私普通だから。」
琴音は不機嫌そうにそう言うと、立ち上がってキッチンのほうへ行く。「ま、ご飯食べよ」と琴音は言い、コップに麦茶を注いだ。
「あ、僕のもお願い。」
「自分でして。」
ついでにしてくれてもいいのにと僕は思いつつ、仕方ないので自分のぶんの麦茶を注ぐ。昔はもっと優しかった気がするんだけどなぁ。これが思春期というやつなのかもしれない。まぁ、僕もたぶんそうなんだろうけどさ。
妹は冷たい。でもまぁ、夕飯は温かくておいしかったです。
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