27 「きゅ、急に話しかけられるとびっくりするんだけど!」



 朝日さんは特に返事をしないが、柏谷さんは気にした様子もなく話し続ける。


「あ、そうそう。倉井さん『一つの朝焼け』って名前で活動してるって言ってたよね?私、この前見たよ!すっごく絵が上手いね!」

「――ありがと。」


 さすがにその話題には朝日さんも少し照れ臭そうに反応する。やっぱり、直接褒められるって恥ずかしいよね。


「なんでそんなに絵がうまくなれるの?」

「好きだから。」

「絵を描くのが?」


 柏谷さんの質問に、朝日さんは少し複雑そうな表情をする。


「それもあるけど――」


 なんだか歯切れが悪い様子の朝日さん。いつもはズバッと言いたいことを言うのに珍しい。なにか朝日さんなりに伝えにくいものがあるのだろうか。だとしたら、無理に聞くのはよくない気がする。朝日さん、なにかありそうだし。


「それもあるけど?なになに?気になる!」


 人が良くないって思ってる傍から柏谷さんは容赦なく質問する。いや、好奇心があるのはわかるけど、なにか言いにくそうにしてるのは察してあげて?ただでさえ話すの得意じゃないんだから、話さなくなっちゃうよ?


「ねぇ、どうし――痛っ!」

「あずき、それはしつこいよ。」


 柏谷さんに後ろからチョップを入れて黙らせたのは、柏谷さんの幼馴染の千葉君。「痛い!」と抗議する柏谷さんだが、千葉君は「はいはい」と言って取り合わない。こういう流れはよくあるのだろう。


「まったく、せっかく蛍君と話してたのに――なんで僕がいないと暴走するのかな?馬鹿幼馴染がデリカシーなくてごめんね。ほら、行くよ。」

「ちょ、待って!私は倉井さんに聞きたいことがっ!」

「はいはい。どうせくだらないことでしょ。」


 ずるずると引っ張られていく柏谷さん。一瞬、連れていかれる子牛の歌が脳内に再生されたけど、気にしないことにする。嵐のように来て嵐のように去っていったなぁ、柏谷さん。忙しそうな人だ。結局、なんで朝日さんに話しかけてきたのかは謎だけど。


「なんか、空人君が壮樹そうき君とかわいいクラスメートについて話してて、その中で倉井さんの話をしているのを聞いちゃったらしいよ。」

「きゅ、急に話しかけられるとびっくりするんだけど!」


 びっくりしたぁ!急に後ろから石橋君以外の声がしたから、一瞬フリーズしちゃったよ。

 僕は振り返って、声の犯人を見る。黒い髪をしたクラスでもトップクラスのイケメン、幼馴染のカノジョがいるリア充の六分儀君がそこに立っていた。おそらく、さっきまで話していた千葉君が柏谷さんを回収して何処かに行ってしまったため、暇になったのだろう。

 ただ、六分儀君が話してくれた内容からどうして柏谷さんが朝日さんにしつこく絡んだのかがわかった。


「嫉妬?」

「だろうね。早く付き合えばいいのに――」


 六分儀君のその意見には僕も賛同する。石橋君から話を聞いたり自分の目で見た感じ、柏谷さんと千葉君は百パーセント相思相愛なのにまったく付き合う様子がないのはじれったい。ただ、遠足の日に盛大に結ばれた六分儀君だけには言われたくないだろうけど。だって、六分儀君から告白したんじゃなくてカノジョの黒曜さんから告白したんだから。結局六分儀君は勇気出してないと思うんだけど。


「じゃあ、僕はつぐみに用があるから。」


 そう言うと、リア充の六分儀君はカノジョのもとへと旅立っていった。めでたしめでたし。


「――ふぅ。」


 朝日さんは口からなにかが抜けたような声を出すと、自分の机に突っ伏す。いろんな人が来て疲れたのか、柏谷さんのせいで疲れたのかはわからないが、相当お疲れのようだ。数分もすると、隣の席からはすぅすぅと小さな寝息が聞こえてくる。小さな肩がゆっくりと上下しサラサラのショートヘアーが少し揺れるのを僕がなんとなく眺めていると、後ろの席からついついっとつつかれる。


「恋、しちゃったか?」


 とりあえず、無言で石橋君の頭にチョップをしておいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る