26 「そもそも、骨格からして生物じゃないよねぇ?」



「またまたぁ、なにも思ってない相手を自分の部屋に招かないでしょ?」

「必要だから家に入れた。それだけ。」

「えー?じゃあ、私も家に入っていい?恋バナしようよ!恋バナ!」

「必要ないからダメ。」

「えー、いいじゃん!」


 「なんでだめなのー」と朝日さんの両肩を掴んで揺する柏谷さん。ちょ、朝日さんの首ガクンガクンなってるけど大丈夫?首怪我したり、酔ったりしない?僕が朝日さんなら数秒と持たずにギブアップしそうなくらい揺すられてるけど大丈夫かな?力加減ができていないんじゃなかろうか。


「ちょ、柏谷さん。そんなにシェイクしたら、いろいろよろしくないんじゃないかな?」

「ん?よくないって?」

「いや、首痛めたり、酔ったりしない?」

「あー、確かに。女の子がマーライオンみたいに口からゲロ吐いたら駄目だよね。ごめん!そこまで考えが回ってなかった!」


 朝日さんに謝りつつ、肩から両手を話す柏谷さん。そもそも吐くのは女の子に限らず男子でもよくないし、花も恥じらう女子高生がなんの恥じらいもなく「ゲロ吐く」って言っていいのだろうか。いたいけな男子の夢を壊さないでほしい。まぁ、女子に夢を持っている男子なんてごく僅かだろうけどね。


「じょ、女子高生がゲロ吐くって――それはそれでありかもな。」


 後ろの席から荒い息遣いとともに聞こえてくる声。明らかにやばい人にしか見えないんだけど、なんで友達が多いんだろ。ドン引きされそうなタイプなのに。世の中はやっぱりよくわからない。いや、世の中と言うか学校か。これぐらいで世の中を語るのはおかしいだろう。


「朝日さん、大丈夫?」

「なんとか、ただ、少し気持ち悪い。」

「あははー、ごめん。倉井さんが駄目って言うからさー。」

「理不尽。」


 朝日さんは不機嫌そうにそう呟くと、鞄から教科書を出して机の中に入れていく。キッチリ整理しながら入れていく様子からは、几帳面さがうかがえる。僕なんか鞄の中に全部入れっぱなしで、使うときだけ脇にかけた鞄から出してるもんなぁ。


「じゃあさ、絵の話しようよ!ほら、倉井さん絵が好きだって言ってたじゃん!私、絵を描くの得意なんだよー?」


 石橋君からいらなくなったプリントとペンを奪い、朝日さんの机でさらさらと絵を描いていく柏谷さん。理由はわからないけど、今日はやたら朝日さんに絡むな。朝日さんは以前、家族以外と話すのが苦手で極力会話したくないと言っていたので、今のこの状況は正直苦痛なのではないだろうか。ただ、ここで僕が柏谷さんにそう言ったところで説得力もなにもないだろうし、僕にできることはないんだけどね。


「よし、できた!ジャーン!猫だよ!」


 紙を広げて朝日さんに見せるようにする柏谷さんだったが、朝日さんはそれを見て目を丸くする。朝日さんの表情を変えるなんて、なにが描いてあったのか疑問に思った僕は、席を立ちそれを覗き込む。

 ね、猫?これを猫と定義するのであれば、僕はもうこの世界を信じられない。そう思ってしまうほどに、その絵はまぁ、なんというか――


「「似てない。」」


 朝日さんと僕は図らずも同時にそう言った。やっぱり、朝日さんもそう思うか。いやね、本人が「絵を描くの得意」とかハードル上げてからこれを見せつけられると、似てないという感想しか持てない。想像以上に幼稚園児みたいな絵だった。


「酷い!二人ともわざわざ息を合わせてまで言うことなの?」


 別に合わせようと思って合わせたわけではない。ただ、同じ感想しか持てないほどそれは猫に似ていなかったのだ。柏谷さん、画伯だったんだなぁ。器用そうなのに意外な一面を知ってしまった。


「これは酷いでしょ。そもそも、骨格からして生物じゃないよねぇ?」

「立体感が死んでる。」

「あと、目線おかしくない?なんでこの猫左右で瞳の向き違うの?斜視なの?」

「鼻がおかしい。猫より豚みたい。」

「ごめん、私が悪かったよ。まさか、逢音君にも駄目出しされるとは思わなかったけど。」


 柏谷さんはそう言うと、自分の絵を見て「そんなに酷い?」と呟く。いや、そんなに酷いです。まさか、幼稚園生並みの絵を出してくるとは思ってなかった。


「ま、いっか。私、絵を見るのは好きなんだよー!星空深夜さんとか!」


 まだなにか話したいのか、柏谷さんはグイグイっと朝日さんに話しかける。まぁ星空深夜は大体誰でも知ってるし、あの人は別格で上手いというか、もはや僕たちと同じ次元にいないんじゃないかってくらい創作に関する才能が半端ないから、話題を広げるための振りとしてはちょうどいいだろう。


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