23 「いいよ。どうかした?」
結局、朝日さんの再試はどうにかこうにか無事合格することができた。そのおかげで数学と英語の割合を少し減らし、その空いた時間で他の教科の勉強を始めることができたので、二つの意味でよかったと思う。
そして、今は期末テスト二週間前。なんだかんだでわりと長く勉強を教えているが、特に何かが変わるようなことはない。いや、変わってないわけではないか。あの日から石橋君がうざいのが続いたので、勉強会の会場が朝日さんの家に変更になった。僕が「母もいるし、僕の家で勉強会しない?」と提案したこともあったのだが、「人見知りするから嫌だ」と拒否された。最近は朝日さんの態度が軟化してるなぁと思ったが、どうもどうやら今まで人見知りが発動していただけで最近やっと僕に慣れてきただけらしい。
そんなことをぼんやりと考えながら、四時間目の数学1の授業を聞いているが、正直に言って退屈だ。今やっている内容は前の授業で習ったところを応用しただけだし、理屈さえわかればどうにかなる問題だから、まともに話を聞く気になれない。窓から外を眺めてみると、空が少し黒くなり始めてきていた。天気予報で、昼過ぎから雨って言ってたもんな。朝に晴れていても、普通の傘を持ってきていて正解だった。
いつまでも外を眺めているとだんだん飽きてくるので、今度は反対側を向いてみることにする。単純な応用でも先生が複雑そうに書いているせいで、教室の中には疑問符が大量に浮かんでいた。それは朝日さんも例外ではなく、すごい勢いで書いては消していく黒板の文字を一文字たりとも逃さぬように必死になって板書をしている。別に数学1の授業はノートの提出はないし、そんなに難しくもないと考えている僕は板書をほぼしていないが。
退屈で死にそうな授業にも終わりは来るもので、突如聞こえてきたチャイムの音が昼休みへの突入を告げる。
「あぁ、もうそんな時間か――じゃあ、授業終わり。」
説明が中途半端なところだったにも関わらず、そう言って授業を終え教室から出て行った彼は、教師には向いていないと思う。授業の時間計算もできないのかな。
心の中ではあの教師に対する文句の言葉が飛び交ったりもするものの、それを何とか押し殺して弁当を食べ始めることにする。石橋君は同好会室でみんなと食べているので、僕は一人で食べるのが普通だ。いつも通り机の脇に掛けてある鞄から弁当箱を取り出すと、それを机の上に広げて食べようと箸に手を伸ばす。しかし、ちょうどそのタイミングで誰かが僕の制服を引っ張ったので、僕は箸を手に取るのをやめて反射的にそちらを見る。食べ始めようと思ったタイミングだったので少し嫌だったものの、気のせいとかってレベルではない引っ張られ方だったので、そっちを向かないわけにもいかなかった。
「ちょっと聞いていい?」
僕の制服を引っ張った犯人が朝日さんだとわかったのとほぼ同時のタイミングでそう尋ねてきた。休み時間に話しかけてくるなんで珍しいので一瞬驚いた僕だったが、すぐに気を取り直して話を聞くことにする。
「いいよ。どうかした?」
「うん。さっきの授業、全然わかんなかった。」
やはりよくわかっていなかった朝日さんは、しゅんとしながら僕にそう言ってくる。あの人の授業わかりにくいし、そんなに落ち込むこともないだろうけど。ただまぁ、いざ説明しようとすると少し長くなるかもしれないな。
「あれはわかりにくいから仕方ないよ。今から話してもいいけど、少し長くなるかもよ?昼食べながらにしない?」
一時間目に体育があったせいでお腹が減っている僕は、朝日さんにそう提案する。すると朝日さんはこくりと頷き、鞄から弁当を出して僕と同じように机の上に広げた。その中身は驚くほど美味しそうで、手が込んでいるとわかる。朝日さんは一人暮らしだから、あれ作ったのはたぶん朝日さん本人だよな。料理できたことが少し意外に感じたが、先週貰った朝日さん作のクッキーが美味しかったのことを思い出して、意外でもなかったかもしれないと思った。思ってたよりも女子力高いんだなぁ。いや、別に女子力低いとは思ってなかったけどさ。
朝日さんと僕は特に席をくっつけたりしないが、席が隣同士なので特に問題もなく話しながら食べることができる。先生が席替えをするのを忘れてたとかで、次の席替えは夏休み明けになるそうだ。ただ、なんとなく夏休み明けも忘れるのではないかと思ってしまう。
「だから、そこは等式が成り立つんだよ。」
「おぉ。ほんとだ。」
授業でした内容を噛み砕いて説明すると、朝日さんは納得したようだ。ずっと朝日さんに勉強を教えていて思ったが、朝日さんの頭は決して悪くないと思う。ただ、授業で先生が言ったことを自分がわかりやすいように変えて考える能力が低い気がする。その能力をどのように鍛えればいいのかはわからないので、とりあえず僕が説明するしかなさそうだ。来年クラス替えがある前までにどうにかしたいけどなぁ。って、どうして僕はそこまで勉強を教える前提で考えているんだろう。
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