21 「なにも面白いものは出ませんよ。」



 ヘタレの僕がそういうものを持ち歩くわけないし、そもそも変なのはなにも持ってないし。自分から積極的にそういうものを探しに行くこともない。一度見た画像はほぼ忘れないから、友人に見せられたものを覚えて――って、なんの話だ。というかこの人、性癖って言おうとしたよな。


「つまんないなぁ。まぁ、仕方ないか。朝日が中学の数学と英語からやり直してるってわかったし、十分な成果はあったでしょ。というか逢音君すごいねぇ、この問題お手製でしょ?よくクラスメートに勉強教えるだけでここまでできるよね。しかもこれ、朝日が苦手そうなところを重点的にしてるし。受験の時に私が教えることも多かったから、朝日の苦手分野とかはわかってるけど、把握するのにかなり時間使ったからなぁ。逢音君って本当に優秀なんだね。イケメンで優秀とかすごいよねぇ。」


 僕の鞄に入っていた朝日さん用のプリントを見ながら、日向さんはそう言う。優秀とか言われると、さすがに照れる。

 満足したのか、日向さんは僕の鞄にプリントを戻し自分の席に戻る。そういえばいつの間に朝日さんは席に座っていたんだろう。さっきまで隣に立ってたのに、気が付かなかった。


「いやぁ、でもこの分だと私が行く必要はなさそうで安心したよ。実は朝日が勉強できないなら私が教えようかと思って今日は行ったんだけど、その必要はなさそうだね!朝日の試験結果を見た時には愕然としたけど、どうにかなりそうでよかったよかった。」


 あぁ、なるほど。今日朝日さんの家に来たのは勉強を見るためだったのか。というか朝日さん、自分の試験結果日向さんに見せたんだ。


「――トイレ。」


 朝日さんはそう言うと、逃げるように席を立つ。日向さんはそれを面白そうに眺めると、僕に話しかけてきた。


「いやぁ、本当によかったよ。朝日、どうしてもあそこの高校に通って一人暮らししたいって言って、お父さんを説得してあの高校に通い始めたんだけどね。点数があまりに悪いと、実家の近くの私立高校に転校させるって約束なの。で、仕事でお父さんは忙しいから、私が朝日の監視役になってるんだよね。」


 ぺらぺらと朝日さんのことを話す日向さん。なるほど、だから朝日さんは必死に勉強してるのか。そこまでして一人暮らしをしたい理由はなんなんだろ。まぁ、それは僕の知るべきことじゃないよね。気にしないでおこう。


「まぁ、監視を任されてる私としては、あの成績を見せられたらお父さんに言われなきゃいけないんだけどね。でも、あの子が一人暮らししたいって気持ちもわかるし、次のテストでいい点数を取ってくれるまで報告は待とうかと思ってるんだよ。

 朝日はイラストを描くのが好きらしくて、中学二年生の頃ぐらいからかなり頑張って練習してたんだけど、お父さん頭固いからそういうの許してくれなそうで、お父さんに見つからないようにしてたんだよね。私としては好きなことをしてほしいんだけど、お父さんにはなに言っても駄目そうだったからさ。朝日が一人暮らししたいって言った理由はたぶんそれ。」


「――そこまで喋っていいんですか?」


 なんか、朝日さんのプライベートな話を聞かされた気がする。他人の僕が、朝日さんの許可もなしに聞いていい話じゃないと思うんだけど。なんか、悪いことをしたみたいな気分になるな。


「うーん、別に教えて困るようなこと言ってないしいいんじゃない?たぶん朝日は話すのが得意じゃないからなにも言ってないだけで、なんの問題もないと思うよ。まぁ、私は逢音君を信用してるしね。あ、朝日帰ってきた。」


 その言葉は、おそらくこの話題を終わりにしようという意思表示なのだろう。日向さんが問題ないと言っても、朝日さんがどう思うかはわからないし、言わないに越したことはない。今日初めて会ったばかりなのに、僕も信用されたものだ。普通はそんなに信じられないだろう。


「あれ?料理、まだきてないの?」

「うん、まだできてないみたいだねー。まぁ、そこそこ混んでるし多少遅いのは仕方ないよ。料理が来るまで逢音君に質問タイムといこうか!」

「なにも面白いものは出ませんよ。」


 相変わらず無駄にテンションが高い日向さんだが、この面子だと完全に浮いている。まぁ、日向さんのほかには、ほぼ喋らない朝日さんと騒ぐのが得意ではない僕しかいないのだから、当然といえば当然だけど。ただ、テンションが高いものの周りのお客さんに迷惑の掛からないラインを心得ているのはすごいと思う。迷惑にならないすれすれの音量で話してるし。


 日向さんは料理が届いた後も、僕に質問したり一人でぺらぺら喋ったりしていた。よくあれだけ話題があるものだと思わず感心してしまう。僕なら話し始めから話題がなくて黙ってしまいそうだ。


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