19 「別に運命は感じませんよ。」
「あ、そういえば、逢音君って家どのあたりなの?もしここから遠いところとかなら、そっちのほうの店に行こうと思うけど。」
「向かいのマンションですから、大丈夫です。」
別に隠すようなことでもないので、僕は正直にそう答える。どうせ倉井さ――朝日さんに聞いたらわかることだし。というか、朝日さんって呼ぶの慣れないな。
「え?向かいのマンションなの?へぇ、すごい偶然!たまたま席が隣だった女の子と家が近いとか、運命感じない?逢音君の年的に、そういうこと考えちゃうでしょ?男子はロマンチストって言うもんねー。」
「別に運命は感じませんよ。」
ただの偶然でしょう。いちいちそれぐらいで運命感じてたら、すごい疲れそうだし。
「えー、私だったら運命感じちゃうけどなぁー。だって、すごくない?向かいのマンションだよ?運命でしょ!赤い糸でしょ!というか、むしろ運命感じないの?そのほうが人生楽しくない?」
「いちいち運命感じるのお姉ちゃんだけ。」
靴を履き終え、家の鍵を閉めながらそうツッコミを入れる朝日さんは、明らかに呆れている。おそらく、日向さんはよくそういうことを言っていて、朝日さんは聞き飽きているんだろう。
「えぇー、そんなことないでしょ!ロマンチックじゃん!ほら、逢音君もそう思うでしょ?思春期男子だもん!青春を生きる学生だもん!」
「僕の知り合いが『運命があるってことにすると、頑張るのも運命だったって言われそうで嫌だな』と言ってたのを聞いてから、運命を信じないようにしてます。」
「その運命とこの運命は方向性が違うよ!私の言ってる運命は、もっとロマンチックなもので、その話の運命とは別物でしょ!って、説明へたくそか、自分!」
自分で自分にツッコミを入れながら悔しそうにする日向さん。こういう人を残念な美人って言うのだろうか。って、さすがにそれは失礼だよね。
「お姉ちゃん、うるさい。」
朝日さんはそう言い、姉を置いてすたすたと歩き始める。日向さんは「酷い!朝日酷い!」と文句を言うが、朝日さんは完全にスルー。なんか、この二人はいつもこんな感じのやりとりをしてるんだろうなぁって思った。仲いいんだなぁ。というか、今日の朝日さんはいつもの数倍話してる気がする。それ以上に日向さんが喋ってるからわかりにくいけど。
「うぅ、無視までするとか朝日酷すぎるよ!逢音君も酷いと思わない?実の姉に向かって『うるさい』だよ?冷たすぎると思わない?」
エレベーターに乗り込みながら、僕に同意を求めてくる日向さん。だが、『酷いと思わない?』と言う割に穏やかな表情から、日向さんも本気で酷いと思っているわわけではないとわかる。これが、この姉妹なりのコミュニケーションなのだろう。
「さっきも思いましたが、なぜ僕に同意を求めるんですか。」
ここで『酷いですね』と言っても『酷くないです』と言っても面倒に巻き込まれそうなので、どちらとも答えずそう返しておく。まぁ、純粋に気になったって言うのも大きいけど。ちなみに、僕個人としては朝日さんの反応は間違っていないと思うが、学校で話しかけられても無視したりする朝日さんもどうかと思うので、どっちもどっちじゃないかと思う。本当に、二人の性格を足して割ればちょうどよかったのに。
「うーん。なんでだろ。朝日、なんでだと思う?」
「知らない。」
朝日さんはズバッとそう言い切ると、ちょうど一階に着いたエレベーターから降りる。それに続いて、日向さんと僕も降りる。あれ?そういえばこれから僕は何処へ行くんだろうか。このタイミングでなら逃げられそうだけど、行くって言ってしまった手前、ここで逃げるのは不誠実だよな。
そうは思いながらも、近くの駅から電車に乗り店に入るまでずっと日向さんの話を聞いていたので疲れ、何回も帰りたいと思った。知り合いの姉という微妙な立ち位置にいる日向さんの話を、朝日さんのように無視するわけにはいかなかったせいで、全部まともに聞く羽目になった。どうも、人の話を聞くのは得意じゃないみたいで、それだけで疲れちゃうんだよね。
「あ、お礼と言いつつこんなファミレスでごめんね?」
席に着いた日向さんは思い出したようにそう言う。そもそもお礼を受け取りたかったわけじゃないし、謝ることでもない気がするんだけど。というか、それよりもほぼ強制的に連れてきたことのほうを気にしてほしいな。まぁ僕も男だから、美人な姉妹と食事ができて嬉しい気持ちがないわけではないし結果オーライではあるんだけど。
「まぁ、なんでも好きなモノ頼んでよ!私はもうチーズ入りハンバーグって決めてるから!はい、メニュー表。決まったら教えてね!」
日向さんはそう言いながら、朝日さんと僕にメニュー表を渡す。うーん、割と優柔不断だから、こういう時悩むんだよなぁ。なに食べよう。
ぺらぺらとメニュー表を眺めなにを頼むか考えていると、僕より先に朝日さんは決めたらしく、「オムライス」と日向さんに言っていた。先に決められると、早く決めなきゃいけないような気になるから、僕より先にメニューを決めないでほしい。もういいや、これにしよう。
「じゃあ、僕はグラタンがいいです。」
「おーけー!じゃあ店員さん呼ぶよー、ピンポーン!」
ハイテンションなままベルを鳴らした日向さん。「子どもみたい」と朝日さんが呟いていたが、日向さんにはよく聞こえなかったらしく、「え?なに?」と尋ねていた。まぁ、聞こえてたらまた色々言いそうだから、聞こえてなくてよかった。たぶん僕も巻き込まれるし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます