18 「いや、意味わかんないです。」



「もしもし?」

『もしもし?夕?』

「じゃなかったらどうするのさ。」


 僕かどうかを尋ねてきた母にそう返答をしながら、僕の電話の音を聞こうと耳を近づけてくる倉井さん(姉)から少し距離をとる。しかし、いくら普通の家よりも広めの玄関だからといえ、そこまで大きくないので、結局壁に追いつめられてしまう。


『うーん、爆破?』

「まったく意味が分からない返答をありがとう。で、なんの用?」


 僕のスマホに耳を近づけて会話の内容を聞こうとする倉井さん(姉)の右肩を押して距離を取りながら、母にそう尋ねる。普段来ない母からの電話に、悪い予感しかしない。


『実は今日、琴音の学校が午前中だけで午後暇だったから、電車でプラネタリウム見に行ってたの。』

「ちょっと待て、僕も行きたかったんだけど。」

『で、実はちょっと問題があって。』


 お母さん、僕の抗議は無視ですか。僕が星とか好きだって知ってるくせになんで二人で行くのか小一時間問い詰めたいけど、なにか問題が起こったらしいので先にその話を聞くことにする。あと、倉井さん(姉)だけじゃなくて妹のほうまで僕の電話を聞こうとしてきた。僕のプライバシー何処行った。月に飛んで行ったのか。


「問題?」

『そうなのよ。電車が人身事故と原因不明のトラブルで動かなくなっちゃって。で、お母さんと琴音はファミレスでなんか食べてくことにしたから、家でなんか適当に食べて?』

「え?ちょ、え?」

『じゃあ、ちゃんと夕飯食べるのよ~。」


 爆弾を投下した後一方的に電話を切るお母さん。お母さーん?なんでよりにもよって今日なの?


「じゃ、じゃあ、僕は帰りますね。お邪魔しまし――」


 とりあえず家に帰ろう。僕はそう言うと、玄関のドアから出ようとしたものの、後ろから肩を掴まれる。


「今日、逢音くんお母さん居ないんでしょ?」


 やっぱり聞いてたのかこの人。どうしよう、正直この人と食事とか精神力が持つ気がしないんだよな。上手く逃げる手段はないものか。


「そうですけど、今日はコンビニで――」

「一緒に食べに行きましょう?」

「でも、それは――」

「行きましょう?」

「は、はぃい!」


 怖い!なんか笑顔が怖い!女の人とあんまり話さないからわかんないけど、笑顔でこんなに相手を怯ませられるものなの!?思わず「はい」って言っちゃったし。この人、間違いなく逆らっちゃいけないタイプだ。知り合いが昔「逆らえなさそうな人には、なるべく関わらないほうがいいよ。向こうから来る場合は、誰かを変わりに差し出せばいい」って言ってた。


「うん!ありがとう!じゃあ早速行こうか!ほらほら、朝日も早く準備して。」

「えぇ、面倒。」


 倉井さん(妹)は出かけるのが面倒なのか不満そうな顔で抗議するが、何度もしつこく「行くよ!」と言われるのが嫌になったのか、「仕方ない」と呟いて、リビングのほうへ歩いていく。倉井さん(妹)って、なんか長いな。だけど朝日さんって呼ぶのはなれなれしいし、このまましかないか。


「そういえば、倉井さんって――」

「朝日も倉井だから、倉井さんって呼ばずに下の名前で呼んでいいよー。それとも、そういうのが恥ずかしいお年頃?いやぁ、若いね!」

「別に恥ずかしくはないですけど。なら名前で呼びますが、僕あなたの名前知りませんよ?」


 倉井さん(姉)に自己紹介してもらってないので、名前なんかわかるわけない。というか、知ってたらおかしいよ。


「あれ?言ってなかった?私は倉井日向ひなたって言うんだ。年は二十で、近くの大学の経済学部に通ってるよ!カレシは絶賛募集中で、背の高い感じがタイプです!俳優で言うと、飛葉ひば天輝てんきとかかな?スリーサイズは上から――」

「そこまではいいです。じゃあ、日向さんって呼べばいいですか?」


 本人から名前で呼んでって言われたから問題ないとは思うけど、一応本人に確認を取っておく。あとからなにか言われるのは嫌だしね。


「うん、それでいいよー。私的には、日向ねーちゃんとか、日向ちゃんとかでもいいけどね!」

「いや、意味わかんないです。」


 なぜそんな呼び方を?クラスメートのお姉さんにしていい呼び方じゃないと思うんですけど。そんな風に呼ぶ人いませんよ。


「日向ねーちゃんでもいい?なんの話?」


 小さな鞄を持って玄関に戻ってきた倉井さん(妹)は、首を傾げながらそう言って、自分の姉と僕の顔を交互に見る。確かに、そこだけ聞いたら何のことかわかんないな。倉井さん(妹)の反応は当然だ。


「逢音君が私のことを『倉井さん』って呼ぶのが紛らわしいから、名前でいいよーって話。ほら、私も朝日も倉井でしょ?で、日向ねーちゃんとかでもいいよって言ったんだけど、断られちゃった。」

「なるほど、確かに『倉井さん』だと紛らわしい。これからは名前で呼んで。」

「あ、うん。わかった。」


 そう言って倉井さん――じゃなくて、朝日さんはそう言うと靴を履こうとするので、邪魔になりそうな僕は外に出て倉井さんが靴を履き替えやすいように外に出ることにする。確かに、お姉さんのほうは名前で呼ぶのに同級生は苗字呼びっていうのもおかしいか。別に呼び方なんて何でもいいし苗字呼びにこだわる必要もないから、別にいいか。あー、でも石橋君なら「名前呼びだと?羨ましいなこん畜生!」とか言いそうだな。


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