17 「いえ、クラスメートに勉強教えるだけですし」
「お姉ちゃん?昨日も来たのに、二日連続で来るなんて、どうしたの?」
倉井さんはいつもの何の感情も感じない話し方ではなく、少し驚きの混ざった声を出す。ああ、この人は倉井さんのお姉さんだったか。それにしては似てない気もするけど、良く考えたら僕と妹は似てないし、姉妹でも似ないことはあるか。
「ど、『どうしたの?』じゃ無いでしょ!こ、このイケメンは誰!?」
お姉さんは、僕をびしっと指さしながら倉井さんにそう尋ねる。いや、だからそんなイケメンじゃないって。なんか最近イケメンって言われること多いんだけど、おかしいなぁ。僕は可もなく不可もない、普通の顔だと思うんだけど。
「声が大きい。」
「そんなこと言ってる場合じゃない!ちょ、お父さんに連絡しなきゃ!まさか朝日がカレシを作ってるなんて!」
「カレシじゃない。」
「え?」
迷惑そうな顔をしながら僕がカレシだという発言を否定する倉井さんに、女性はきょとんとした顔をした後、僕のほうを見る。なんとなく自己紹介を求められていると思った僕は、軽く頭を下げて自己紹介をする。
「えっと、倉井さんに頼まれて勉強を教えている逢音夕です。倉井さんとはたまたま席が隣で。」
というか、友達とも呼べない知り合いのお姉さんとかすごい気まずいな。どんな感じで接すればいいのか全く分からん。
女性は、「へ~」と声を出した後、僕のことを上から下まで観察するように見る。ただでさえどんな顔すればいいのかわからないのに、そんなことをされたら余計にわからなくなる。今の僕の顔は、おそらく盛大にひきつっているだろう。
「ふむふむ、なるほど。朝日はこういう人がタイプなのか。」
「違う。逢音はこの前の試験学年一位。だからお願いして勉強を教わってる。」
「おぉ!学年一の頭脳の持ち主にして、このレベルのイケメン!?ねぇねぇねぇ、朝日の勉強見てくれてるんだったら、お礼もかねてこれから夕飯食べに行かない?今日は朝日と外食する気でいたからさ!」
なにがなんだかわからないけど、この人テンションが高くて口数が多い!倉井さんと真逆だ!って、姉妹ならこの人も倉井さんか。紛らわしいな。どうしようかな。じゃあ、倉井さん(姉)と倉井さん(妹)って心の中で呼ぶことにしよう。もちろん、口に出すときには倉井さんで統一するけど。
「いえ、たぶん家で母がご飯を作ってくれていると思うので、すいませんが――」
「あぁ、確かにもうそういう時間だもんねー、仕方ないか。じゃあ、また今度改めてお礼をしたいんだけど、いいかな?いやぁ、うちの妹愛想悪くて大変でしょ?だから、そんな妹と仲良くしてくれる人はありがたいんだよ!この子、中学の頃からずっとこんなで他人を家に招くってことがなかったから、家に招くような友人ができたことが嬉しくてさ!だから今度お礼させてね!」
僕が言い終わる前に喋り始める倉井さん(姉)。だから喋りすぎだって!ぐいぐい来るそのテンションについて行ける気がしない!この人、倉井さんと違うベクトルで話しにくいタイプだな。精神力がガリガリ削られていく。
「いえ、クラスメートに勉強教えるだけですし。」
「い、い、の!大人がお礼するって言ってるんだから、ありがたく受け取っておけばいいの!」
「は、はぁ。」
「うん、じゃあ、いつぐらいなら空いてる?私は今からがいいけど、逢音君の都合もあるだろうからね!ああ、私は大学生だし結構時間もあるから、いつでもいいよ!あ、そうだ!実は私と朝日の父は大き目な会社の社長で金はあるから、お金に関して気にしなくていいからね!逢音君はそういうの気にするタイプっぽいから、一応そう言っておくよ!」
その饒舌さ、倉井さん(妹)には受け継がれなかったんですかね?足して割るといい感じになる気がするんですけど。遺伝子もバランスを考えてくれればよかったのに。
というか、やっぱり倉井さんの家お金あったんだ。そうじゃないと、このマンションに一人暮らしはできないもんね。ただ、お金あるならなんで私立の高校に行かなかったんだろ。あ、でも知り合いもお金持ちの家だけど、公立高校に行ってたな。意外とそういう人多いのか?いや、どうなんだろ。どちらにせよ、僕には縁のない世界だ。
「あ、は、はぁ。ただ、予定と言われましても、今すぐは――」
そこまで話したところで、僕のズボンのポケットから軽快な音楽が流れる。あ、スマホの着信音だ。ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、電話の相手に表示されていたのは『母』という文字だった。
「ちょっとすいません。」
僕はそう一言断りを入れ、外に出て電話に出ようとしたのだが、「いやいや、そこでいいから」と倉井さん(姉)に押し返されてしまった。ここで時間をかけすぎると留守番電話になってしまうので、仕方なくその場で電話に出る。普段は電話なんかしないのに、どうしたんだろうか。
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