16 「まぁ、そういう話だったしね。」
まず一番最初に思ったのは、「惜しい」ということ。綺麗で上手い絵だとは思うが、もしかしたら倉井さんの絵柄に合っていないのかもしれない。頑張ってその絵柄にしているような、違うような、表現のしにくい違和感がある。ただ全体的なバランスとかに関しては何も言うことがない。簡潔に言うと、かなりうまい。
ただ何というか、他の人が描いた絵を見てると僕も絵を描きたくなってくる。チラリと、テーブルの上に置いてある鉛筆に視線が行く。
「いや、いいや。」
思わず手を伸ばしそうになったが、ふと知り合いの顔が浮かんでそんな気分じゃなくなる。どうせ彼に追いつけないなら、僕が絵を描いても何の意味もない。こういうのを『諦め』と言って軽蔑したり怒ったりする人もいるだろうけど、それでも僕は絵を描こうと思えないんだ。
「アイスコーヒーでよかった?」
「ああ、うん。ありがと。」
僕は、持ってきてくれたコーヒーとスケッチブックを見せてくれたことについてお礼を言うと、スケッチブックを倉井さんに返す。僕は何か言おうかどうか一瞬迷ったけど、結局何も言わなかった。僕が何言っても「で?何様?」ってなりそうだしね。
あ、このコーヒー家のと同じ味だ。たぶんペットボトルのやつだろうな。
「じゃ、勉強始める。」
「わかった。じゃあ、今日もプリントね。」
僕は鞄からプリントを出すと、倉井さんに渡す。もはや嫌な顔ではなく何かを悟ったような顔をした倉井さんは、僕からプリントを受け取ると解き始める。昨日渡したやつよりも少し難易度を上げたんだけど、大丈夫かな?まぁ、昨日のと同じくらいの難易度のも持ってきてるから、駄目そうならそっちを解かせよう。
そんなことを考えながらわからないところを教えていると、何となく倉井さんに合った教え方がわかってくる気がするから不思議だ。心なしか、教えた後に同じところで間違う確率が減ってきてる気がするし。まぁ、欲を言えば一度教えたところは二度と間違わないでほしいんだけどね。
ちょうど倉井さんがプリントを五枚ほど解き終わったところで六時になったので、さすがにそろそろ帰ることにする。あまり遅いと親にいろいろ言われるしね。まぁ、高校生になったから大丈夫だとは思うけど。
「じゃあ、僕はもう帰るよ。長居するのもよくないしね。」
「わかった。」
僕は「コーヒーありがとう」とお礼を言い、鞄を持って立ち上がる。すると倉井さんも一緒に立ち上がり、玄関まで着いて来てくれた。
「家まで、送る?」
「いや、家すぐ向かいのマンションだからね?」
むしろ、この距離で送ってもらったらおかしいでしょ?というか、女の子が送るって、帰り道が心配になる展開じゃないか。
「そう。じゃあ、また明日もお願い。」
「まぁ、そういう話だったしね。まぁ、このペースでいけばとりあえず再試には間に合いそうだから。」
僕の言葉に倉井さんは頷くと、手を小さくひらひらとする。やっぱり、倉井さんってかわいいんだよな。まぁ、ここでそんなことを思っても仕方ないんだけどさ。
「じゃあ、また明日。ん?」
僕はドアノブに手をかけようとしたところで、外から鍵が差し込まれる音がしたことに気が付く。親でも帰ってきたのか?でも、さっき一人暮らしだって言ってたしな。じゃあ、誰が入ってくるんだろう。
鍵を持っている人なので大丈夫だと思うが、僕は少し警戒しながらじりっと後ろに下がる。
ガチャリと鍵が開く音がして、玄関のドアが開けられた。
「朝日?ちゃんと勉強して――」
そんな声を出しながらドアを開けたのは、茶髪の女性。百七十二センチある僕よりも少し小さいくらいの身長で、女性にしては高いほうだろう。年は二十代前半くらいかな?かなりの美人だ。おそらく、石橋君がここにいればテンションが上がっていただろう。ただ、僕はテンションが上がっている場合ではない。
「ほえ?」
そんな間の抜けた声を漏らした女性は、目を丸くして僕のことを見る。一方の僕は、ジーと見られてどうしたらいいか分からず反応に困り、女性から目を逸らすタイミングを失ってしまう。どうしよ、というか、この人誰だろ。目元が少し似てるし、たぶん倉井さんの親戚とかお姉さんだとは思うけど。
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