14 「せめて人間の言葉を話してくれない?」
その後も、後ろの席から責める視線を向けられ続けたものの、特に問題もなく授業を受け、昼休みも乗り切り、ついに放課後に突入した。
正直、ずっと見られるのは落ち着かなかったが、何を言っても無駄だと諦めることにした。石橋君の女子に対する執着は半端ないからなぁ。それに関しては勝手にすればいいと思うけど、僕に迷惑はかけないでほしい。おかげでなんか体力とかガリガリ削られた。ほんと迷惑だよ、石橋君。
「勉強。」
クラス中がそれぞれ部活に向かったり帰ったりした後、昨日と同じように勉強を始めようと僕に話しかけてくる倉井さん。別に僕は問題ないんだけれど、問題あるヤツが一人いる。
「ガルルルルル。」
なんか、僕の後ろの席で犬みたいにうなりながら僕を睨みつけてくる石橋君。だんだん人の道を外れている気がするのは決して気のせいではないはずだ。うわぁ、勉強始めにくいなぁ。せめて人の言葉を話してほしい。
「ねぇ、石橋君。せめて人間の言葉を話してくれない?」
「お前、俺があんなに言ったのに、よくも二人っきりで始めようとしやがったな。」
「いや、頼まれたことをしてるだけだし。」
僕がそう言っても、石橋君は全く聞き耳を持ってくれない。いい加減にしてくれないかなぁ?というか、どうすれば満足なのさ。
「ああもう!分かったよ!お前の気持ちはよーくわかった!」
「何が分かったのかぜひ聞かせてもらいたいね。」
石橋君はそう言って急に立ち上がると、僕をびしっと指さして意味不明なことを口走る。ほら、倉井さんドン引きじゃん。それ以上すると本気で嫌われるよ?いや、もう手遅れか。
「夕に頼んでもきりがないからもういい!倉井さん!俺も一緒に勉強させてくれ!」
「いや。」
腰を壊しそうな速度で頭を下げながらそう言う石橋君だったが、倉井さんの反応は「うわぁ、なんだこいつ」みたいな感じで、道端の石ころを見るような目だった。
「なんでですかっ!俺も成績がやばいんです!お願いします倉井様!」
短い拒絶の言葉に対し、なおも食い下がる石橋君。面白そうだから、このまま見学してよう。話す倉井さんも珍しいし。
「邪魔になる。」
「邪魔はしません!約束します!だから、だから!」
「いや。わたしは本気でいい点を狙ってる。」
諦めようとしない石橋君に、面倒そうな視線を向けながらそう言って拒絶の意を表す倉井さん。なかなか面白い状況になってますね。
「俺もいい点を狙ってます!本気です!」
女子と一緒にいるという野望に対して本気、が正確じゃないのかな?石橋君、自分が赤点だってわかった瞬間に「再試なんか知ったことか!俺は俺の生き方を貫く!」とか意味不明なことを言ってたし、本気なわけないよな。
「はぁ、もういい。」
倉井さんは諦めたようにそう言うと、手際よく自分の筆箱を鞄の中に入れ、鞄を掴んだまま席を立つ。
「行こ。」
倉井さんはそう言うと、僕の手を掴んで教室の出口のほうへ引っ張りながら歩き出す。僕は慌てて机の脇にかけていた鞄をとると、そのまま倉井さんについていく。よくわからないけど、倉井さんが勉強する場所を変えようとしているのはわかる。僕も石橋君がいるのは嫌だったし、ちょうどいいからいいけどね。
「ちょっと待て!」
石橋君はそう言うとズザァと擬音がつく勢いで、倉井さんと僕の前に立ちふさがる。今の俊敏な動きなに!?一瞬残像が見えたんだけど!?その動きできるなら運動部に入ったほうがいいんじゃない!?たぶんそのほうがモテるよ!
「倉井さん、俺は勉強したいんです。」
「邪魔。他を当たって。」
「どうしてそこまで邪険にするんですか!」
「生理的に無理だから。」
倉井さんの
「じゃ、行こ。」
既に石橋君はアウトオブ眼中。倉井さんは崩れ落ちる石橋君をなかったことにしようとしている。まぁ、石橋君をかわいそうとは思えないけどね。だって、倉井さんからすればただのやばい人だもん、そりゃあ「生理的に無理」って言われるよ。むしろ僕は、最初から「生理的に無理」って言うんじゃなくて、「邪魔になる」とか「わたしは本気」とか比較的マイルドな言葉を先に言った倉井さんは優しいと思う。だってあんなに面倒な人を前にして、僕だったら最初から「気持ち悪いから無理」って言っちゃいそうだもん。あそこで引き下がっていればこんなことにはならなかったものを、石橋君は引き際がわかってなかった。
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