第7話
着替えと布団一式を持ち出してくると言うのに聞き訳が無い。
「俺と一緒に寝ればいいじゃないか?」
「上京。百歩譲って、そうさせて貰うとして、着替えが無いから」
「買った」と箪笥の引き出しを開けて見せた。ラックハンガーに吊るされたスーツも見せられた。
ぞっとした。
何だ、こいつ。
「オレのサイズとかどうして解る?」
「生田、俺の観察力を舐めるなよ」
誉めてない、おまえが怖いだけ。
側にいたからってサイズを把握できる隙があったのか?
「いつ買った?」
「鍵を生田に渡した後かな」
げえ。囲う気満々だ。
用意周到、罠にはまった野良猫は自分の運命を悟りつつも抗うらしいが、オレも暴れていいですかね。
何か、本気で上京に敵う気がしない。頭がぐらつく。足元も危うい。
とんだ奴に惚れられたし、惚れてしまった。
「で。生田は料理が作れたりするのか?」
がっしりオレの腰に手をまわしながら、よく平気に話せるな。人前だと恥じらう癖に、その反動か? ふり幅が大きくて困惑するんだけど。
「上京は作ったら食べるのか? なら、作るけど」
パンを食べるよりマシだろう。
「別に期待はしていない、適当にパスタでも茹でてくれたら食べてもいい」
「ああ、パスタね、」で見事に投げ技の大腰を決められ、ベッドに沈められた。
身軽なくせに、よく動くよ本当に。
「上京、おまえさあ」
「生田、悪いんだけどさ」
「何?」
「……お腹空いたかもしれない」と倒れ込んだ。勝手すぎ。まあ、解らなくも無いけど。
「コーヒーは自分で入れるから、後はよろしく」
はいはい。
10日間の出勤停止が明けたら辞令が出た。
オレは営業部のままで変更無し。上京は、営業部に戻る事になった。
辞令を受け取った上京は商品部に一礼して、オレに向き直ると一直線に歩き片腕を上げたからハイタッチした。ようやく、取り戻せた。
商品部は涙目だけど、オレは常務に意を決して、直訴して良かったと思う。
上京の独走を止める役目は必要だから。それは自分が適任だと自惚れている。
「おいちゃん、最近、服の好みが変わったのかな」
「え、部長? 別に意識していませんが?」
「センスが違うんだよね。誰か、いいひと出来たかなー。式には呼んで貰わないとな」
上京が選んだ服しか着れないし。自分で買いに行こうとしたら喧嘩になるし。連れて行かないと納得しない。オレが住んでいた部屋の片付けも立ち会ったし。
「要領が悪い。愚図! 業者に全部任せたらいいんだよ! 早く帰りたい」
「おまえ、先に帰れよ」
手伝えと頼んだ覚えも無い。背後で苛立たれて空気が重い。
「そんな事言って、生田が帰らないと俺は許さないからな。見張るしか無いだろ」
「逃げないよ。おまえなあ、少しは信じろ、上京」
「生田が色気づいて来たから目が離せないんだ、察しろよ、苛立たせるな愚鈍」
囲われている現実が残酷すぎて、幸せがほど遠い。
だけど、上京を取り戻せたから部署的に成功だし、一緒に住み始めてからオレが作るものを少しづつだが食べるようになった。何より上京の入れるコーヒーが美味しいので、これは恵まれているかもしれないな。……そう思う事にしよう。あいつの過剰な独占欲の引き金はオレだろうから。
しばらくは、好きにさせるか。会社どころかオレまで散々振り回す気だな。覚悟しないと。
「ああ、おいちゃん。思い出したぞ。賭けに勝ったんだから食べて貰わないとな」
げ。アイスクリームかよ。オレの平穏な日々はどこにあるんだろ。早くも人生の迷子だ。
自分で食べたらいいのに。買いすぎて味に飽きたんだな、解りやすい。ついでに糖尿病にならないように甘いものから卒業して、会社も引退してくれると目ざわりが減る。
「しかし、少し姿を見ない間に、色気づいたものだな。おいちゃん」
何だ、それ。
「営業として使えるようになったんだよ。誉めているんだが?」
「ありがとうございます」
生活が激変したからだろうな。
「おい、行くぞ、生田。今日は新規の打ち合わせがあるからな」
「ああ」
何故か、またコンビを組まされている。商品部が「かんちゃんを持ち主に返した」と騒いだせいだな。
運転はオレ任せ。上京は文句は言わないが、四六時中、顔を見合わせている恥じらいがあるのか、わざと視線を反らすのは憎めない。心の隙を突かれてる実感がある。
「……何、見てんの?」
「いや。可愛いと思って」
「当たり前だ。誰にために自分を磨いていると思うんだ、馬鹿野郎」
暴言は変わらない。でも、容姿が益々綺麗になったし、動作に角が取れて滑らかな気がする。贔屓目かな。
「上京。おまえ、1人でまた営業活動したらいいんじゃないの? そのほうが気楽だろ」
「俺が営業部に戻る条件として生田の同行を提示した」
「何やってんだ、おまえ」
ぎょっとした。
「誰かさんはどうしても俺を取り戻したかったんだろ。だから俺も言いたい事を言って通させた」
正気じゃないな。どれだけのめり込んでいるんだよ。責任を重く感じる。
「はー。たまには息抜きして、外で食べたりとかしような」
「俺の入れたコーヒーが好きなくせに、思い付きで話を反らすなよ。逃がさないからな」
運転しているのに腿を触るな、馬鹿野郎。
「手を離せ。事故りたく無いんだろ、上京」
「生田はこの程度で動揺しないの解ってるけどね。触りたくなった」
綻ぶ顔にほだされまくり。
強敵襲来。いや既に屈服されていた。
これだけ惚れられたら男冥利に尽きるのかも。まあ、オレもこの自己中に惚れてるし。
「そうだ、生田。週末、コーヒーのストック、買い足ししたいんだけど」
「上京に付き合うから時間決めておいて。早めに起こしてくれると助かる」
そして商談は相変わらずだ。上京が強引に押し切った後、オレが契約書を提示。
「おたくの会社はこうも綺麗どころが多いんですかね?」
「何の事でしょうか」捺印された契約書を確認しながら応じると「上京くんも綺麗だし、生田くんも優男で、営業向けですな。どこの会社でも落とせるでしょう」
「そんな事ありませんよ」
契約書をカバンに差し込むと「まだまだ、甘いんです。努力します」と答えて、上京の手をコツンと触り促すと「失礼します」と一緒に立ち上がり、一礼した。
おわり
ありがとうございました
同期に息切れ目まい (BL) 柊リンゴ @hiiragirinngo
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