第4話 あゝ愛しき麗しい薔薇よ

 私、ローゼ フォン ローゼンガーテンは魔女である。

名前はもう無い。

名乗った直後に名前がないとはこれ如何に。

 などと無粋なことは言わないで欲しい。

私の名前はローゼなんかではなかった。


だが忘れた。

私は意味がないものを覚えておけるほど暇じゃない。

私は薔薇を愛でなくてはならないのだから。 

この名前をくれた誰かすら、既に忘れた。




つい最近、私はとても便利な魔力供給源を手に入れた。

数ヶ月前に私を散々な目に合わせてくれた魔法少女と契約を交わしたのだ。

 



薔薇の管理は悩みが尽きない。

愛しさのあまり魔力を使いすぎては維持すらできなくなってしまう。

あの魔法少女二人組さえ来なければもう少し余裕があったはずなのに。

とはいえこういうのもそれほど悪くはない。

薔薇のための悩みなら願ってもいないくらいだ。

思うに、喜びだけでは楽しくないのだ。

美しい薔薇だけを見ていれば、他の醜さを忘れてしまう。

薔薇の美しさは絶対的であるからついついそれだけを見てしまう。

が、それではかけがえのないものを忘れてしまう。

そう。


薔薇の美しさを自分以外にも伝えるという重要な使命を。


彼らは哀れだ。

薔薇の美しさを理解できていない。

だからこそ私は彼らを薔薇にふさわしい姿に変えてあげなくてはならないと確信している。

だがいささか魔力が足りない。

哀れな雑草共を薔薇にふさわしい土壌に変えるには力が弱まりすぎた。

自分の庭の薔薇の管理すらギリギリだ。

その上ついうっかり熱中しすぎてしまう。

なんとかして魔力を蓄えなければ。

あぁ、でも、愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくてたまらない。



また貯めておいた魔力をつぎ込んでしまった。

先週も同じことをした気がする。

先々週もだっけ?

今回はかなり待てた気がする。

でも仕方がない。

こんなに美しい薔薇に愛を注がないでいられる方が異常なのだ。


そんなこんなで気付けば魔力を失ってから数ヶ月がたった。

魔力の貯蔵は昨日使い切った。

館に仕込んでおいたアラームが侵入者を知らせてくれる。

最早人間っぽい姿も保てない。


図々しく館に入ってきたのは人間の…少女?

どこかで見たことがある、気がする。

少なくとも魔力は見たことがない。

というか凄い気持ち悪い。

何だあの魔力。


放っておいたらゴソゴソし始めた。

一体何をするつもりなのかは知らないが人の屋敷でいい度胸だ。


「ちょっと?」


声に反応してこちらに向けた顔は見覚えがある。

数ヶ月前私の魔力を吹き飛ばしていったあの魔法少女の片割れだった。

よく見てみれば魔力の質はあの魔法少女のものをまるきり反転させたもののようだ。

おかしなやつだ。


 「そりゃあ失礼したよ。

 あんまり魔力が弱いものだから気づかなく てね」


 

うわ、腹立つ。

というかどの口がそれを言うんだろうか。


「あんたたちが私の家諸共吹き飛ばしていったんじゃない。忘れたとは言わせないわよ」


ようやく気づいたような反応をする。

なんてやつだ。

奴には心というものがないに違いない。

間違いなく薔薇が足りていないな、この小娘には。

あぁ、魔力がもう少しあれば。


なんて考えているところにやつがまた口を開く。


「あれからそこそこ経ったのに未だにそんな有様だなんて一体何をしていたのやら。

 私が責められる筋合いは無いと思うのだけれどもね」


 何を言っているんだろうかこいつは?


愛しい薔薇の管理をしなければならないのだ。

魔力なんて貯まるわけがない。

明瞭な事実を告げると呆れたような顔をされた。

こっちこそ呆れさせられる。


唯一見どころがあるのは自分から薔薇の世話を名乗り出たことだろうか。

得意でないのにわざわざ自分から申し出てくるなんて見上げた薔薇への愛だ。

この娘は意外と話のわかるやつなのかもしれない。

だが今必要なのは魔力だ。

魔力さえあれば薔薇の世話も出来るしその上で布教活動を進められる。

だからこそ私は


「あなたとの魂の契約よ」


そう言った。



それからいくらかの問答はあったが契約の儀は上手くいった。


「これからすぐ作業に入るの?」


「とりあえず料金後払いにさせてほしいね。

一段落ついたら魔力を分けるよ」


逃げないのであれば問題ない。

実際のところ逃げることは叶わないのだが。


そういえば、と口に出す。


「あなた一体どうしたのよ、その魔力。

見たところ綺麗に反転しているようだけど」


だが帰ってきた答えは曖昧だ。

曰く、死んだらこうなった、と。


薔薇の改良に使えないかとも思ったがこれでは無理そうだ。

実験のためとはいえ薔薇を枯らせるなんて絶対にありえない。

そんなことをするくらいなら自分が死んだほうがマシだ。

だが結局それでも薔薇は枯れてしまうので断固として阻止するのだが。



しばらくすると立ち上がりこちらに近づいてきた。

 暇なので寝てたが叩き起こされた。

比喩でなく実際に叩かれたので腹立たしい。

こいつめ動物の扱いが下手すぎる。

と、文句を垂れ流そうと思ったが魔力をもらう場面になって裏切られるのも癪なので仕方なく我慢した。


魔力を込めた血で互いの魔力のバスを作る。

具体的には相手の腕に思いっきり噛み付く。

牙を実体を持った魔力に変えて突き立てる。

痛みは錨だ。

つながらない心を引き留めておく為の。


 そして私は姿を取り戻す。


それからあの娘は魔法のテストをしているようだった。

防御魔法から攻撃魔法まで各十種類ほどと、その他数種類の魔法を連続に放ち始めた。

屋内でやるな、と叫びたい。

薔薇と違って館は簡単に治せるからといって魔力を無駄遣いしていいわけではないのだ。

とはいえ今や魔力は十分にあるので黙認する。


最後にあの娘は変身の魔法を唱える。

唱えるといっても仰々しい文句ではなくただ一言「変身」と唱えただけだが。


「私はなかなか気に入ったのだけれど。

 悪魔的にはどうなんだい、これ?」


その姿はいつか見たものとは別物だった。

美しい。

その並大抵の魔法少女や悪魔では持ちえない圧倒的な魔力量とその質。

これで薔薇の要素があれば完璧だ。


私の可愛い可愛い薔薇の魔獣を作り出す。

それを身に着けた相手の魔力を吸い取り寄生して華を咲かせる布教に便利なものだ。

薔薇の美しさに耐えきれない哀れな雑草共は枯れてしまうが問題ない。

なにせ薔薇は美しい。


彼女の髪に付けた瞬間赤く変わる。

なんて美しいのだろうか。


「やっぱり薔薇は素晴らしいわね。

 あらゆるものを美しくしてしまうわ」


 あぁ、楽しみだ。

久しぶりに皆に伝えることが出来る。

愛しの薔薇よ。

私の全てをあなたに。

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この愛と悪を君に 枯小乃木 @dokkano_ny

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