第3話 変身

 魂の契約、とあの狼は言った。

 正気だろうか。

 つまるところ奴は魔力を通じた相互依存関係を作ろうと言っている。

半永続的な同盟関係も同義だ。

しかもズブズブの。

殺し合いしかなかった間柄だったはずなのだが。


 「おかしいことはないでしょう?

 私はあなたから魔力をもらい、あなたはこの館の一部を使う」


 確かに理にかなってはいる。

 だが。


 「本気で言ってるのかい?

 魔法少女と悪魔が契約だなんて正気の沙汰とは思えないよ。」


 ニヤリと気持ちの悪い笑顔を浮かべながら魔女が答える。

狼の姿をしているのに器用なものだ。練習でもしたのだろうか。


 「問題ないでしょう。

 その今のあなたの魔力の質ならね」


 どうやら気づいていたらしい。

 カス程の魔力になってはいても悪魔は悪魔だということだろうか。


 「なにより。

 私は恨まれているものだとばかり思っていたのだけれども」


 「別に構わないわよ。

 薔薇が枯れたわけじゃないし」


 なるほど、悪魔らしいな。

 奴らは基本的に何かに執着していた。

ある悪魔は学校に、ある悪魔は病院に、ある悪魔は廃墟に。

どれも実際とは微妙にずれてはいるがだいたいそんな感じだった気がする。

 この魔女に関してはその対象が薔薇なのだろう。


選択肢はあってないようなものだ。

この悪魔と契約を結ぶリスクとこのまま変身もできないでいるリスクを比べれば前者の方が小さいことは明瞭だ。

最悪この悪魔程度なら仮に魔力が元に戻っていても身体強化で逃げることくらいはできるだろう。


 「わかった。

 条件を飲もう。

 私も少しばかり悪魔について知りたかったからね」


 「それじゃ早いところ儀式も終わらせちゃいましょう」


 そうして私天城天音は便利な隠れ家と、便利ながらも面倒くさい同居人を手に入れたのだった。

 


 

 私、笠木つかさは魔法少女である。

 高校に入学してから一年と八ヶ月が経った今となって私は再び失った。

敬愛する先輩がいなくなってゆく。

戦いの中死ぬ魔法少女はそう少なくないと聞く。

無論勝ち続けることなど不可能なのだとマーフィーの法則から見て明らかだ。

負ける可能性がある戦いを続けていけばいつかは必ず負ける。

魔獣や悪魔と戦って負けるのならばまだ諦めも付く。

だが。

だが守るべき人々に、守ってきた人々に殺されるのでは溜まったものではない。


人は知らないものを拒絶する。


恐怖とはある種の自己防衛機能だ。

自分に害を与えるものに対して抱く感情だ。

故に。

自分を害するかどうかわからない程に未知であるものは人に恐怖を掻き立てる。


そして


当然だ。

理性によって防衛機能が解除されてしまっては何の意味もない。

だからこそ人は私達に恐怖する。


私達が彼らを守っていると理性でわかっていながら感情で殺す。


人は必ずしも強いわけではない。

強ければ恐怖を克服し得る。

だがそれを全ての人に望むのは酷というものだ。


それこそ私達が戦う理由なのだ。


弱さを守るがゆえに弱さに殺される。


矛盾していると思う。

理不尽だとも思う。


だがその上で戦い続けた彼女たちを見て私はここまで来た。


だから私は立ち続けられる。


だから私は守り続けられる。


これからも私は身を隠しながらでも戦う。

それが彼女たちが私に残してくれたものだから。


そんな彼女が。

すべてを殺し尽くしたとは考えたくない。




さて。

とりあえず変身とそこそこの規模の術式までは調整することができた。

途中途中例の犬っころがちょっかいを出してきたがさしたる問題にはならなそうだ。


変身という魔法は他の魔法と大きく違う部分がある。

それは術者自身の魔力の流れをを大きく変えないことだ。

説明が難しいが個人個人の能力の特性をそのまま自身の装備に写し取る、という感覚だろうか。

その性質上、同じ姿に変身する魔法少女は存在しない。

似たような姿にはなることはあれど、完全に一致するということはありえない。

最も、初心者用に強制的に魔力を装備に変える魔法を使えば同じものが出来上がるのではあるが。

まあ魔法少女として一ヶ月も戦っていればすぐに普通の変身ができるくらいの難易度なので大体の魔法少女は前者の法則に当てはまる。


ただ、私はこれまでそれ以上に考えたことはなかった。

どのような魔力の性質がどのような装備へ変換されるのか、研究しておくべきだったかもしれない。


魔力の位相が反転してから初めて変身した私は今までとは似ても似つかない姿となっていた。


禍々しい黒を基調としたドレスのようなベースに紫色の結晶のようなものが生えている。

説明が下手過ぎてとてもダサい感じに聞こえてしまうかもしれない。

が、私個人としてはとてもいい感じに悪魔っぽくて少しばかり嬉しくなる。


「また随分と様変わりしたわねぇ」


調整が終わってから少し魔力を分けて魔女の姿に戻った悪魔が話しかけてくる。

乙女の着替えを覗くとはいい度胸だ。

実際のところ自分が乙女であるとは思ってないが。


「私はなかなか気に入ったのだけれど。

悪魔的にはどうなんだい、これ?」


「…………」


なぜ黙るのか。

まるで私の感性が比較的一般的な感覚とかけ離れているようではないか。

そうか、もしかしたら悪魔と人間では感性が違うのかもしれない。

だとしたらこの沈黙にも納得がいく。


「華やかさが足りないわね」


突然口を開いたと思うと魔法か何かで霧になって近づいてきた。

折角の機会なので先程調整が終わったばかりの剣を作る魔法を試してみつつ警戒する。


「ほら、こっちのほうが良さそうね」


と言いながら私の髪飾りに奇妙な薔薇をつけた。

 付ける前は色がなかった薔薇が私の髪に付けられた瞬間に赤に変わった。


「なかなか悪くないね。

ありがとう」


「やっぱり薔薇は素晴らしいわね。

あらゆるものを美しくしてしまうわ」


それに関しては同意せざるを得ない。

聞けばつけるものの魔力によって色が変わるらしい。

品種改良をして作ったらしいが、もはや植物というよりは実体を持った魔法術式といって差し支えないものになっていることは面倒事を起こさないように黙っておくべきだろう。

悪魔というものは偏執的だ。

自身が何をやっているかすら理解していないことも多々ある。

それ故薔薇が好きな奴に、薔薇をいじりすぎてもはや別物になっていることを指摘すれば大惨事になるかもしれない。

その可能性がある限りはまだ黙っておくのが良いだろう。

などと考えながら変身の術式に薔薇を組み込む。

変身と同時に開花、なんて機能も面白いかもしれない。

検討しておこう。


しかしなかなか良い。

かなり気に入った。

今の私の姿を見ればきっと彼女も喜んでくれることだろう。


頼まれたことはやりとげられそうだ。

嬉しくてたまらない。



黒檀のような深い闇の花弁に、波々と流れる血のような薔薇が一輪添えられていた。

その双眸には、喜びと感謝と、それからどうしようもない位の■が込められていた。

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