第2話 

私天城天音は魔法少女だった。

 高校生にもなって魔法少女ってどうなんだろうとも思っていましたがつい先日卒業しました。


 したくてしたわけではないけれども。

 

 血溜まりになって静かになった公園の広場から市街地へと出る。

服に染み付いた血は魔法で洗い落とす。

やはりこういうときにはとても便利だ。


 ひとまず現状について考えよう。

 私は魔法少女として死んだ。

 魔獣と戦って死んだわけではないのだが。

 ともかく私は今まで、死んだ魔法少女が悪魔になるのを見たことがない。

 いやまあそんな高い頻度で死に様を見たことがあるわけでもないので気づかなかっただけかもしれないが。

 悪魔といえば敵幹部クラスからトップまでと同じ種族である。

 と、ここまで考えてようやく一つのことを思い当たる。

 私達魔法少女の雇用主たる神々は私達に敵についての情報を一切教えていない。

 なんとも嫌な話だ。

 素性の知らない奴らと戦わされていたなんて。

 更に言えば神々のことも大して知らないのだ。

 生涯勉強とは言うがここまで何も知らされないのはあまりにもあまりではないか。

 とはいえこんなことにも気づかない。私もどうかと思う。

 いろいろ追い詰められていたから仕方ないとは雖もこればっかりはなあ。

 

 ところで何をすればいいかわからないとき、何をすればいいのかご存知だろうか。

 実に単純明快ではあるが、自分が何をできるか確認することである。

 つまり前提条件を整えなければ何事も始まらないのだ。

 出来ることを考慮しない計画のことを人は妄想と呼ぶのだ。

 もう人じゃないが。

 ではいろいろ確認していこうじゃないか。

 まずは私自身の状態だ。

 死んで以来私の魔力の波形は変化した。

 具体的にはまるごと反転していた。

 正負を表す部分もまるごと反転しているので私が魔法少女ではないと判断した。

 しかしながら当然悪魔の波形の特徴と全て一致しているかと言えばそうでもない。

 イレギュラーだ。

 少なくとも私は見たことがない。

 見たところ魔力が反転したからと言って身体能力が上がったりするようなことはないようだ。

 わからないこと尽くしではあるが、唯一の救いは簡単な魔法位なら軽い調整だけで使えそうなことくらいだろうか。

 身体能力向上の魔法くらいはそのまま使えそうだ。

 しかしもし魔法を使う相手と戦うのであれば流石にそれだけではまずい。

 とりあえず変身だけでも出来るように調整しよう。

 どこか落ち着ける場所があればいいのだがなあとやけに静かな街を歩き続ける。


 そもそも魔法とはなんぞや?

 という質問に対しては回答できる。

 魔法とは魔力を術式に流し込むことによって発現させる現象のことだ。

 電子回路に電流を流すようなものだと考えていただけると楽だろう。

 一方で魔力がなにか、という質問に対しては実に答えにくい。

 あなたは血の役割を答えることができても血が何であるかは答えられないだろう。

 魔力は多かれ少なかれ人間やその他生物に流れている。

 流れている、というよりは帯電している、という方が正確かもしれないが。

 とはいえ魔力の原理も何に役立っているのかも私は知らない。

 無生物であっても魔力を帯びることがあるというので、必ずしも意味があるわけではないのだろう。

 

 話を元に戻そう。

 魔法には術式が必要だ。

 単純な魔法程度ならその場で組み立てればいいだけの話だ。

 しかし複雑になってくると話は別だ。

 毎回組み立てているようでは時間がかかりすぎる。

 故に魔法少女は術式を自らの身体に刻印する。

 傍から見ればタトゥーに見えそうではあるが、実際には魔法を使うものにしか見えない。

 魔法少女だった頃にはこれで見分けていたものだなぁ、としみじみ仕掛ける。

 また話がそれてしまった。

 魔法少女たるもの変身の術式程度は最低でも刻印してあるものだ。

 書き換えは容易いものではない。

 だからこそ誰にも邪魔されない静かな場所が欲しい。

 そう思って歩き続けているが丁度いい場所はなかなか見つからない。

 

 ふと思い出した。

 いつだったか倒した悪魔が使っていた洋館が郊外にあったはずだ。

 あちらの方はそれっきり何の反応もなかったので今も無人のはずだ。

 行ってみる価値はあるだろう。

 そこならばある程度の設備と結界もあるだろうし。

 何しろ他の魔法少女や悪魔に見つかってはまずい。

 今の状態ではただの魔獣にすら殺されそうだ。

 幸いなことに魔力の封じ込めによる探知妨害くらいは歩きながらでも五分ほどで組めそうだ。

 行き先も決まったことだし対策くらいはしよう。




先輩が殺されそうだと聞いた。

助けに行こうと思った。

そして現場についてみれば。


そこにあったのは死体の山だった。


数十人の人間の死体が転がっていた。

彼女が反撃したのだろうか?と疑いはしたが魔力の質が違いすぎる。

何よりそうであってほしくない。

かといって魔獣でも悪魔でもない。

なによりそこには彼女が死んだ痕がある。

魔力を普段使っているものが死ぬと独特の炎がつく。

彼女は死んだはずだ。

はずなのだ。

 だがそこにあってしかるべきものが無い。


 彼女、天城天音の死体がない。

 

 変身して公園の外へ飛び出す。

 空からみれば何かが見えるかもしれない。

 

 考えられるのはこの惨状を作り上げた何者かが持ち去ったか、それとも。

 それとも死体が自分で歩いていったか、だ。

 

 後者ではないと信じたい。

 信じたくて仕方がない。

 そうだとしたら彼女があれをやった可能性が浮かんでしまう。

 だが死体が動き出すなんて突拍子もない事を思いつくにも理由がある。

 意識が否定しようとする。

 だが、一瞬だけ。

 そう一瞬だけ視界の端に

 彼女が映った気がしたのだ。


 


 さて、久しぶりに洋館に来た。

 ここまで妨害も特に無くたどり着けたことは幸いと言っていいだろう。

 だが問題は起きた。

 洋館が、少し整っている。

 具体的には薔薇が咲いている。

 一輪とか一部分とかではなく庭園全体に。

 しかも庭師に整えられているように。

 人の気配は皆無だ。

 何よりここは人間のたどり着ける場所ではない。

 だが同時に魔力の反応も見当たらない。

 少々不安だ。

 だがここまで来てしまった以上引き返すのももったいないような気もする。

 どうせここ以外場所に心当たりもないのだ。

 

 重たい扉を開けて建物に入る。

 中からは何の物音もしない。

 特に問題もなさそうだから始めてしまおうかと思った瞬間。


 「ちょっと?」


 思いもよらない声に周囲を警戒する。

 その声は階段の上から聞こえてきた。


 「突然他人の家に入ってきて挨拶もなく作業しだそうだなんていい度胸じゃない」

 

 雲が晴れて月の光が窓から入り込む。

 照らされて現れたその姿は狼だった。

 魔力の反応を見ようと感知魔法を起動する。

 そこからわかったことは2つ。

 1つ目。

 眼の前にいる狼が悪魔であること。

 2つ目。

 館の外で感知できなかったのはその悪魔の魔力が尋常でなく弱まっていたからだということ。

 

 「そりゃあ失礼したよ。

あんまり魔力が弱いものだから気づかなくてね」

 天音は冷静に対応する。

 

 「一体誰のせいだと思っているのやら」


 その狼は呆れながら語る。

 

 「あんたたちが私の家諸共吹き飛ばしていったんじゃない。忘れたとは言わせないわよ」


 どうやらこの見るも無残な姿になった悪魔はあのとき倒したはずの魔女だったらしい。

 まさかあそこまでやったのに生きているとは。

 

 「あれからそこそこ経ったのに未だにそんな有様だなんて一体何をしていたのやら。

私が責められる筋合いは無いと思うのだけれどもね」


 相手が実力を隠していないか警戒することは重要だろう。

 今の私は手負いの悪魔ですらまともに相手取れないのだから。


 「仕方がないじゃない。」


 館になにか魔力の集まりにくい性質でもあるのかと逡巡する。が。


 「薔薇の管理を一人でやるのは手間なんだから‼」


 ひどく間抜けな言い訳に思考の無意味さを感じざるを得なかった。


 「で、その薔薇が大事で大事で仕方がない御屋形様は私がここで作業することを許して下さいますか?」


 交渉を持ちかける。

 正直断られる未来しか見えないのではあるが。


 「契約には必ず互いに利益がないといけないと思わない?私はそう思うのだけれども」


 確かにそのとおりだろう。互いの利益というものは信用に直結する。

 いわば楔だ。

 契約を反故にされるのが怖ければ契約を反故にされない理由を作ればいいのだ。


 「じゃあ私は薔薇の世話でもすればいいのかな。あまり得意な分野ではないのだけれどもね」

 

 「いいえ別にそれはしなくて結構よ。私が望むのは」


 あなたとの魂の契約よ、と。

 

 狼の姿をしたあの魔女はそう言った。

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