この愛と悪を君に

枯小乃木

第1話 意図せぬ転職

  私は正義の味方である。

 正確には「まだ」正義の味方である。


  しかしまあなんとも分かりづらい表現だと思う。

 正義の味方とは、そもそも正義とはなんぞや?

 私は今の状況に至るまでずっと考え続けてきた。そして考えている。

 まずそれを論じるためには、決めなくてはならないことがある。

 正義とは何に依って存在しうるものなのか。つまるところは正義の定義である。

   大勢の人々がそれを好むから正義なのか。

   個人個人の損得の基準が正義となるのか。


 ところで、世の中というものは実に難しいと思う。自分の思い通りにはならないし、思わない通りにもならない。私の望むものは奪われ、いらないものは押し付けられる。

 出る杭は、打たれたのだ。

 正義の定義が後者であったのならばどれだけ救われたのだろうか。

 世界は残酷なほどに、冷酷なほどに、漆黒で、それでいて純粋にすぎるほどに、理性と感情に基づいた論理性の信徒でありつづける。

 一体誰が、他の人間の正義を認められるだろうか。

 一体誰が、隣の人間を信用できるのだろうか。


 私はあまりにも甘かった。

 理屈と常識と理性だけに頼りすぎていた。

 自分の守ろうとしているものの愚かさを、一切理解していなかった。

 喉元に槍が構えられる。

 吊るされて火であぶられる。

 ああ、この感情はなんだろう。

 自分を殺す、守りたかったものへの憎しみか。

 浅はかに過ぎた自分への侮蔑か。

 それとも。

 それとも何なのだろうか。



 その答えを、私は知っている。



 カフカの変身という本を私は読んだことがない。いつか読むべきだと、常々思っていたが、もう読むこともできなくなってしまった。

 朝起きたら毒虫になってしまったグレゴール氏は一体どんな気分だったのだろうか。

 しかしながら、比較に出しておいては何ではあるのだが。

 私は朝起きたら、気づかぬ間に、というわけでもない。ましてや毒虫になったわけでもない。

 正直私よりは彼のほうが苦しんだに違いない。

 私、天城天音あまぎ あまねは愛したものに殺されて、気付けば悪魔になっていた。

 最も悪魔と言う名はあくまで便宜上のものだが。悪魔だけに。

 とまあ寒いギャグを言えるだけの余裕はある。

 神のことは別に信じてはいない。

 人を惑わせて堕落させることは好きだ。

 悪魔という言葉以外に思いつかなかったのだが何か他にいい言葉があるかもしれない。

 が、呼称に関する議論はここまでだ。

 語るべきことは他にある。

 つい数時間前まで正義の味方だった、有り体に言って魔法少女であった、民衆を脅かす悪魔の進退だ。

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