本音を言ったら、もう二度と戻れなくなる

ちびまるフォイ

類は友を呼びまくる

「お前も、このラーメン屋でいいよな?」


「え? あ、ああ……」

(うっわ、ここ入るのかよ……)


店内に入ると予想していたより、予想以上の込み具合だった。

しかも、俺の苦手な掃除が行き届いていない感じ。

テーブルは油でてらてらと照り返している。


「ここ、とんこつがいいんだよ。食ってみろって」


「ああ、そうするよ」

(しかも匂いのキツそうな……マジか……)


出されたどんぶりは荒々しくテーブルに置かれ、汁が服に散る。

ずぞぞ、と友人は勢いよく麺をすするが、もう汁と不衛生さで発狂寸前。


なんとかその日を耐えしのぎ、ベッドに倒れ込んだ。


「疲れた……もうホント……疲れた……」


翌日、目を覚ますとベッドの横に自分が寝ていた。


「ええ!? お、俺!? ドッペルゲンガー!?」


「違うよ。俺は俺自身が生み出した俺だよ」


「何言ってんの。お前バカか」

「ブーメランささってんぞ」


もう一人の俺はぺらぺらと説明をつづけた。


「昨日のことを思い出してみろよ。お前はぐっと本心を抑え込んで

 友達に合わせようとしただろ?」


「あ、ああ……思い出しても鳥肌が立つ……ラーメンは好きなのに……」


「で、その強い深層心理が俺を作り出したんだ。

 友達との仲を壊したくないという気持ちと、

 素直に自分自身の気持ちで生きていきたいという2つの心が」


「それじゃお前は……」


「俺は、周りに合わせて生きていく人生を歩む。

 お前は、自分だけのために、自分の思い通りに生きればいい」


「天才か!! やはり俺は天才か!!」


いままでどれだけの時間を、どれだけの精神を人のために費やしたのだろう。

これからは本心だけで生きていける。自分に素直になれる。


いちいち、相手に気を使う必要がなくなった。


「コレ、ホントだめだよ。絶対見るべきじゃない映画だよ」


「うっわ、これクソマズイな!!」


「なんだこいつ。頭おかしいんじゃないの?」


「そういうの俺嫌いだよ。どういう神経してるわけ」


これまで抑えてきた心の声を存分に解放した。


自分の評価が貶められるかと思って言わなかっただけに、

自由になってからはタガが外れたように好き勝手言いまくった。


「ああ、本音で生きるって最高!!

 今までどうしてあんなつまらないなれ合いに気を使ってたんだ!

 自分が自分らしく生きられることこそ正しいのに!!」


そんなこんなで数日が経過した。


本音生活の副作用が出てくるのもこの時期だった。


「もしもし? 今日どっか遊びいかない?」

『いやちょっと用事が……』


友達がだんだんと離れ始めたのに気づいた。

なにをどう誘っても渋るような返事しか帰ってこない。


「……ま、いいか。俺が本音で話したとたんに離れるようなら

 そんなのはうわべだけの友達だろ。そんなの俺にはいらない!」


しょうがなく、一人で遊びに行った。


行った先で、誘いを断った友達がもう一人の俺と一緒にいた。

まるで浮気現場を見たような気分。


「あいつ、どうして俺の誘いを断って、もう一人の俺とは良いんだ……!?」


自分でも何言ってるかわからないが、間違ってはいない。

もう一人の俺と遊ぶ友達は、俺との時には見せない楽しそうな顔をしている。


「次、あっち行ってみようぜ」

「ああ、いいよ」


もう一人の俺は何をどう受けても常に相手を立てている。

自分の意見などないかのように。かつての自分そのもの。


でも――。


「なんで……なんで、本音で生きている俺よりも

 本音を押し隠している自分の方が楽しそうなんだよ!!」


納得いかない。

その夜、緊急自分会議が開催された。


「俺よ、呼び出されたわけはわかるか?」


「いやわからないな。でもその顔から察するにひがみだろ?」


「なんでわかるんだよ!」

「自分のことだからな」


「俺が言いたいのは! 本音で生きている俺が孤立していって、

 ウソとうわべで取り繕ったお前の方がずっと充実してるのがおかしいってことだ!」


「やっぱりひがみか」


「どう見ても自由なはずの俺より、

 自由じゃないはずのお前の方が、ずっと自由にしてるじゃないか!!」


「まあな。俺がたまに本音を言っても受け入れてもらえるし」


「俺は本音を言ったらすぐに逃げられる!! この差はなんだ!!」


同じ自分なのにどうしてここまで差が開いたんだ。


かたや俺は自分の気持ちを正直にずっと伝えているのに嫌われて、

本音を隠した自分はたまに本音を出しても許される。こんなの間違ってる。


「所詮、人間なんてギブ&テイクなんだよ」


「……は?」


「自分が我慢すれば、本音をさらけ出すチャンスがもらえる。そういうものだ」


「俺は……俺はずっと我慢してなかったから……ってことか……!?

 そんなの、本音が言えないなら友達なんていわないだろ!!」


「相手に我慢させ続ける関係なんて長続きしない。

 お前のいう友達は都合よく連れまわせるペットか奴隷のことか?」


「お前……!」


「ひがむなよ、俺。すべては自分のせいだろ?

 自分に素直になれるってあんなに喜んでいたじゃないか。

 これからもそうやって生きろよ。自分勝手にな」


「…………そうさせてもらうさ」


俺は迷わず、もう一人の自分の首に手をかけた。

明確な殺意は握力をにぶらせない。


「がっ……かはっ……!!」


「良い友達関係を築いてくれてありがとう。

 あとは俺が引き継ぐからお前は安心して消えて良い。

 俺は自分の人生を、自分勝手に生きさせてもらう」


もう一人の自分は消えてしまった。

でも、もう十分に役は果たしてくれた。


もう一人の自分が築き上げた友人関係は本音を出したくらいでそう崩れない。


この頑丈な土台を乗っ取って、俺は自分の人生を最高に過ごしていく。

さっそく、友達を遊びに誘うとすぐに返事が返ってきた。


「ああ、いいよ。それじゃ明日、駅で」


今まではあれだけ断られていただけに嬉しかった。

友達関係で大事なのは土台作りなんだなと痛感する。




翌日、駅で待つこと3時間。


「おっそいなぁ……」


遅刻してきた友達は悪びれる様子もなく「よぉ」と言った。

ここはちゃんと自分の気持ちを言うべきだ。本音で勝負。


「おい、俺に何か言うことないのか?」


「言うこと? そういうめんどくさいの止めようぜ」


「待てよ!! ずっと待ってたんだぞ! 一言謝れよ!!」


「はぁ……お前のそういう絡むとこ、ホントうざいわぁ……」


「なんだと!? 遅刻したのはお前だろ!!」


思わず友達につかみかかった。

その友達の肩越しに、もう一人の、同じ人間が立っているのが見えた。


「お前……お前、誰だ……!?」



「もうオレは、自由に生きることを決めたんだ。

 理解できないなら、お前なんか友達じゃない!!」



友達は本音を隠さずに言いのけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本音を言ったら、もう二度と戻れなくなる ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ