第5話 人には癒しは大事なんです


 目を覚ましたら、とても柔らかい感触があった。

 恐る恐る感触がある方に目を向けると、そこには大学生ぐらいと印象を持たせられる女性がいた。胸が直にあるから納得してしまう。


(……事後?)


 僕は何もしていないんだけどなぁ、とか、初めてを喪失する瞬間を味わいたかったなぁ、とか思ってしまったけど、それは寝起きだったからで次第に自分がしてしまったことを理解してきて、責任の追及とかはどうなるのかなぁとか内心ガクブルだった。

 どれだけ時間が経ったかはわからないけど、体感で言うならば5時間ぐらい経っただろうか、急に引き寄せられて唇を奪われそうになった。咄嗟に額を叩いてしまった。


「いった~い」

「あ、ごめんなさい」

「……いいよ、その代わり」


 素早い動きで僕の耳たぶにかみついた。と言っても甘噛みなのでそんなに痛くない。

 でも何でこんな事になっているのだろう? 起きたら知らない人に襲われているしで状況が呑み込めない。

 するとどこからか現れた手が相手の髪を掴む。


「何をやっておるのじゃ、お主は」

「……マリーさん?」

「起きたか、ユウヤ」

「離しなさい、マリー。今ならまだ許します」

「阿呆か。相変わらず強い者を見ると興奮しおって」

「仕方ありません。そう言う殿方をいただいて子孫を残す種族なのですから」


 なんか、とんでもない情報を知ってしまった気がする……。


「なので、私を倒したユウヤをいただくのは当然です」

「あの、さも当然のように僕の人生決めないでくださいます?」


 そう言うと驚いたような顔をする2人。どちらも顔が幼いのでそのしぐさは少し可愛いと思ったけど口に出すまい。


「大丈夫ですよ? あなたの子どもは大切に育てます。この神殿を要塞に変え、侵入してくる賊を容赦なく殺します」

「おいカミル。お主はまだ操られているのか?」

「いえ、完全に毒気は抜けましたよ?」

「説得力皆無じゃけどな」


 聞き覚えのある名前に首を傾げていると、マリーさんが紹介してくれた。


「ユウヤ、こやつがあのカミルじゃ」

「……あの神鳥さんが何故僕を性的な方で襲ってるんです?」

「神鳥は雌しかおらんからの。気に入る条件は自分よりも強い雄に限る」

「……じゃあ、この状態で魔王とかにやられたら同人誌ですね」


 そう答えるとカミルは震え始めた。どうやら魔王にされるのは嫌なようだ。

 まぁ、自分が嫌悪するような存在となんてやりたくないだろう。僕だって普通の人間とそういうことをしたい。………あ、今のカミルは普通の人間の形に近いか。


「まぁ、それはともかく……僕はどれくらい寝てたんですか?」

「1ヵ月くらいじゃな」

「あ、そんなに………」


 だとしたらピースはとっくの昔に帰ってしまっただろう。まぁ、あの夢がどうだったかは知らないけどとりあえず……今できることはしておこうか。






 自分ができることを考えて思ったのは、彼女の形を残すことだと思った。

 できるだけ綺麗にし、一目見て鳥だとわかるもの、そして彼女の綺麗さを形にしてみた。

 まるで翼を広げ今にも羽ばたきそうな姿。それを廃材(それでもカミルやマリーさんが言うには十分価値があるらしい)を使って象ってみたんだけど……。


(……冷静に考えて、これってどうなんだろうな?)


 廃材組み合わせて作ったんだけど、どうなんだろう?

 でもカミルが特に喜んでいるし良いのかな? 


「にしてもお主、よくこんな精巧なものを作れたのう。何かしておったのか?」

「昔から木彫りとか芸術関連はそれなりにできるんだ」


 ただ凝り過ぎて怒られたことある。

 中学の時、授業の一環で小さなラックを作るということになった。

 そこで早々に作業を終えた僕はすることもなかったのでそのラックに装飾をすることにした。で、結局最後までし続けたので流石に怒られたというわけだ。

 だけど意外なことにその出来が良かったのでコンクールに出すという謎行為が行われたけど、それはまぁ関係ないので置いておく。結局入賞できるほどってわけじゃなかったし。


「だから僕自身の最高の出来だと思うけど、実際は僕らが住む人間のレベルでは結構低いよ」

「こういうのはやった本人の気持ちが大事なのじゃ」


 とマリーさんが言うのでとりあえず墓地に置いておくことにした。






 それから数日後、とりあえずは身体を動かすためのリハビリをしていたところにアリスが現れた。心なしかやつれている気がする。

 「久しぶり」と声をかけようとした時に僕に気付いたらしいアリスが殺気を放つ。


「……指輪は持っていないのか?」

「うん。なんかカミルがしたいことがあるからって―――」


 咄嗟に僕は後ろに跳んだ。後ろには木があったのでそのまま背中から当たってしまう。


「ぐっ」

「……やはり、ピースとやらがいなければ大したことはないようだ―――な!」


 咄嗟に右にそして後ろに跳んで回避した。


「逃がすか!」

技能付与エンチャント! スピード、カンスト!」


 僕は後転した後、両腕を突き上げて後ろに跳ぶ。かなりのスピードで行ったつもりだったけどアリスは容易く接近した。


「何で、カンストなのに―――」

「さぁ?」


 連続で繰り出される突き。僕はそれを回避するけどフェイント引っ掛かり左腕を突かれた。


「いっ―――」


 今度は回転蹴り。僕の腹部に直撃し、吹き飛ばされた。


「もらったぞ」


 かなりの距離を飛ばされた―――なのに、アリスは僕の前に現れ、僕の頭に向かって突きを繰り出した。

 だけどそれを大きな手が現れて鈍い音がするだけで僕を守る。


「まさかとは思ったが、やはり手を出したか」

「私はダークエルフだ。今更主人殺しという汚名とも言えないものを背負ったところで大したことはない」


 マリーさんの姿は基本的に額から角が2本、反った状態で出ているという点を除けば普通の人間だ。だけど今だけは右腕を鱗が覆い、大きくなっている。


「あ、ありがとうございます」

「気にするな。後で私と寝てくれればな」

「それは全力でお断りします」


 舌打ちされたけど気にしないでおこう。

 というかカミルもマリーさんも少し必死すぎじゃないだろうか。黙っていれば見た目は美少女なんだから普通にモテると思う。年齢と種族を隠せば、だけど。


「まぁいい。お主は逃げろ」

「わかりました」

「そこは普通、「ここは僕に任せてください」とか言わぬのか!?」

「そんな主人公補正、僕にはない!」


 僕は全力で後ろに跳ぶ。マリーさんも同じく僕とは反対方向に跳んで伸びる剣戟を回避した。


「話をするとは随分と余裕ですね」

「なに、小娘1人を片手間で止められずにいたら笑われるだけぞ」


 急に言葉が頭に響く。「逃げろ」と、マリーさんの声でだ。

 僕はすぐに逃げ出した。一般人にはこの戦場は重過ぎるというのは、マリーさんが僕を守ってくれた時の衝撃波で良く理解している。


(……あれ? カミルは?)


 ふと、そんな疑問が頭によぎった。

 流石にマリーさん1人で対応はできるだろうけど、抑えるだけならばカミルが何らかの手段を講じているはずだから問題ないと思う。 

 ともかく、考えるのはもう止めて僕はただひたすら逃げた。思えば地形も把握していないからどこに行けばいいのかわからない。


「こっちです、ユウヤ」


 声がした方に向いた僕は、突然現れた馬車のような物に驚きを露わにした。

 黒い木で大きめの馬車……と思ったんだけど、どうやらキャンピングカーの部類に入るであろう車体が目の前にあった。


「これって……」

「これに乗って今すぐ逃げてください」

「……わかった」


 僕はすぐに乗り込んだ。後ろ髪をひかれるなんてことはなかった。

 マニュアルを参照している暇はない。とりあえずアクセル踏み込んだ。


「待って……!」


 後ろから声が聞こえた。慌てて振り返ると意外なことに……いや、意外でもなんでもない。考えてみれば当然だ。

 そもそもカミルは神の使い。罪もない存在を助けるのも当然と言えば当然だ。


「何? 今ここから逃げ出すのに忙しい―――」

「た、助けてくれないんですか?」

「流石に無理だよ。相手は本気だし、今の僕の力じゃどうにもならない」


 大体、装備もレベルもまともにない存在に一体何をどうしろって言うんだよ。もっと言うなら、僕のスキルや今の体調じゃどうにもならないんだ。

 まぁ、僕が覚えている限りここにいるのは全員僕らが拾った奴隷だ。エルフとドワーフで構成されているけど、そう言えばこの世界って亜人の扱いはどうなんだろう?


(まぁ、奴隷になっている時点でお察しってところだろうけどさ……)


 こうなったらどこか適当なところに放置するしかない。よし、それで行こう。

 脳内で作戦会議を終えた僕はアクセルを踏もうと足を上げる。


「待って!」


 待てないと言おうとした僕は突然きた衝撃をまともに食らう。

 文句を言おうと振り向くと、さっきまでは暗くて見えなかった顔がよく見えた。


 ―――そう、エルフの顔が。


 一般的にエルフは美形であるという知識が出回っている。まぁ、ほかには「悪魔の様相」だとか色々だけど、同人界隈では大体美形で構成されているしエルフ美女の異種姦は一定の需要がある。

 それほど人気が高いエルフ。その美少女が今、僕に抱き着いている。


「おい、何やってんだよ!」


 すると別のエルフが現れて僕から女の子を引きはがそうとしていた。


「離して! 今はこうするしかないの! あの2人を助けるためには勇者様の力を借りるしか―――」

「何言ってんだ! 大体こいつは人間だぞ?! 人間が俺たちにしたことを忘れたわけじゃないだろ!」

「でも―――」


 何か言い争っているけど、僕は途中からシャットアウトした。


 ―――僕は忘れていた


 心から異世界に行くことを望んでいたはずの僕に襲ってきた現実の重さが忘れさせていたと言うべきか。いや、これは言い訳に過ぎない。

 そう、僕は望んでいたんだ。僕が生まれた世界に留まるのは嫌だった。異世界でのびのびで過ごしたいって。

 それを馬鹿にされたこともある。敬遠されたこともある。でも、今僕は異世界にいる。何よりもそのことを祝福しようではないか!






 ■■■






 ユウヤが抱き着かれていた頃、上空で戦っているマリーとカミルはアリスとの戦いお続けていたが、劣勢だった。

 どちらも戦闘力は高い。だが奴隷魔法の束縛から解放されたアリスの本気が彼女らの想像をはるかに超えていたのだ。


「まさか……ここまでとはのう……」

「マリー、あなたはユウヤと合流しなさい。ここは私が食い止めます」

「何を言っている。そなたこそ逃げろ」


 とは言え、ここでマリーが逃げれば命の保証はない。

 それほどまでにアリスの実力は高いのだ。


「終わりだ」


 アリスが右腕を上げ、光を集中させる。負のエネルギーが彼女の手に集中していくのを動けない2人はただ見ているだけしかできない。そんな時だった。

 アリスは顔を上げてすぐにエネルギーを放つ。しかしそれは空中で霧散し、何かがアリスのいる場所に激突した。

 瞬間に回避したアリス。着地すると同時に黒い剣を構えて襲ってきた正体を確かめた。


「―――さってと」


 その姿は異常だった。

 本来ならば人間は背中から翼が生えることはない。しかし突然現れた男の背中から翼が生えていた。それもただの翼ではなく、機械の翼。


「今すぐここから去るって言うなら見逃すけど、どう?」

「馬鹿め。逃げなかったことを後悔しろ」

「後悔するのは君だよ」


 ユウヤは笑みを浮かべた後、消えた。

 アリスはすぐに反転して剣を振るう。ユウヤはあらかじめ読んでいたのか持っていた剣で流して体当たりをした。


「ぐっ」


 衝撃を利用してアリスはユウヤから距離を取る。しかしユウヤはさらにアリスに迫り、上から剣を振り下ろした。

 体を逸らして回避するアリス。魔法の玉を飛ばしてユウヤを攻撃するもそれらはすべて無効化された。


「何故だ……何故……」

「僕としたことがうっかりしていたよ。異世界に来たら絶対にしようと考えていたことを忘れていたなんてさ」

「……は?」


 ユウヤが持つ剣から白い光が漏れ出す。


「一つは強くなること。その世界のシステムをいち早く理解して最強って言われるくらいになること。そしてもう一つは―――気に入った女の子を愛でること」

「は? いや、待て。いったい何を言っているんだ!?」

「これが、僕がやりたいことなんだ。そのために―――」


 光が刃となり、上段に構えたユウヤは叫びながら振り下ろした。


「死―――」


 ギャグが含まれるカオス的な状況から一変し、ユウヤは本気で振り下ろした。しかし振り下ろされた刃はアリスに届くことはなく、空中で静止していた。


「―――悪いが、まだ妹に死んでもらうつもりはないのでな」


 突然現れた存在に、技能付与で強化されているユウヤは恐怖を感じていた。自身の手が震えていることに気付いた彼はすぐに距離を取る。


「中々の魔力よのう、勇者よ。流石は我が伴侶として選んだだけはある」

「………え?」

「待ってください、姉上!? 今のは一体どういうことですか?!」


 意外にもユウヤよりもアリスの方が驚いていた。突然現れた女性は手を上げてアリスを制す。


「我が名は魔王リアス。この世界の魔族を統治する者だ」

「……まさか、本当に魔王が女の子だったなんて」


 心から驚くユウヤ。彼の口から続いてこの場には似つかわしくない言葉が出てきた。


「………どうせなら胸なんて少し膨らんでいる程度で低身長な可愛い女の子だったら良かったのに」

「………は?」

「せっかくファンタジーな世界に来たんだから、可愛い女の子な魔王でも良いじゃない!!」


 本気で言った言葉に、その場は数秒間動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異界に降り立つ異常な男 reizen @15171

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ