第4話 敵の存在

 僕は、考えてみればずっと静流の引き立て役だった。

 僕にも静流に勝てる何かがあるんじゃないかって両親はずっと静流の後を追わせる形で色々な習い事をさせた。両親なりの気遣いだろう。小学生の時点でたった一つでも勝っている部分がなければ自信を失うかもしれない、と。

 結局、僕は何一つ勝てなかった。流石に後から入った奴には勝つのは難しいということだろう。それでもいい思い出になったし、別にそのことで自信を失うとか思っていない。そう、今だから言うけど両親の気持ちはお節介でしかなかった。


 ―――本当にそうか?


 そう聞こえた時、僕は自分が今いる空間に対して変なことを感じた。と言っても、「これがそうか」という感じなんだけど。


 ―――お前は、本当は静流に勝てなくて悔しかったんじゃないのか?


 ゲームとか、シリアスな展開になると心の中での問答はよくあることだ。だからこそ言える。僕はもう、とっくの昔にその問答を終わらせている。そう、何を今さらな会話なのだ。

 って言うか、そもそもそういう下らない問答とか僕には全く必要がないのだ。

 才能があるないで世界は決まるけど、結局のところそれで世界を楽しめるならそれで良いというのが僕の考えだ。負けて悔しいとか考えたところでキリがないし。というかむしろ、今必要なのってどう考えても新たな能力だと思う。


(………探せ)


 ステータスを起動。中身に何かよさげなものがないかを確認する。

 あるはずだ。僕も転移者だから、何らかのチートステータスがあってもおかしくはない。

 その考えは「あってほしい」という願いに変わったころ、それはあった。


 そのスキルは、使い方によってはクズスキルでしかない。

 でも僕にとっては最高のスキルであり、同時に納得もできた。


 ―――だから僕が死にかけて、ようやく出てきたのかと






 今の僕のレベルは54になっていた。

 ステータスも大幅アップ。さらに体力回復バフも付いていて攻撃、防御大幅アップバフも付いている。いわゆる強化状態なんだけど、今は目の前の敵を倒すことに集中しようか。


(と言っても、結構厄介だよね)


 幻術を使い、さらに肉弾戦も得意と来た。ならばこっちは遠慮なくチートを使わせてもらう。


「すぐに復帰したことは誉めてやろう。だが、今のお前に何ができる? その剣は選ばれし者にしか扱えんぞ?」

「……まぁ、思ったより軽いしね」

「………は?」

「うん。やっぱり軽いや。後は耐久性がどれだけあるかってことなんだけど………どうしたの?」


 信じられないものを見るような目でアリスは僕を見てくる。何か間違ったことを言っただろうか?


「……もしやお主、異世界から来たという―――」

「あれ? そんなこと言ったっけ?」

「―――」


 言葉を失ったという感じだった。

 目を白黒させたアリスはピースの方に向いた。ピースもピースで僕をおかしいものを見るような目で見てきたけど、何か選択肢を間違えたのかな?


「………ピース、あの剣は何か秘密があるのか?」

《はい。かつて大魔王を討ち滅ぼした勇者が使用した伝説の剣と聞いていますが……》

「……何? ということはまさか―――」


 その会話だけでわかった。

 僕は顔を引き攣らせ、そっと剣を鞘に納めて元にあった場所に戻そうとしたら―――魔力を感じて後ろに跳んだ。


「……まさか、こうも簡単に覚醒した勇者と相まみえると思わなんだ」


 どうしようもないくらい濃い殺意を放出させたマリーさんは目にも留まらぬ速さで僕に接近した。変則的な動きをするつもりがないのは、する必要がないと判断したからだろう。

 僕はさらにスキルを発動させて剣に風を纏わせて来るであろう攻撃を防ぐ。


「見えるのか?! さっきまでとは違いすぎるぞ!!」

「当然。強化できるなら僕は強化する主義なんだよ!」


 ゲームなら確かに低レベルクリアを目指すかもしれない。でも今のこの状況は現実だ。ならばどう罵られようがなじられようが生き残ることを優先するのが正しい。


「だが、これならばどうじゃ」


 マリーさんの姿が増え、僕の周りを囲った。


《ユウヤ様!》

「大丈夫だよ」


 僕は背中から翼を生やす。そして素早く相手の懐に入り、鋭い突きを放った。


「馬鹿が! この程度で本体を攻撃できると思うて―――」

「囲いから出ればこっちのものさ」


 指を鳴らすと、さっき僕がいた場所で爆発が起こった。とはいえ相手はドラゴン。それだけで勝てるなんて思っちゃいない。


「凍り付け」


 僕は右手を前に出す。同時に周囲が一瞬で凍てついて氷柱がマリーさんに向けて作り上げられる。


「舞え」


 その声と同時に氷柱がマリーさんに向けて飛んだ。


「温いわ!!」


 だけどマリーさんはそれを一瞬にして溶かし、僕に接近する。


「これで終わりぞ! 勇者!」


 マリーさんが接近した。そして僕はさらに加速したマリーさんの攻撃を左肩に食らうけど、剣を首に向けて止める。


「……お主、何を考えている?」

「僕のことを試しているなら、これで別に良いかなって。そもそもあなたは僕の実力を試すために喧嘩を売ったのだから」

「温いな」


 僕の左肩を握り潰そうとする。僕はその痛みに悶えながらも耐える。


「お主がこれから立ち向かおうとしている者の力は強大ぞ。そんな心構えでは勝つことなどできぬ」

「……そう」


 僕から力が消えていく感じがした。おそらくタイムリミットが来てしまったのだろう。

 意識を手放した僕は世界が暗転していくという事象をそのまま体感した。






 ■■■






 感じる。とてつもなく強大な力が。

 まるで我を拒むような力が働いているのを感じる。我に所縁がある存在が。


(……マリーか。そしてあれは……)


 まるで懐かしく。しかしそれはあり得ないこと。

 本来なら感じえないその気配と、感じたくない気配がある。


(ニンゲン……カ)


 ニンゲン、ニンゲン、ニンゲン。

 せっかく救ってやったその未来が、我が子を殺した劣等種が…よりにもよって我が神殿に入るとは。


 許さぬ。許せぬ。

 ニンゲンは殺さねばならぬ。掃除をしなくてはならぬ。我が領域を荒らすゴミはみな―――滅ぼさねばならぬ。


「滅びろ……ニンゲン!!」





 鎌鼬が神殿を襲った。

 埋もれていた神殿はその姿を現し、そこに神鳥が突撃する。


「カミル、正気か!?」

「その言葉、そっくりそのままあなたに返しましょうマリー。何故人間がそこにいるのですか?」


 カミルと呼ばれた神鳥は一見すればまだ正気を保っているように見えた。

 しかしすでに戦闘態勢は整っていて、いつでもマリーを殺そうともできたのだ。


「この者は特別だ。お主とてかつては勇者に協力したじゃろう!」

「ええ。そして今はそのことをすごく後悔しています。あの時に見捨てておけば良かったと」

「貴様、正気か!?」


 マリーには信じられなかった。

 かつてカミルは勇者に手を貸した存在。だが子供を失ったことで人間に対して憎悪を抱いた。マリーはそのことを理解していたが、


(よもやここまでその憎悪が深くなっているとは思わなんだ……)


 今にも自分たちすら殺そうとするカミルにマリーはただ慄くしかない。

 だがたった1羽――ピースだけは違った。


《やめてください、お母様!》


 ピースは懸命に叫ぶ。しかしカミルはまるで聞こえていないのか無視してマリーに対して螺旋の衝撃刃を飛ばした。

 マリーは攻撃を回避すると、破片が飛び倒れているユウヤに当たる。


「!? まずい、ピース!」

《わかりました!》


 ピースはすぐにユウヤに憑依しようとした。憑依したまでは良かったが―――


《そんな!?》

「どうしたのじゃ!?」

《すべての筋肉が損傷……これでは動かすことすらできません!》

「何じゃと?!」


 カミルは人間であるユウヤを殺そうと近づく。しかしそれを阻まんと炎の玉がカミルの前を通過した。


「ダークエルフですか。良いでしょう。まずはあなたから倒すとしましょう」


 カミルはアリスに接近して大きな爪でアリスを裂こうとした。

 しかしその瞬間、2つの存在の間に1つの影が割って入った。


「まだ動けましたか、ニンゲ―――」


 カミルの頬にユウヤの拳が当たった。

 本来ならばそれはあり得ないことだ。カミルの場所はユウヤから5mは離れており、さらに顔までのなると裕に10mはある。そしてユウヤは一切カミルとの距離を詰めたわけではない。

 ユウヤは一切の物理法則を無視させて自己の身体を改造させ、腕を伸ばしたのである。


「別にあなた個人に何か恨みがあるかって聞かれたらないんだけど」


 伸びた腕は縮み、元に戻った。その状態で近くにあった剣を拾ったユウヤはものすごく怒っていた。


「気に入らないから、とりあえず黙らせるね」


 そう言ったユウヤはピースの魂を引き寄せた。






 ―――技能付与スキルエンチャント


 それがユウヤが持つチートスキルである。

 もしこれがユウヤではなく静流や楓のように普通の人間だったならここまで十全に扱うには時間を要するだろう。しかしそれはユウヤとなれば話が変わってくる。

 

 ユウヤには、周りにはない強みがあった。

 親に期待され、そして見放された。故に、期待されることはなくなった。

 ユウヤの両親はあらゆる才能を持っていた。たまたまそれが周りに阻害されることがないものであり、今もなおそれぞれの仕事場で発揮されている。そのため金だけはあり、もう諦めているが虐待と思われたくないので小遣いは多めに渡している。それ故にユウヤはあらゆる幻想を取り込むことに成功した。


「ニンゲン……キサマ……」

「違和感ぐらい早々に感じ取りなよ、君。本当に強いの?」

「……ダマレ」


 カミルは嘴に風を集中させる。それを見てユウヤは逃げようとせず観察している。


「逃げろ! それはマズい!!」

「ピース、僕の背面に風を集中させて」

《わかりました……でも―――》

「大丈夫」


 思いっきり息を吐くユウヤ。それが極限状態にまで達した時、彼もまた息を吸い始めた。


「猿真似か。落ちたもの―――!?」


 その吸引力は、カミルを凌駕した。

 

「い、一体どうなっている?! 何故私が―――」

(凍てつけ!!)


 ユウヤが願うように思うと、吐き出された息が氷の刃となり射出される。それらがすべてカミルに直撃する。


「くっ! このっ、人間が風情が―――」

「ああ、悪いね。でも―――」


 体勢を立て直そうとしたカミルの前にユウヤは姿を現して―――カミルの顔を殴った。


「話を聞かない親を見ると、ぶっ殺したくなるんだ!!」


 かなりのエンチャントを施しているのだろう。全長50mはあるカミルが大きく飛び、山にぶつかる。

 すると、カミルから黒い球が出てきてコロコロと転がっていく。近くに降り立ったユウヤはピースと分離した。


《え? ユウヤ様?!》

「……そこで待ってて」


 ただならぬ雰囲気を感じたユウヤ。彼はそのまま中に入っていくと、先ほどカミルから出てきた黒い水晶のような悍ましくも美しい輝きを放ったユウヤの元に球体が転がった。


「………あ、なるほど」


 黒い球を掴んだユウヤはすべてを察したようで壊そうとしたが、寸前で目が現れた。


「キモっ」

『ふむ。私が君と対峙しているということは、どうやら神鳥は敗れたようだな。人を殺す姿は一興ではあったが、流石は勇者。見事、人を救った』

「………いや、僕は勇者じゃないよ?」


 そう、冷静に突っ込んだ僕に対して相手は「はぇ?」とおかしな反応をした。


『何を言う。貴様は勇者じゃ。なにせこの私が―――』

「もう、冗談が多いなぁ」


 だって勇者だったら―――神鳥ぐらいサクッと倒せるだろう。ノーダメージで。






 ああ、死んだんだなってのが最初の感想だった。

 死ぬこと自体は初めてだけど、まぁ死んだらそれで終わりだから今いる世界みたいに辺り一面真っ暗でも問題ない気がしてきた。


(………ま、そんなことを平然と受け入れられるほど僕の精神は異常じゃない、か)


 加減を間違えたと言うべきか、それともああでもしないと倒すことができないと思ったとでも考えるべきか。

 今も後悔していると、何かが上からこっちに向かってきた。


「よ、ようやく見つけました!!」


 すごく聞き覚えがある声だな……。

 降りてきたそれは鳥だと思ったんだけど、どういうことか姿を人へと変えた。


「……えっと、君は……?」

「ピースです」

「……ふぇ?」


 ピースが人間になった。

 いや、そもそもどうして人間に? しかも今の彼女の格好は黒髪のロングに幼い……それこそ中学生くらいの感じだ。身長は大体150㎝前後とみた。


「いや、あの、何で?」

「この姿はあなたの理想な女性の姿です」

「あ、そうなんだ……」


 考えてみれば、僕がこれまで好きになったキャラは大体ロリ系ばっかりな気がする……あ、ちゃんと合法ですよ。


「そうだ。君はあの後、どうなったのか知ってる?」

「少しだけですよ。あなたが倒れてすぐ、私はあなたの中に入りましたから」

「……え?」


 ど、どういうこと?

 ピースから説明を受けた内容は、割とシャレになっていなかった。

 僕と離れた後、すぐにピースをシャットアウトした特殊な膜は壊れたようでピースはもちろん、アリスとマリーさんも中に入り僕らが倒れているのを発見した。

 幸い、神鳥は僕に八つ当たりに近い状態で殴られただけなので大した問題はなかったようだけど、僕の場合は反動による傷がすごかったようだ。


「あと少しで死ぬところだったんですよ!!」


 僕は思わず苦笑いしてしまった。頬を膨らませて僕を見るピース。素直に可愛いと思った。


「……死なんて、今のあなたが体験するべきじゃないんです。ちゃんと寿命を全うするか、良い歳になったら体験してください!」

「……え? そっち?」

「ええ。人間は我々に比べれば短命ですから」


 そこらへんはしっかりしているなぁ。


「でも、良かったです。母も結局元に戻ったようですから」

「そうなんだ」


 あの時壊した球体が原因だろうなと考えていると、ピースは僕に抱き着いてきた。ここで興奮せずに理性も崩壊しないのはもう慣れているからだろう。昔からそんなもんだったし。


「ありがとうございました、ユウヤ様。おかげで母は正気を取り戻せました……」

「いや、それは………」


 正直、引け目を感じていた。

 俺がしたことはただチート能力を駆使してイラつくがままに八つ当たりをしただけだ。あの時の神鳥をただエリート思考で静流に勝てなかった僕に対して興味を無くした後に、とある話が浮上した。幸那が誑かしたからなのではないだろうか、と。

 もしあの時、いつも通り姉がいなくて寂しがっているであろう幸那と遊びに行かなければ、僕は両親がとった奇行を知らなかったかもしれない。


 動機としては不純な、完全な八つ当たり。


「気にしないでください」


 そんな考えを持っていたからか、ピースは安心させるように声をかけた。


「神の一柱でありながら魔に落ちた母の落ち度ですから」


 実はピースってかなり毒舌なのではないかなって思った。


「では、私はもう行きます」

「……ああ、時間か」

「はい。お別れするのは寂しいですが、こればかりはなんとも……」


 ま、仕方ないか。ピースは所詮死人(死鳥?)。元々そんな存在なんだから……。






 とか思っていた自分は、目が覚めたら違うことをしていたが、あの時思ったことは考えないことにした。

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