迷惑千万怪盗小説

ぐ印製作所

迷惑千万怪盗小説

 ○月×日深夜十二時に、グリーン市立美術館に展示してある宝石「女神の涙」……と同じフロアの女子トイレの便座をいただきにうかがいます。怪盗ミスティ・フローラ


「怪盗ミスティ・フローラめ。今日こそ逮捕してやる」

 予告上を握りしめてジョーイ警部が叫んだ。

「警部、その予告状は一応証拠なんだから、粗末に扱わないでください」

 僕は警部をたしなめた。

 僕の名前はジャック。少年ながらも、ジョーイ警部の助手を務めている。

 この平和なグリーンシティを近頃騒がせている泥棒、それが怪盗ミスティ・フローラだった。この怪盗は警察に予告状を送った上で、狙った獲物を盗んでいくという犯行を繰り返していた。

 しかしミスティ・フローラの狙う獲物は、どれもこれもしょうもないものだった。掃除機のさきっちょに付けるノズルだとか、一客がどっかに行ったティーセットだとか、縁が欠けた花瓶だとか、はっきり言ってがらくただ。今日も便座なんて盗むつもりらしいし。こんなものを盗んで、一体どうするつもりなんだろう……

 しかし盗んだ品がいくらがらくたとはいえ、泥棒は泥棒。グリーンシティ警察の威信にかけて、何としても逮捕しなくてはいけない。

 そんなわけで、警察と僕たちはこうしてグリーン市立美術館の中庭で、張り込んでいるのだが……

 突然、辺りにサイレンが響き渡り、サーチライトが照らす中、美術館の屋根に人影が浮かび上がった。

「警察の皆さーん。こんばんはー」

 一昔前のアイドルのような衣装に、申し訳程度に目をマスクで覆っている。怪盗ミスティ・フローラだ。怪盗は大きな袋を手にしていた。

 ジョーイ警部が怒鳴った。

「ミスティ・フローラ! お前を逮捕する! 神妙にお縄をちょうだいしろ!」

 怪盗は、謎のポーズをとって言った。

「ごめんなさーい。わたしもまだ捕まりたくないしー。それでは約束の品はいただいていきまーす」

 怪盗が言うが早いか、辺りにぱっと大量の花びらが舞った。一瞬怪盗の姿が完全に隠れる。そしてその花が落ちきった後には、もう誰もいなかった。

 ミスティ・フローラの必殺技、通称フラワー・タイフーン。なんだけど……

「くそっ、逃げ足の速いヤツめ! まったく何者なんだ」

 僕は冷静な声で、興奮している警部に言った。

「警部……まだ気づかないんですか? 前から言おうと思ってたんですけど、あれ、ペギーですよね」

「はっはっは。いや、ジャックくん、面白い冗談だね。ペギーがミスティ・フローラのわけないだろう」

 朗らかに笑うジョーイ警部に、僕はくってかかった。

「いや、どう見たってお花屋さんのペギーでしょ! 警察署の斜め向かいの」

 グリーンシティ警察のすぐそばに、「ミスト&フラワー」という花屋がある。そこで働いている店員のペギーが、怪盗の正体なのだ。

 しかし警部はあくまで僕の発言を一笑に付す気らしかった。

「ジャックくん、あの可愛くて癒し系のペギーが、泥棒なわけないだろう。――あ、わたしがこんなことを言っていたなんて、ペギーには秘密だぞ」

 警部は照れたようなそぶりで、人差指を立てた。が、すぐに真顔に戻って腕を組む。

「それにしてもミスティ・フローラの変装は完璧だ……その正体は誰にも分からない……」

「目元をマスクで隠したくらいで、どうやったら正体が分からなくなるんですか! 声もそのまんまだし。体格もどう見たってペギーと同じでしょ。やたらと花を使っているってのも花屋だからでしょうし」

 僕の言葉に、顎に手を当てるジョーイ警部。

「む、むう。確かにこれだけの花を用意するには、犯人は花屋に入り浸っている可能性もあるな。是非ペギーにも聞き込みをしてみよう」

「もう、いいです……」

 ジョーイ警部はまったく頼りにならない。

 僕は警部を放っておくことにして、建物の裏へと向かって走った。

「あっ、ちょっと待て、ジャックくん!」

 花をばらまいたくらいで一瞬で消え去ることなんて出来るわけない。ミスティ・フローラも人間なんだから。っていうか、ただの花屋の店員なんだから。きっと花でこちらをひきつけて、他の方向から逃げ出したのだろう。

 案の定、建物の裏に回ると、不格好な動きで屋根から降りようとしているところだった。

 僕は前に進み出ると、ポケットか手早くパチンコを取り出して、怪盗に狙いをつけた。

 パチンコのゴム思い切り引き延ばして放つと、パチンコ玉は見事怪盗に命中した。

「きゃーっ!」

 怪盗ミスティ・フローラは派手な悲鳴をあげて地面へと落下した。

 僕は振り返って、後を追いかけてきた警部に向かって叫んだ。

「ほら、警部! ミスティ・フローラを捕まえますよ!」

 怪盗の落下した辺りに近寄ると、辺りには便座が散乱している。本当に盗んだのか……

 そしてその向こうでは、ミスティ・フローラが目を回していた。

 僕は倒れているミスティ・フローラに近寄って、マスクに手をかけた。

「警部、よく見てください」

 マスクをとったその正体は、やっぱりというか、なんというか、花屋のペギーだった。

「う、うーん?」

 彼女はようやく目を覚ました。

 僕の顔と頸部の顔をきょときょとと交互に見回す。そしてようやく自分のおかれた状況がわかったらしい。

「はっ、やだ、わたし……」

 慌てて顔を覆うが、もう遅い。

 そんなペギーを見て、警部は呆然とつぶやいた。

「怪盗ミスティ・フローラは……ペギー、君だったのか……」

 ジョーイ警部は本気で言っていたのか。僕は頭が痛くなってきた。

「馬鹿もいい加減にしてください警部」

 もう、これ以上ジョーイ警部なんかを相手にしていても、話にならない。僕は警部を無視して、ペギーに向き直った。

「そもそも、なんであなたも怪盗なんて真似事をしたんです」

 怪盗ミスティ・フローラことペギーがぽっと頬を染めた。

「え? だって……」

 ジョーイ警部をちらりと見てから、もじもじと身体をくねらせる。

「わたし……ジョーイ警部に恋しちゃったんですけど、どうやって声をかけていいのかわからなくて……でも怪盗になれば、わたしのことを追いかけてもらえるかなー、なんて……」

 のの字を書きながら、ペギー。

 しょうもないものばっかり盗んでいたのはそんな理由があったからか。僕は心の底から脱力した。

 ジョーイ警部もジョーイ警部なら、ペギーもペギーだ。

「怪盗ミスティ・フローラ、いや、ペギー……」

「ジョーイ警部……」

 はた迷惑な二人はお互いを熱く見つめ合っていた。僕の存在なんて完全に目に入っていないようだ。

 僕はいらいらして警部に言った。

「早くペギーを逮捕してくださいよ、警部」

「いや、それは出来ない!」

「なんでですか!? ペギーは盗みを働いたんですよ!」

「確かに彼女は盗んだ! だがわたしの心を盗んだのは、決して罪ではない!」

 力強く言い切る警部の後頭部を、

「そんなわけあるか!」

 僕は思い切り蹴り飛ばした。

 

 町を茜色に染め上げる夕日がよく見える丘の上で、僕はグリーンシティを見下ろしていた。

 当然ながら、ペギーは窃盗罪で(他の警官に)逮捕されたが、刑務所から文通を通して、ジョーイ警部とよろしくやっているらしい。

 グリーンシティには再び平和が訪れたわけだけど。

「っていうか警部……ちゃんと仕事しろや……」

 あんなのが警部をやっていて、この町は大丈夫なのかな……

 町を見下ろして、僕はつぶやいた。

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