2.2

 ドクン!!!


 二回目の振動!


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ぶあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 会場の各地から悲鳴が上がる。

 ユキコ(サコ)は事態を把握しようと動き出そうとした時。

 すぐ隣で叫び声が上がる。


「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 リサコが体をひねりにひねっていた。

 骨がなくなってしまったかのように関節は自由自在に曲がっていた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、あはははははははぁぁぁぁ! いいぞぉぉぉ!」


「逃げましょう!」


 ミギトがユキコ(サコ)に声をかける。

 だが、サコは決めきれなかった。

 逃げましょうと言っているミギトは味方なのか?


 宮殿の劇場は血で血を洗う凄惨な戦いが始まっていた。

 獣になり人を襲う人間。

 獣と果敢に戦う人間。

 泣きながら人を襲っている半獣。


 突如、宮殿の外で大爆発が発生した音が聞こえる。


「ユキコ様!逃げましょう!!」


 ミギトが大声で主張するがユキコ(サコ)は行動を決めかねていた。


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 国中が揺れたような感覚を得た時、ユキコたちは崖の上に登っていた。


「なんか、揺れたな」


 カントがそう言って都市の方を見ると、突如、火の手が上がる。


「おお、爆発した」


「一体何が起きているの!?敵が動き出したんでしょうけど……! 

 急いで都市の中に戻りましょう!

 ミヤコ、あなたも来て欲しい。人の瀬戸際、あなたもみたいでしょ!?」


「良いわよ。見てあげる。人が滅びる様をね」


 四人はエルザに乗せてもらい一直線に都市を目指す。


 出発した直後に崖は崩れてしまった。

 語り部がその役割を終えたと言わんばかりだった。

 ユキコは心の中で感謝を述べる。

 ヒントをくれてありがとうと。

 すでに事は始まってしまったが、おかげで、相手の行動がある程度読めるはず。


 ユキコは期待を込めて考え込むユウトを見ていた。


 彼らが都市の中に入った時、街はすでに半壊状態だった。

 帝国風紀省のおかげで完璧に近いほど整えられた町並みは、すでになく、火が上がり、EE鉱石が爆発し、煙が上がっていた、道には割れた窓ガラスや石の破片が散らばっている。


 街中にはそこかしこに獣が溢れ、獣同士で殺し合い、獣にならなかった人間は逃げ惑い、獣に喰われていた。


「ひどい……………………!!」


 ユキコがそう呟いた時、すぐ近くにおばあさんが落ちて来たかと思うと、その上に獣がのしかかり、ガブリと一口で平らげてしまう。

 カントが言う。


「俺と同じだ。狩りたくないのに、狩りたくてしょうがないんだ………」


 カントの証言を裏付けるかのように、獣は涙を流しながらおばあさんを食らっている。

 あっと言うまに平らげカントたちの方を見ると、一気に襲いかかってくる。


「シッ!」


 カントが滑るように駆け出し低い位置からドンと獣の心臓の部分を殴りつける。

 衝撃で獣の心臓は止まったらしかった。

 痛みに耐えながら獣は一言言った。


「ありがとう」


 ユキコは口元を抑える。涙が出て来そうだった。

 まだ、人の心を残しながら自分の手で人に手をかけてしまっていたのだ。

 ユキコは唇を血が滲むほど噛むと我先にと宮殿への道を走り始めた。

 とにかく、事情を聞かなければならなかった。



 劇場にいたユキコ(サコ)はミギトとチコの協力でなんとか外に出ていた。

 劇場の中はもう、見るに耐えなかった。

 養豚場だったら、もっと綺麗だろう。

 質の悪い原始的な肉屋のような様相だった。

 外は降りしきる雨のおかげでまだましだった。

 血は流れど、すぐに雨によって流されていた。


 ユキコ(サコ)は雨に濡れて顔にへばりつく髪の毛を後ろに投げて考える。


 なんとか吐き気を我慢したユキコ(サコ)はこれからの行動を決めかねていた。

 いずれ現れるであろうユキコ(本物)のために情報収集をしておきたかったが、何からやれば良いのかわからなかったのだ。


 すると、すぐ横にリュッコに引きずられたアルストが現れる。


「なぁ、なんだよこの状況!

 俺の指示した状況と全く違うよな!

 俺はEEさえ元に戻ればよかったんだよ!

 そしたら趣味を続けられた!」


「あなた様の趣味のせいで一体何人が死んでると思ってんの。

 できなくなって当然よ、そんな趣味。

 それより、私はむしろあなたに不満を抱いているんだけど」


 発表の時のような軽い口調は全くなくなり、淡々とアルストに言う。


「私は指示通りやっただけよ。

 私もEEを得られると思っていたの。

 あのEE鉱石、私が差し替えたって言うけど、私はあなたが渡してくれた鉱石をそのまま使っただけよ。

 人のせいにしないでもらえるかしら」


「いや、そんな事ない!

 俺はちゃんとお前に、人のEEが戻る鉱石を確実に渡した!

 この状況はお前のせいだ!」


 ユキコ(サコ)は呆れてしまった。

 この後に及んでそんなくだらない事で口論しているなんて。

 だが、アルストはさらに続ける。


「こうなった責任の一端はユキコにもあるな。

 あいつが欠席なんてしないでちゃんと発表さえしていればこんなことにはならなかった」


 サコはブチィと自分の中で何かがちぎれる音が聞こえた。


——テメェが持ち込んだ事案で事故を起こしておいて人が発表してくれれば未然に防げたって!?

——どこまで自分本位になったら気がすむんだ!


 ユキコ(サコ)はアルストの胸ぐらを掴むと思い切り殴り飛ばした。


「あんたのせいよ!

 この事態になっているのは!

 怪しい薬で人々にかりそめの夢を見させて、殺し合いさせるなんて!」


 バキッと音がする。ユキコ(サコ)の拳でアルストの鼻が折れたようだった。

 顔中を血だらけにしている。


「さぞ、今、楽しいことでしょう!

 どうです?殺し合いの雰囲気は!?

 楽しいでしょ!?」


「おれ、じゃないん……。

 俺は……渡されたものをそのまま使ったんだ……それを使えばもっと楽しく遊べるぞ……って」


 ユキコ(サコ)アルストの胸ぐらを掴んで持ち上げると一撃殴る。


「誰だ!それを持ちかけて来たのは!」


「それはっ……」


 アルストは言おうとしたが、次の瞬間、アルストの首は吹っ飛んでいた。

 ユキコ(サコ)が握りしめていたのはただ血を吹き出す肉塊だった。


 横に立っているリュッコはニンマリと笑うと言う。


「まだ、ダメよぉ。黒幕を晒すのはねぇ。

 って言うか、黒幕さんもあんたなんかに期待してなかったわ。

 で、そこのお嬢さんはなんとなく見当つけてんでしょぉ?」


 ユキコ(サコ)は若干身を固くする。

 ユキコ本人だったら完全に騙せただろう。

 だが、サコはまだまだだった。リュッコはそれを見て笑う。


「じゃ、殺すしかないねぇ」


 ユキコ(サコ)とリュッコの間にはミギトが立つ。


「ユキコ様には指一本触れさせませんぞ」


「ミギト……!」


 ミギトはサコに背中越しで語りかける。


「ユキコ様。早く言って仲間に、気づいたことを知らせてあげてください。

 ここは私たちにお任せを」


 ミギトはそう言うと腰のポーチから小さい小瓶に入った紅茶を飲む。

 ミギトの“ギフト”は紅茶に様々な効果を付帯させること。

 その効果は筋力アップから増毛まで様々であるが、いまは体力と対“ギフト”の効果のある紅茶を飲んだ。


 リュッコの“ギフト”は浮遊。

 つまり相手をEEの力で持ち上げてしまうことができる。

 ミギトは紅茶の効果でそれを打ち消す。

 自分の体の主導権だけは敵に与えてはならなかった。


 ユキコ(サコ)は走り出す。とにかく、この場を脱出しな得れば落ち着いて考えることもできない。

 この広い帝国、適当に歩いていてはユキコと合流することなど望めない。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ぐるるるるるるるるるるるるるるる!」


「がるるるるるる!」


 そんなユキコのまえに獣たちが現れ、道を塞ぐ。


「サ…っ、ユキコ!どいて!『流星雨』」


 チコの“ギフト”『流星雨』。

 EEの塊を雨に乗せて攻撃する。

 “ギフト”の難点は雨の日しか使えないこと。

 しかし、雨季であれば雨が降る確率は高い。

 そして、雨が降っているなら、対多人数の戦闘でチコほど強い存在はいない。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 EEによって加速した雨粒が獣たちの皮膚を打つ。

 一発では大したことない威力でもそれが百発二百発となると話は別である。


「細かいのは私が! サっ、ユキコは早く、これを知らせて!」


「了解!」


 ちょいちょいサコと言いそうになってしまっていることはこれが終わった時に説教しなければならないなとサコは思う。

 そして、疑いながらも結局二人のことを信じてしまっている自分がいる。

 二人の行動に不自然なところが見出せないと言うことだった。

 二人ともアルストの部下と対峙している。

 それはそう言う意味と捉えていいのだろう。


 サコはとにかく走り出した。

 彼女はユキコに伝えなければならなかった。

 アルストが首謀者ではないこと。

 緑色の液体について。

 サコはもう必要なくなった変身を解こうとして焦る。


——あれ?元に戻れない……!?



 サコを見送ったチコはその辺にいた木っ端たちをまとめて潰したあとだった。

 チコの“ギフト”で敵を倒すと無数の穴が空いた死体になってしまう。

 周囲を血だまりにして。チコは一言謝る。


「ごめんね。でも、私も必死だから」


「お嬢ちゃん、殺しすぎ。

 でも、それとてもいい。

 人らしい。俺も、君のこと、ころすね」


「デクトっ!」


 アルストの部下だった超巨大な男がチコの前に立ちはだかっていた。

 手には金棒が握られていて、すでに血まみれになっていた。


「殺すこと。人の本質。殺して食う。

 これも人の本質。俺、君殺して食う。

 君の“ギフト”俺のもの」


「あんたになんか負けないわよ。私はチコ・ムスエラ!ユキコの一番弟子!」


 チコは自分の周囲にストックした雨を浮かべてデクトと対峙する。



 ユウトたちは全力で走っていた。

 宮殿まで続く大通りに向かっていた。

 そこに行けばユキコがなんとかすると言っていたのだ。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!」


 急に人間が襲いかかってくる。

 ユウトはひらりと身を躱すと、男の頭を掴んでドンっと地面に押し付けた。

 頭の潰れてしまった男はピクピクとしばらく動いていたが、すぐに停止する。


 ユウトは何気なくひっくり返して服を見た。そこには


『Wild Regression Movement(野生回帰運動)』


 と書かれ、裸の人間が木の棒を交えている絵が描かれたワッペンをつけていた。

 カントはそれを見て言う。


「そんな活動してるやついるのか」


「ん?これどこかで……」


 ユウトは思い出した。

 以前読んだ新聞にこれと全く同じ文字が書かれていた。

 人の生活はもっと原始的になるべきであると主張している団体がいた。


 ユウトは周囲を見渡す。この状況。

 人々は人間性を失い獣となり、建物を壊し同族を殺し欲望に身を任せている。

 原始的な行動と言えるだろう。


「つまり、敵の目的は人の生活を原始的なレベルまで戻すことか!」


 ユウトは突然叫んだ。走りながらユキコは聞き返す。


「そうするにはどうするのが一番手っ取り早いの!?」


「簡単だ! ウルトの言っていた人間原器を破壊すればいいんだ。

 原器と言う言葉の意味が正しいのであれば壊すだけで人は形を失う。」


「どこにあんのよ!」


「それは……」


 ユウトは考える。だが、ヒントは常に問題のそばにある。

 人間原器は『ヒューマニウム・ラーティン』。

 ラーティンと言う王家の名称、それは最初から『原器』を表していた。

 つまり、宮殿は原器がある場所に建てられたと言うこと。

 最初から人間原器の存在を認知していたと言うこと。

 そして、王家のもう一つ不自然なこと。


「なぁ、ユキコ! 宮殿はなぜ、地面ごと空中へ浮いたんだ!?」


「決まってるじゃない、権力の象徴でしょ!?」


「それは誰かから聞いたのか?」


「違うわ!私の考え!」


「なら、話は簡単だ。

 宮殿は過去に権力誇示のために空中へ浮かぶ時、地面を切り離せなかったんだ!

 それはなぜか。宮殿の地下に人間原器あるからだ!

 それを地面に残したまま飛ぶわけには行かなかったんだ!」


「なるほど!敵はそれを破壊しようとしてるのね?」


「野生に戻したいなら原器を破壊するのが早そうだもんな! なら、どうする!?」

 

 ユウトはユキコにここからの行動の方針を聞いた。


「なら、いますぐ行きましょう!

 全部ゴテゴテだけど、もうしょうがないわ!

 そして野生回帰運動なんて阻止しちゃいましょう!」


「おお! そいつらが俺を獣にしたかもしれないんだな?

 敵が明らかになったか!

 いよいよだな!」


 カントは復讐ができるとワクワクした表情で走っている。


「これがいいわ!」


 ユキコは急に立ち止まると、横にあった車の窓を叩き割る。

 中に飛び込むと運転席の下を殴って開く。

 そこにはEE鉱石の石版が閉じ込めてあり、車輪や空中へ浮かぶための“ギフト”が封じ込まれている。

 この石板は交換制なのでずいぶん古くから使われたものだが、おかげでユキコはこの石板を簡単にいじくれるようになっていた。


 ユキコの趣味は機械いじり。

 幼少期からずっと行ってきたこの行為によって車程度の石板であれば十秒もあれば書き換えることができた。

 ポイントを押さえ、石板の配置、接続位置、をこちょこちょと変えて車をオート運転から手動運転に切り替え、好きなタイミングで空を飛べるようにする。


「さて、乗って!」


 ユウトとカントは迷わず後部座席に乗り込んでシートベルトをつける。


「ミヤコ!エルザ!どうする?」


 ミヤコは人間原器があると聞いてからやって見たいことがあった。

 だから、即答した。


「当然よ!」


「ミヤコが行くなら私も」


 ミヤコは助手席に乗り込んだ。

 その膝の上にエルザが座ったその瞬間、ユキコはアクセルを思い切り踏み込み、上昇下降を司るレバーを引いて車を宙に浮かべる。

 そして、宮殿に向かってまっすぐ飛び始めた。



 雨の降りしきる宮殿劇場前の中庭でチコはデクトとの戦闘、苦戦していた。

 周囲の芝には赤い色がつき、血の匂いが充満していた。

 劇場前はまさにレッドカーペットと化していた。


「くっそぉ……。私の流星が芯まで届かない!」


「いてぇけど、お前の攻撃、俺に、効かないな」


 デクトの体表面には大量の穴が空いている。

 チコの攻撃の成果だが、そこから少しだけ血が流れている程度だった。


——イマイチ有効な攻撃手段がわからない……。弱点はどこ!?


「死ね」


 デクトは金棒を大きく振りかぶると横薙ぎに振り抜く。

 チコは飛び上がって避けると流星雨を一点集中で差し向けることにする。


「まずは頭!」


「うああ」


 デクトは顔を金棒を持っていない方の腕で守る。

 しかし、間に合っていない。

 流星雨はデクトの頭にクリーンヒットする。


 だめだとチコは舌打ちをする。

 デクトは平気そうな表情でチコを見つめる。

 それだけ? と言わんばかりだった。


 金棒に着地すると、デクトが金棒を持ち上げるのに合わせて飛び上がる。


「うああ。どこに行く?」


「次は、腰!」


 チコは高く飛び上がり、デクトを飛び越えると、背後に立つ。

 流星雨はデクトの腰に穴を開けるべく、迫る。

 しかし、デクトはその大きな体に似合わず、素早く前に回転するとその反動で金棒を高く持ち上げ、チコを潰そうとする。


「あぶない!」


 チコは横に飛びのいて金棒を躱す。

 しかし、デクトの攻撃はこれで終わらない。


「おら!」


 金棒は地面についたまま横に回る。

 チコは金棒が急に迫ってくるのを感じる。


「クソっ!」


——どうする!?上!?前に進む?下がる!?


 チコは避けきれないと判断した。

 金棒によるダメージを軽減する方を選択する。


「流星雨!」


 金棒に向けた流星雨。

 EEによって加速強化された雨粒は金棒の棘を取っ払い、刺されると言うダメージを軽減することに成功する。

 しかし、金棒自体の打撃は止められない。

 チコは金棒の進む方向に合わせて飛び、衝撃を軽減しようとする。


「くっ!」


 両腕を顔の前にクロスし致命傷を避ける!


「きゃぁああああああああ!」


 とてつもない衝撃が走った。

 両腕は間違いなく折れてしまった。

 全身に走るいたみを必死で押さえ、チコは空中で体をひねり着地する。

 しかし、それでは吹き飛んだ時の勢いを抑えきれなかった。


 数十メートルは滑ってしまい、ようやく止まる。


「がはっ!!!」


 内臓までダメージが届いてしまったらしい。

 チコは血を吐いて敵を見つめる。

 両腕も使えなくなってしまったが、まだ“ギフト”は健在だった。

 そして、今の反応でわかった。

 デクトはその巨大な体躯を支えるために腰が相当の負荷を受けている。


——そこを潰せば動きを止められる。


 チコは走り出す。

 デクトは全身の動きが遅い。

 急な状況変化に対してはとても弱いはずだ。


「うわ、こっち、くるな」


 デクトは金棒を持っていない方の手でチコを捕まえようとする。


「させない!」


 チコはスライディングしてデクトの手をかわし、そのまま、股の間を通り抜け、反対側へと出る。


「流星雨!」


 渾身の力を込めて“ギフト”を発動させるチコ。

 周囲の雨水を全てかき集め、デクトの腰、一点に注ぎ込んだ。


「ぐぐぐ、うああああああ!」


 デクトの腰には大きな穴が空いた。

 デクトの大きな体が前のめりになったかと思うと、バタンと倒れてしまった。

 デクトの下半身は全く動かなくなり、デクトはボソッと言う。


「ぐうう、くそ、やられた」


 チコは大きく息を吸って、吐き出す。


「ふう、危なかった………。腕、直してもらわなきゃ……」


 チコはそう言いながらデクトにとどめを刺すため頭の方へ歩く。


——そういえば、さっきユキコ状態のサコにサコって言いかけてしまった。

——これはあとで怒られちゃうな……。


「いまだ」


「えっ?」


 デクトはまだ諦めていなかった。

 チコがデクトの腕だけで体を動かせる間合いに入った途端。

 デクトは腕を中心に、動かない下半身をそのままに、ブレイクダンスをするかのように一回転させた。


「ぐふっ!!」


 チコはこの攻撃に全く対処できなかった。

 デクトの足はチコの体を芯から捉えていた。

 デクトは相手の全身の骨が砕かれる感覚を得ていた。


「がはぁ!!」


 血を吐きながら派手に飛ばされるチコ。

 間違いなく致命傷だった。

 骨は砕かれ内臓は潰され、息も絶え絶えだった。

 だが、そんなことをしたデクトも下半身がちぎれ飛んでしまっていた。

 彼も致命傷だった。


 飛んだ先には瓦礫があった。

 チコはそれが近づいてくるのを見ながら、思い出していた。


 孤児院でサコと遊んでいた時。

 まだ幼いユキコがやってきてサコをスカウトしていった。

 チコは悔しくて悔しくて、自分の“ギフト”を磨き、戦闘訓練を積んでサコに紹介してもらった。

 ユキコには結局一度も勝てなかったが、そばにおいてくれることになった。

 それからは毎日楽しかった。

 いたずら好きのユキコはメイドにも容赦なかった。

 花瓶の底を抜いておいて、持ち上げると水が溢れるいたずらには本当に参った。


「たのしかったなぁ」


 チコはそう言って目を閉じると瓦礫に自分がぶつかるのを待った。

 しかしぶつかったのは柔らかく暖かいものだった。


「ユキコ様?」


「残念ながら、違います。ユキコ様でなくて申し訳ありません」


「ミギト殿か………。勝負に勝たれたのですね……? 

 さすがです、私はあと一歩のところだったのです。

 あとはミギト殿に任せてもよろしいですか……?」


「ええ、お任せくだされ」


 そして、ドスっと言う音がなった。


「へっ………?」

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