エピローグ

エピローグ

 1087年10月。雨季が明け、乾季がやってきた。

 新ラーティン王国はうさ耳の指導者の元、着々と復興が進んでいた。


 彼女の仲間であったリサコとレイトは宮殿のから地面まで落下して死んでしまっていた。

 ユキコはチコ、ミギト、リサコ、レイトと仲間を失ってしまった。

 小さく葬式を上げた時、ユキコは一言も言わなかった。


 ユウトの家族はほとんど獣から作られた人間だったらしく、屋敷にはほとんど人が残っていなかった。

 話に聞いたところによると人口の四分の一が死亡し、四分の一が行方不明だった。


 300年越しの策謀、どれほどの人が獣と交代させられていたのかわかったものではない。


 人間原器の解析も進んでいる。

 獣化した人間が特定の種にならずよくわからない獣になってしまうのはミズコが長年入れてきた獣エキスのせいだったようである。

 世界中にいる生き物を少しずつ沼に溶かし込んでいいたのだ。

 うさぎになったユキコは相当珍しい部類だった。

 解析作業はユウトの仕事の範疇であるため大忙しだった。


 今では、街のあちこちから水蒸気機関のがちゃんがちゃんと言う音が聞こえる。

 一つ幸運だったのは、EE鉱石の掘削の時、廃石として出されていたクズ石の中に火がつく石があったこと。

 人間にとっての新たなEnergy Elementはこの火のつく石になりそうだった。


 街中を歩く人間たちはもう、人と呼ばれる定義がよくわからなくなってしまった。

 人間原基は液体であり、その実は多様性を確保した原基だった。

 結局、人間原基を綺麗にしただけでは、元の人型に戻るわけではなかったのだ。


 毛むくじゃらの人間から、長い耳の人間。

 ちっさい緑色の人間。

 もはや四足歩行の人間。

 なんでもありだった。

 ラーティン帝国はこれから“人間”が何なのか考え続けなければならないだろう。


 ユキコはその様子を視察しながら満足げに頷く。


——結局、人間はEEを失ってしまったわね。


人間原基はミヤコのおかげで透明な湖へと戻った。

 すると、不思議なことに人間は“ギフト”どころかEE鉱石の使われた製品すら使えなくなってしまったのだ。


 ユキコはすぐさま新政府の発足を宣言し、国庫の半分以上を使って大復興プロジェクトを敢行した。

 ユキコは慈悲の女王としての地位を確立しつつあった。


 ユキコは宮殿に戻ると改めて相談に入る。

 宮殿が浮いていられるのは後三日らしかった。

 三日以内に、宮殿を安全に地面へ下ろす方法を相談しなければならなかった。


「だからぁ!何もしなくていいんだよ!落ちるに任せて落ちればいいんだよ!」


「何言ってるんですか、カント様!

 そんなことしてしまったら、宮殿のシステムや、底にある人間原基はどうするのですか!」


「まぁ、二人とも落ち着けよ。こうなったら、宮殿の下に蒸気機関たくさん取り付けて、ゆっくり降りればいいだろ」


「ユウト様ももう少しましな案出しをお願いします。

 一体いくつ蒸気機関が必要だと思ってるのですか!?」


ユキコはぎゃーぎゃー騒ぎながら話し合っているテーブルに割り込む。


「何か案は出た!?」


「ユキコ様からも何かいってください!この二人、ろくな案を持ってません!」


「まぁ、後三日あるから!がんばろーう!」


「ああ、ユキコ様もダメですか……」


 サコは頭を抱えている。そこへミヤコがくる。


「ミヤコ、エルザいた?」


 ミヤコはあの日からずっと、エルザを探しているらしい。

 森の家にも帰っていないようだった。あのどさくさでもしや……。


「まあ、そのうち出てくるわよ。殺しても死ななそうな猫だったし」


「ひどいなお前」


 ユウトは眉をしかめて都を見る。


「それもそうね」


「それでいいの?」


 ユウトのツッコミは空に飛んで言ってしまった。


「ねぇミヤコ。なんで人を助けてくれたの?」


 ユキコは急に真剣な表情で聞く。


「えっ?そうね、人の優しさに触れたと言うこととね。

 優しさって実は弱さを知らないといけないのよ」


「なるほど?」


 ミヤコは全員をじっと見つめて言う。


「実はね。語り部から聞いたんだけど。

 人間が“ギフト”って呼ぶ力は本来Given Roleと呼ばれていたの。

 そして、それはすなわち『与えられた役割』。

 それはこの世界を作った創造主が生態系を維持するために与えた役割」


「Given Role ……」


 ユキコは反芻する。


「でも、人には与えられなかったの。

 人って失敗作だったらしいわ。

 だから、なんの役割を与えることなく死んでもらう予定だった。

 ところが、人は生き延びた。

 自分たちを自分たちで再定義し、作り直してしまった」


 ミヤコはニコリと笑う。


「そんな、最弱からスタートした人間だからこそ、傷ついているものに手を差し伸べられる。

 他人のために泣くことができる。

 私がうさぎのままだったらそんなこと知らず、自分以外は全て的だと思ってしまっていたわ。

 でも、優しさというものがある世界にもちょっと興味があったの。

 人間さんたちはこれからそれを見せてくれるんでしょ?」


 ユキコはうんうんと頷くとユキコにEE鉱石を渡す。


「なるほど、そんな長命なミヤコさんにはこれを渡しておくわ」


「これは?」


「人間原器の攪拌スイッチよ」


「え?でも今更混ぜても……」


「いや、それがね。人間原基は汚れすぎたみたいで。

 底の方にどす黒い何かがまだ残ってるのよ。

 あれは、きっと心の闇。

 人の心に住む悪魔の成分」


 この場にいる全員が息を飲む。


「もし、人類が間違えたと思ったらそれを発動して。

 人はすぐに野生に帰り、最弱の存在として淘汰されるわ」


 ミヤコはEE鉱石をじっと見つめて言った。


「わかったわ。人間の生き様、見させてもらいます」


 ミヤコはぺこりと一礼する。

 ユキコは頼んだわよと言う代わりににっこりと笑った。


「やっと見つけた〜、みんな久しぶり〜」


 突然、部屋の中にアルコール臭をプンプンさせた猫が入ってくる。


「エルザ!」


 ミヤコは飛び上がって抱きつこうとしたが、あまりの臭さに遠慮してしまう。

 カントは鼻をつまみながら聞く。


「テメェ……。何してたんだよ……」


「私ぃ?ちょっとすっごい酒蔵見つけちゃてねぇ……!

 すごい量のワインとウィスキーよぉ、まだ全然飲みきれないのぉ!」


「エルザ、あなたよく酒蔵の場所なんてわかったね?」


「えっ?」


  エルザはギクリとしたような表情でユキコを見つめる。


「あなた、もしかして……」


 エルザはユキコをじっと見つめる。だが、ユウトがそれを遮る。


「俺、多人数でお酒飲んだことないんだよね……」


 ユキコ、カント、ユウト、サコ。

 四人は一瞬でアイコンタクトを取る。

 カントが代表して大声で宣言する!


「なら、飲むしかねぇな!!今日は飲み会だ!みんなで飲もう!」


「「「「おう!!!!!」」」」

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人間原基 黒鍵猫三朗 @KuroKagiNeko

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