2.2
「私は、『うさぎ』と戦闘した後に現れた強烈な悪臭のする男を殺した。
その後、『うさぎ』に回復用のポーションを飲ませ、すぐにレグルトを殺しに行ったわ。
でも、途中で思いついたのよ。
人間原基を使ってあいつと入れ替われるんじゃないかって。
すぐに入れ替わって、あいつの言う人の世界を見てやったわ。
でも、くだらなかった。
猿と同じ縄張り争い。
犬と同じ吠えあい。
鳥と同じように頭空っぽ。
猫と同じように怠惰。
何が崇高な存在なのか全くわからなかったわ。
でも、おかけで落としがいがある。
自分たちが特別だと思ってるやつらが落ちていく様は気持ちよかったわ。
まず、鉱山のEE鉱石からEEを抜いた。
抜くのは簡単だったわ。
私、そこのうさぎもそうだけど、自分たちを改造するのは簡単だった。
何しろ体の80パーセントがEEでできてる。
どんな動物とも会話できる“ギフト”なんてすぐにできたわ。
生き物たちと協力して鉱山から少しずつEEを抜いて言ったわ。
そして、私にとって邪魔だった人間を元に原器を拡張した。
少しずつ少しずつ人をここへ連れてきては溶かした。
私に向かって命乞いする人間。
うふふふ。最高の気分だった。
実験で何回か失敗しちゃったけど。
別にいいよね。
人間ほど価値のない生き物なんていないんだし。
人間もネズミで実験するでしょ?」
ユウトはぶるぶるっと体を振った。
自分も実験でネズミからEEを奪うようなマネをしていた。
それを人間にやっちゃいけない理由なんて、もはや見つからなかった。
「不思議だったのは私に協力する人間もいたことね。
人間野生化運動だっけ?
人の生活を野生に戻すべきだって主張しているバカがいたわ。
笑っちゃったわ。
野生の生活が崇高って。
人間て崇高じゃなかったら何もできないの?
ほかの生き物を否定して自分たちだけが特別だと認識する自慰行為。
人間の得意技だもんね。
次に、獣を人にする実験をした。
これをやると、交換で人が獣になっちまうから厄介だったのよ。
宮殿を骨抜きにするためには誰にもバレずに、人間原器で作った偽物と本物を入れ替えていかなきゃいけなかったから。
指定するの方法は簡単なのよ。
そいつの生体EEを吸い取って回収すればいいの。
それに気がつかず運で宮殿の人間を引き当てなきゃいけなかった時期はきつかった。
いうこと聞かせるのは簡単。
元の姿に戻りたければ協力しろ。
あはははは、元に戻すつもり全く無いけどね!
そうして、言うこと聞く手下を作って、少しずつ、宮殿を乗っ取った。
今ではほとんどが私の手下!もう、純粋な人間なんてあなたたちくらい」
ミズコはじっとユウトたちを見つめている。
「これで、人を獣にできる。
最後に、人間原基に獣のエキスを混ぜて完成。
今攪拌しているエキスが、完全に溶け合った時。
人は人間性を保つことなんてできなくなるわ。
偉そうに弱肉強食の頂点にいる気になっている人間どもを、叩き落とすいいチャンスよ!」
「させるかよ!」
「させません!」
「カント!サコ!待て!」
だが、ユウトの制止を無視してカントとサコは突っ込んで行った。
カントは正義感というよりはもう二度と獣で生活するのはごめんだという思いからだっただろう。
サコはユキコをこれ以上獣にしたくなかったのだ。
「あなたたち、お呼びじゃないの」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
二人の両腕両足が変な方向に曲がっている。
遠隔で骨を折ることができるらしかった。
ユウトは助けに行きたかったが、動けなかった。
動けば同じように全身複雑骨折になってしまう。
「ねぇ、今はミヤコって呼ばれてるんだっけ?
うさぎさん。あなた、私が実験してる途中でうさぎ姿のまま抜け出したわよね。
全部思い出させてあげる!」
ユウトたちが止める隙はなかった。ミヤコにストっと細い針が刺さった。
「うぐっ!」
ミヤコは膝から崩れ落ちた。
そして思い出した。自分が人間を嫌いになったことを。
初めて人と接したのは料亭だった。
看板うさぎとして使われるために店先に置いておかれた。
彼は優しく私を解放してくれた。
初めて出て来た
でも私は人が怖かった。
伸ばされた手に噛み付いてしまった。
その店の主人による、ボコボコに殴られ、捨てられた。
次に拾われたのサーカスの家。
うさぎに芸を仕込もうとした男に毎晩叱られ殴られ、芸がうまくいかないとご飯を食べさせてもらえなかった。
道を歩けば、目の前を横切ったという理由で蹴り飛ばされる。
可愛いという理由だけで私を拾ったカップルはすぐに私を見限った。
餌だなんだとかねがかかり、お前のために金を稼いでるんじゃねぇぞと言われ、殴られ、捨てられた。
最後に拾ってくれたおじいさんはすぐに死んでしまった。
束の間の幸せ。
だが、その息子たちは私を面倒臭がった。
あっという間に捨てられてしまった。
——そうだ。思い出した。私は、人が大嫌いだった。
「ミヤコに何をしたの!?」
「そんなに、おこらないでよ〜。
もう一匹のうさぎさーん。
ちょっと記憶を蘇らせる薬を打っただけだよ〜。
彼女には決断してもらわなきゃいけないからね〜、彼女にはその資格がある」
ミズコはそういうとミヤコをじっと見つめる。
ミヤコは自分の首に刺さっていた針を引っこ抜くと立ち上がる。
ミズコは満足そうに頷くと試験管を一本差し出す。
「これを飲めば、君は思うがままだよ〜。
私たちはEEとの親和性が高いのはしってるよね〜?
君の狙ったところに物を当てる“ギフト”もそのおかげで現れているに過ぎないの。
EEとの親和性が高過ぎて相手が内包しているEEまで操れてしまうのね〜。
逆に言えば君以上にEEに愛されている生き物はいないってことだよ〜」
ミズコは手に持った試験管を振る。
「これを飲めばEEとの親和性を最大限高めてくれるよ〜。
ミヤコ、君は最強の存在になれる〜。
そうして、この国が滅亡していくのを一緒に見ようよ〜」
ミズコからの誘い。そして、その時は訪れた。ユキコはそう直感する。
——ミヤコの選択によって人の生き死にが変わるわ……。
——ミズコ側を選べば、私たちは根こそぎ殺され人類は全員獣になって野生に帰る。
——でも、もし、私たちの方を選んでくれれば、戦力はギリギリ拮抗するはず。
「私は思い出しました。人間が嫌いだったこと。
そして、なぜ医師を志すようになったかを」
「医師?」
ミズコは顔をしかめる。
「ええ。人にひどい扱いを受け続けた。
でも、死ぬ思いをしながらもなぜ生きながらえたか。
それは、ひどい怪我になった時、必ず助けてくれる人がいたということ」
ユキコは顔を思い切りあげてしまい、首を痛めそうになる。
「優しい人たちは私を飼おうとはしないものの、野生に帰れるようにと怪我が治るまで治療してくれた。
当時の私にはそんな優しさわからなかったから、走れるようになったら抜け出していたけど。
今ならわかる。あれは全て優しさだった」
ミヤコはそして、後ろを振り返るとユキコ、ユウトを見た。
「一番は私がうっかり宮殿に入ってしまった時のことね。
車にうっかり乗り込んでのぼってしまった私は、衛兵に追いかけ回された。
宮殿の裏側で一生懸命隠れてた時、ユキコ。あなたに見つかった」
ユキコはああっと気がついた顔をする。その表情はユウトも同じだった。
「ええ。ミヤコの顔にびっくりした私は思わず宮殿の外へ飛び出してしまった。
すると、驚いたことに、ユキコ。あなたは一緒に飛び出して来た。
そして、私を抱きしめると自分が下敷きになるように落ちた」
ユキコは当時の様子をありありと思い出しているらしい。涙目になっていた。
「凄まじい音がして、自分を包み込んでいた人が死に近づいていることを悟った。
全身複雑骨折に加えて内臓破裂。脳挫傷。
今思えばそんな感じかしら。
間違いなく死ぬ。そうなった時、上からユウト。あなたが降って来た」
ユウトはニヤリと笑う。
「ああ、懐かしいな。ユキコの隠し石板を引っ張り出して来たんだ。
浮遊できる“ギフト”が込められていた。
一回しかつかえないから大事にしようとか言って宮殿の裏にかくしていたんだ」
「そうだったの。
空から降ってきて、ふわりと着地したユウトはユキコに触れた。
その時の輝きは私に強烈な印象を残した。
ユキコはなんでもなかったかのように起き上がった。
そして、ユウトが私に触れると、なくなっていた私の左手は元に戻った」
ミヤコは自分の左腕をくるくると回して言う。
「医療。見返りを求めず、他者の傷を治す。
それこそ、どんな生き物でもなし得なかったことだと思った。
それで、私は医者を目指すことにした」
ユキコはミズコが差し出している試験管を手のひらで押し返すと言う。
「私は、まだ人間に絶望していない。もう少し、様子を見てもいいと思うんだ」
ユキコは歓喜する。人間は生きながらえる。野生化も止められる!
「なぜ、わからない!あれだけのことをされておいて!
散々痛めつけられておいて!」
ミズコの体が震える。
「もういい。私一人で世界を作り変える」
「くそっ!」
ユウトは悪態をつく。今こそカント、サコの特攻が必要だった。
ミズコは手に持っていた試験管の中身を一気に飲み干した。
「ふふふ、はははは!もう、私にはかなわない!全員殺す!」
ミズコの体から触手が生える。八本足の化け物になってしまった。
ミヤコは胸に手を当てて、じっとミズコを見る。
「ミズコ……。
私の力を欲しがると言うことは、私の方がEEとの親和性は高いと言うこと。
それに、わざわざ宮殿の人間を一人ずつ骨抜きにするような苦労をしたということは、あなた自身はあまり強くないということ!」
ミヤコはそう言うと両手で何かを握る動作をする。
すると、そこに白い光を纏った剣が現れた。
「うわっ、EEだけで構成された剣!」
ユキコは感動している。ユウトはその隙にカントとサコを回収する。
「その程度!」
ミズコは八本の足で総攻撃をかける。
ここまで遠隔で人の骨を追っていたのはこの足だったのだ。
だが、ミヤコは一言。
「ユキコ、カズト、サコ」
「「「了解!」」」
EEとの親和性が高いがために、彼らの体内にあるEEに直接作用して、情報伝達することができる。
それはつまり、指示しなくても共闘できると言うことだった。
ユキコが高速体術で、カントが手に持っていた剣で、サコが隠し持っていた短刀で、ミズコの足を切り落としていく。
「しゃらくさいのよ!」
ミズコはまっすぐにミヤコの方へ突っ込んだ。
しかし、ミヤコは慌てなかった。
EEで作り上げた剣をミズコの胸に滑るように差し込んだ。
「ユウト」
そう言った。ミズコはユウトに触られた。
「あああっ!!」
ミズコの悲痛な叫び。
人の姿は徐々に薄れ、形を変えていく。
ユウトの“ギフト”は相手が意思を持つならば、相手が望んだ形へと戻す。
変化すると言うことはミズコはずっとその姿に戻りたいと思っていたと言うこと。
ユキコは言う。
「やまねこ………。あなた、本当は……」
「ちっ……。なんでこんな姿になっちまったかな……。
人間の没落した姿、まだ見てないんだけどな……」
やまねこはパタリと倒れる。
ユウトが元の姿に戻してしまったと言うことは超長寿に改造されていたと言う事実も無くなってしまう。
ミヤコはやまねこを抱えて撫でると言う。
「ゆっくり休んでね。人の世界の結末は私が見届けてあげる」
「……報告まってる……」
山猫は目を閉じた。あっけない最後だった。
ミズコの選択が逆だったら、展開は全く逆になっていたのだろう。
「ユウト、この騒動、収めましょう」
ユキコはそう言うとユウトをおんぶする。
「どこに?」
「人間原器よ。今、あれが全ての元凶でしょ?」
「それはそうだが……。どうやって治すんだ?俺、原器の原型なんて知らんぞ?」
「そこはほら、うまくやるのよ。ミヤコもきてちょうだい」
「……ええ。いいわよ」
沼の岸でサコはEE鉱石のスイッチを取り出す。
「これが、この沼の攪拌装置のスイッチでした。
触ってEEを流し込むと止まります」
「さすが、サコね。遅れた分はそのためだったのね?」
「ええ」
ユウトとミヤコを隣同士で並べたユキコは言う。
「ミヤコが願う通りに人間原器を直せばいいのよ」
「……ええ!?そんなことできんのか?」
「知らないわよ!具体的な方法はあんたが考えるんでしょ!」
「ええ〜!」
この後に及んで、何一つ変わっていないユキコ。
ユウトは少し考えたが、もうよくわからなくなったのでミヤコに任せることにした。
「ミヤコはEEとの親和性が高いんだろ。
なら、俺のEEを使って沼をやりたいようにしてみてよ」
ミヤコは頷くとユウトの手を取る。
後ろでユキコが頬を膨らませて抗議しようとしているが、
カントが羽交い締めにして、サコがその口を封じていた。
「私が、願うのは……」
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