2.争いは勝敗が決するまで終わらない

「ユキコ!」


ユウトは叫んだ。

 だが、ユキコはもうその液体を飲み干していた。

 深緑の液体は人間原基。

 しかし、ユウトが触れていれば治ってしまうはずだった。

 胸を抑えながらユキコは話す。


「……私、気が付いたの。…あなたの“ギフト”の本質」


「えっ?」


「あなたがさっき気絶しながらリュッコ扮するユキコに触った時、彼女は戻ったの。

 ユウト、あなたリュッコに会ったことないでしょ?」


「ないな……」


「それなのに、リュッコの姿は元に戻った。

 ……うっ。

 これは、ユウトの言う治療の“ギフト”の定義に反しているわ。

 それで、リュッコのセリフが私に気づかせたの。

 ……リュッコはこう言ったわ。『ユキコの姿になるのなんて嫌だった』って」


「それで……?

 俺の“ギフト”は俺が原型を知っている物をその原型まで復元する“ギフト”なんじゃないのか?」


「違うわ。

 あなたの“ギフト”の本質は触られた相手がなりたいと思っている姿に戻すことよ。

 相手に意思がないなら話は別だと思うけど。

 思えば、カントが大人の姿で現れた時点でおかしいのよ……!うぐぐ!」


「ユキコ………?」


「そのまま、私を触っていて……。試したいこっ……とが有るの……!」


 ユキコはそのままグッっと心臓を握りつぶすように胸を掴む。

 その様子をカズトはじっと見つめている。

 興味本位で生きている男は目の前で起こる新事象を無視できなかったようだった。


「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 生々しい音が響いてユキコの頭からうさぎの耳が生える。

 足も変化し、うさぎの足のように平べったく長い足と強靭な関節が露わになる。

 その姿はまさしく半獣。人と獣の間の存在だった。


「ふふふ、へへへへへへへ……!

 うまくいったわ……。

 人間原基で自分の定義を曖昧にできるなら……その姿は私の思うまま……。

 後は私がなりたい姿を思い描いてユウトに触ってもらうだけ……!」


 半分うさぎになったユキコはブンと腕を振る。

 体内からみなぎるEEで、ユキコは再度白くひかる。


「身体強化・レベル50!」


 もう、ユウトには何が何だかわからなかった。

 スピードに対して脳の認識が全く追いつかない。

 気が付いた時にはカズトの横にいて、ユキコの足がカズトの顔にめり込んでいた。


「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 カズトは吹っ飛ぶ。

 彼の持つ物理障壁をいともたやすく突破した瞬間だった。


 地面にめり込んだカズトはガバッと立ち上がると、水や土の“ギフト”を使って顔の形を元に戻す。


「クソがぁ!」


 土の“ギフト”を使って洞窟から何本も手を伸ばし、ユキコを捕まえようとする。


 しかし、ユキコのスピードにはついていけない。

 ウォーターカッターも、雷も、火も、ユキコはスピードで一点突破してしまう。

 ユキコはカズトを見て言う。


「遅いよ。命を弄ぶあなたは一撃で終わらせない。もっと頑張ってみて」

 

 事実上手を抜いているという宣言だった。

 そう言うとカズトの腹に一撃入れる。

 物理障壁は全く役に立っていなかった。


「がっはっっっ………!」


 カズトは息をしようと“ギフト”で無理やり肺に空気を入れる。


「このくそ女……!もう嫁になどいらない……死んでしまえ!」


 カズトは闘技場内を水で満たす。

 重力制御によって空中に浮かんだままの水玉の中心にカズトはいる。

 本人は空気がなくても生きられる。

 水中での耐久勝負というわけだった。

 加えて、水中では動きが鈍くなる。

 カズトの物理障壁がまた効果を示すかもしれない。


 ユキコは水の中を見る。

 水中には外から見るだけで、とてつもない水の流れが生まれていた。

 普通の人間が入ると間違いなくバラバラになってしまうだろう。


 だが、ユキコはためらうことなく水中に潜る。

 そして、ドンっと水を蹴る。

 スイスイと水中の水流をかわして進むと、ガシッとカズトの胸ぐらを掴む。

 間髪入れずに拳を顔に叩き込んだ。

 カズトの淡い期待は打ち砕かれた。


 カズトが気絶しないよう、かつ、痛覚を最大限に刺激するように一撃一撃丁寧に拳を打ち込んでいった。

 カズトは両手を前に出してユキコに懇願した。


「やめっ…、もう、それ以上殴らないで……!

 死んじゃう……、俺が悪かった!

 お前は強い、なんでもいうことを聞く……!だから、命だけは……!」


「やめるわけないでしょ。あなたが弱いせいよ。死んで詫びなさい」


 ユキコの最後通告。拳にしていた手を手刀へと変えると、一突き。

 カズトの胸には大きな穴が空いた。

 水に広がる血に触れないようユキコはバッっと水中から離れる。


 カズトは絶命した。空中に浮かんでいた水の玉は大きな音を立てて地面に落ちた。

 ぐしゃりと音がして、カズトはつぶれた。


「ゲッホゲホゲホっ!」


 ユウトは少し飲んでしまった水を吐き出す。


「あ、ごめん、ユウト。背中にいるの忘れてた……」


「カズト、死んだんだな……」


 ユウトはぺちゃんこにつぶれたカズトの死体を見る。

 なんの感想も浮かんでこなかった。

 自分を実験台にして殺そうとしていた兄に対して、恨みも悲しみも浮かんでこなかった。


「お兄さん、殺してしまってごめんね?」


 兄の死体をじっと見つめていたユウトにユキコは気を使って謝罪する。

 うさぎの耳が垂れ下がっている。

 ユキコと完全に一体化しているのがわかる。

 ユウトは少し笑ってユキコの頭をなでると言う。


「いや、いいさ。もともと、嫌いだった」


  ぴょんっとうさぎの耳が元に戻ると、ユキコは言う。


「よし!ミヤコを助けに行こう!」


「はぁ、切り替え、早いなぁ……」


 ユキコはユウトを抱えて軽々と走る。

 ユウトはユキコのそういったところが好きなんだなぁと再確認していた。


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「私が『うさぎ』というのは、一体どういう意味ですか?」


ミヤコは問いただす。

 しかし、目の前にいる女の子はミヤコの発言なんて御構い無しに言う。


「ねぇ、ミヤコ?あなた、『にんげん』は嫌い?」


「ええ、人は大っ嫌い。みんなして私を意味もなく攻撃するもの」


「ふふっ。嬉しいなぁ、実はね。私も『にんげん』大っ嫌いなんだ〜」


 目の前にいる幼い女の子は、スタスタと横に歩く。

 ガチン!と何かが動く音がして、スポットライトが当たる。

 そこには、鉄製の机があった。随分と使い古されひどい量のさびがあった。


「ここは、ラーティン帝国が秘密裏に行なっていた研究所だよ〜。

 私を作った男はここでどんな人間を人間原器に入れるべきか。

 どうしたら言うことを聞いて、強い人間を作れるのか検証していたの〜」


 女の子はゆっくりと右へと進む。次のスポットライトがつく。

 鉄製の檻が現れる。


「これは、私、そしてあなたが入れられていたケージ。

 見て。血の跡がついているわ。

 私はあなたとここで初めて出会った。

 私は爪でケージを破壊しようとしていた。

 あなたはケージの奥に縮こまっていたわね」


 今度は赤いスポットライトがつく。

 そこには金属製の型があった、それは二人の少女を形をしていた。


「これは型。

 私たちが作られた頃には、まだ原基を飲ませて内側から変化させるなんて技術なかったわ。

 金型にされた二人の少女は生きたまま全身の型を取られ、私とあなたは溶かしたEE鉱石と一緒にこの型に詰められたわ。

 身を焼かれるとはあのことを言うのね。

 全身を溶かされ再構築される間、ずっと意識があったわ」


 ミヤコは全身を抱きしめる。

 深く深く沈めて、もう二度と浮かび上がらないようにした自分の思い出したくても思い出せない何かを引き上げようとしていた。


 次のスポットライトがつく。闘技場の模型だった。


「闘技場ね。

 円形の平な条件で私たちを戦わせてたわ。

 毎日毎日、戦闘の日々。疲れたわ。そして、あの日」


 スポットライトは黒板を照らす。そこにはスケジュールが書いてあった。


『1507年。「うさぎ」と「やまねこ」最後の実験。結果の如何に関わらず処分』


 女の子はさらりと読み上げた。


「私はこの日に決意したの。お高くとまってる人間を引き摺り下ろすって」


「あなたは……その、何歳なの…?」


「年齢なんてもうわからない。でも300歳は超えているわ」


「300……」


「何言ってるの。あなたもでしょ。同じ時期に閉じ込められていたんだから」


 ミヤコは絶句する。自分が300年も生きていたとは思えなかった。


「馬鹿ね。

 原基を使えば寿命なんて操作するの簡単だったわ〜。

 少しずつ宮殿を骨抜きにしていかなきゃいけなかったからね。

 最初にいじったのが寿命だった〜」


 女の子はニンマリ笑うとミヤコを見つめる。


「あなたには申し訳なかったけど。

 私に実行する前に全部あなたで試させてもらったわ。

 もっとも、全部うまくいったから、感謝してくれていいわよ」


「いえ……」


ミヤコは何も言えなかった。

 自分の知らない自分を知っている相手を強く刺激できなかった。


「ちょっと、サコ、何で私たちと同時なのよ!」


「すみません。

 そんな、良い耳なんて持ってないので……わからなかったんですよ……」


「二人とも……隠密行動って知ってるか?」


「でも、敵の方が獣化してんだろ?多分最初から聞こえてるぜ?」


「そう言うことじゃないじゃん。雰囲気でないじゃん」


「ユウト。

 こんな時に雰囲気なんてどうでもいいだろ?

 何しろユキコがバニーガールになってんだからよ」


「バニーガール言うな!

 それに、語り部のドラゴンさんの話だと、ミヤコがキーパーソンなんでしょ!?

 助けなきゃ!」


 部屋にドタドタと入ってきたのはユキコたちだった。

 女の子は目を細めてそれを見ている。ユキコはその女の子を見て警戒心を


「げっ、ミズコ……。あなたの狙い、全然わからなかったけど、今ならわかる。

 人を獣にしたかったのね。

 だから、王権なんていらなかった。どうせ獣になっちゃうから」


 ユキコは元王位継承権第三位にいた少女の名前を呼ぶ。

 ミズコはユキコのうさぎの耳を見て言う。


「ユキコが来たか。

 カズト、案外使えない男ね。

 ま、ユキコの姿みて何をしたかなんとなくわかったわ。想像力豊かなのね」


 ミズコはそう言うとパチンと指を鳴らす。

 研究所の灯りが全てつく。

 眩しさに全員が目を細める。


「ずっと、気になってた。

 どうしてこんなことをしたの?そして、あの沼はどうなってるの?」


 ユキコはそう問いかけた。

 ミズコは少し悩んでいたが、語ることにしたようだった。


「せっかく、こんなところまで来てくれたんだもの。

 教えてあげないわけにはいかないわね。

 この国の歴史について教えてあげる」


「手短におねああああああああああああああああああ」


 話が長くなるのを嫌ったカントは余計なことを言った。


「黙って聞きなさい。あなたたちにできることはないわ」


 ユウトは慌ててカントに触れる。

 すぐに腕の骨折は治るが、何が起きて腕が折れてしまったのかはさっぱりわからなかった。


「私は300年前の実験である人物を殺したわ。

 名前はレグルト・エリュシダール。

 あいつが全ての始まりだった。

 あいつは天才だった。

 人間原基を使って命を弄ぶ方法を直感的に理解していた………」

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