1.2
「俺?」
ユウトは自分を指差す。
まさか、自分を嫌っているはずの男が自分を気にかけていたとは思わず少し嬉しくなりかける。
だが、ユウトはブンブンと頭を振ってその思いをかき消す。
「お前の獣版、作ろうと思ったんだけどな!
これが、全然うまくいかねぇんだよ!あははは」
実の弟を獣にして消すつもりだったと宣言する実の兄。
「ハイエナを用意してな?人間原基でお前を作るわけよ。
相手指定するのは簡単でよ。
指定したい相手のEEが含まれているものであればなんでもいいわけよ。
だから、お前の髪の毛を準備して獣に飲ませたんだよ」
ユウトは何か言いたかったが、カズトは聞いていない。
「そしたらよぉ!
ハイエナが一瞬ユウトの形したかと思うと、すぐに死んじまったんだよ!
あれは衝撃だったぜ!」
今、ユウトの目の前にいる実の兄は、自分の弟を殺して作り替えようとした事実を笑顔で語っている。
「それで、不思議に思ってお前のこと調べたんだ。
知ってるだろ?リサコ。
ついでにユキコを見張らせる役割も押し付けておいたけど」
ユキコはカズトをにらみつける。
リサコは獣だった。
だが、ユキコはリサコをもう疑うことはない。
ユキコを監視するという任務なら、すでに放棄していた。
監視するならユキコと久しぶりに出会った森の前で二手に別れず、森の中に一緒に入るべきだったのだ。
一瞬とはいえサコたちに協力していたのは、やはり、彼女が自分の部隊“ゴースト”を生き残らせたい一心だったとユキコには思えた。
「ま、そいつも獣だから逆らえなんだが。
ユウト、聞いたぞ?
お前、『治療』とかいう“ギフト”持ってるんだって?
聞いてないぜ、まったくよぉ」
カズトは目を細めてユウトを見つめる。
「俺はあの日からずっと、お前と適合する獣を探して毎日色々試したんだぜ?
部下たちにも命じて常になんらかの獣をお前にしようとしてた。
それ、全部無駄だったてことじゃないか!」
カズトの発言はユウトの思考を刺激した。
——いや、待て。俺の“ギフト”は俺自身には効かないはず……。
——いや、そうか。語り部の言っていたことは、おそらくこれもあるだろう。
——俺は常に獣化症になりかけていた。
——そして、それを常に治し続けていたんだ。
——治す地点が常に更新されているようなものだから俺は自分の傷を直せなかった。
——でも、それだけじゃ、この状況を打開するほどの発見ではないけど…?
カズトはユウトを見ていう。
「でも、もうどうでもよくなった。
ユウト、お前、やっぱ目障りだ。
心の中でずっと見下してたんだろ?
触るだけで治せるって、お前なんなんだよ?
選ばれし者か?英雄気取りか?
これまで血が苦手とか言ってたのは嘘だったんだな?」
「………それについては申し訳ないと思っている」
「ユウトは悪くないわ。私が秘密にしておいてと命令したんだから」
ユキコはそう言った。ユウトはカズトの目の中に炎が揺れた気がした。
「はぁ?それで俺が治療する予定だったユキコを治したのか!
そんな前からお前らデキてたんだな?あはははははははは」
カズトの乾いた笑い。空虚な笑いだった。
「はぁー。そうかそうか。弟に馬鹿にされて兄貴は立場がねぇよ………。
ふふふふ、はははははははははは!」
ひとしきり笑ったカズトは急に黙ると言う。
「まあいいや。ユウト、お前殺すよ」
ユウトはカズトから目を離さずにユキコに言う。
「ユキコ、ここは俺が一人でなんとかするから。
ユキコはなんとか、この獣化騒ぎを止める手立てを探してきて!」
「わかった、死なないでよ!」
ユキコはそういうとユウトの横に近づいて肩をガシッと掴む
そして、びっくりしているユウトの頬にキスした。
ユウトは目をまん丸に開いてユキコを見る
しかし、ユキコはカズトを蔑むように見ていた。
要するにお前はおよびじゃねぇと言いたげな視線。
ユキコはニコッとユウトに笑いかけると肩をぱしぱし叩いて走り去った。
「ちっ……。いい加減にしろよお前!俺をどれだけコケにしたら気がすむんだ!」
カズトから発せられるEEが急激に増大する。
「容赦しねぇが、すぐに死んじまったらなおさら容赦しねぇからな!」
カズトがそう叫んだ瞬間バリバリバリ!
とまばゆい雷が発生し、ユウトの目を眩ませる。
「何っ!?」
ユウトはカズトの姿を探すが、見当たらない。
「ユキコにキスされたのはここだったか!?」
強烈な拳がユウトの頬にヒットする。
カズトのガリガリの体からは信じられないほどのパワーがあった。
「いってぇ……」
「ふふふ、っはははは!
人間原基は便利だよ、本当に!
獣どもから“ギフト”を巻き上げるのも簡単だからな!」
「そうか、人類の過去の栄光は獣を狩ることで得ていたのか!」
「そうだ。こんな素晴らしい力。
獣が持っていても大した意味はないからな!火よ!」
カズトの手から真っ赤な炎が噴出する。
ユウトは転がってそれを避けるとフェンスで囲われた闘技場に入る。
「ユウトにしてはセンスいいじゃないか。
闘技場に入って正々堂々決着をつけようじゃねぇか」
ユウトは返事も頷きもしなかった。彼は必死で頭を回転させていた。
——カズトの“ギフト”はいったい幾つになっているのだろうか。
——いや、そんなことを考える意味はない。
——なんでもできると仮定したほうがいいか?
「考えてる暇あんのかよぉ!!」
カズトは再度ワープ、ユウトの横に現れると次の“ギフト”を使用する。
「雷ィィィ!」
ユウトは全身の毛が逆立つのを感じた。
カズトとの距離を取るべく後ろへ飛んだ。
「意味ねぇよ!喰らえ!」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
雷は最大で10億ボルトになることもある。
龍のようにのたうつ電撃は一撃でユウトの体を貫き体の芯まで破壊し尽くす。
膝から崩れ落ちるユウト。
だが、その体はすぐにEEに覆われ傷が修復される。
「あははぁ。やっぱりなぁ。治るよなぁ。
今日はもうお前を獣にする研究員たち獣になったか死んだかしてるもんなぁ」
「げほっがはっ……」
ユウトは喉にへばりついた血を吐き出して立ち上がる。
「ユウトォォ。
やっぱ、殺すにはEEを枯渇させるしかないらしいなぁ。
安心しろよ、EE枯渇しても獣にはならねぇからぁ。
生体機能が停止して干からびて死ぬだけさぁ!」
ユウトはたったいま自分が回復したときに使用したEEを計算し、あと何回死ねるかを弾き出す。
高速で概算され出された結果は。
——あと三回。
「さぁさぁ、俺もまだ使ったことがない“ギフト”があるんだ!
お前で試させてくれよぉ!吹雪よ!」
氷の粒と強烈な風がユウトを襲う。
ユウトはもう迷ってる時間などなかった。
吹雪はとてつもないスピードでユウトの体温を奪い体の自由を効かなくさせてしまう。
即座に銃のグリップを取り出す。
一瞬ののちに銃が完成しカズトめがけて発砲する。
銃弾はカズトの肩に命中した。吹雪が止む。
「なかなかやるねぇ。収縮」
だが、傷跡がふさがる。
周りの皮膚や筋肉を集めて強制的に傷口を塞いでしまったのだ。
「さぁ、戦いらしくなってきた。
遮蔽物も何にもないこの闘技場でユウトはどこまでやれるかな?」
カズトの楽しそうな声が響いた。
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ユキコは人間原基の沼に向き合って考えていた。
沼の上部に取り付けられた機械は相変わらず沼をかき混ぜていた。
かき混ぜ機はそこから上に向かって何かを持ち上げるように混ぜている。
「かき混ぜたいものは底に溜まってるのね……」
ユキコは試しに人間原基に手を突っ込んでみる。
少しばかりヌルッとした感触が気持ち悪かった。
引き抜いた手に特に異常はなく、どうやら飲み込んだ場合にのみ、なんらかの効果があるということらしかった。
「うえっ、気持ち悪い……。これが人間原基って。
信じられないわ……。
それにしても……。
人類総獣化症を止めるって言ったって、どうすればいいのよ……」
とりあえず、対症療法としてかき混ぜてるのを止めるというやり方はあるが。
とユキコが悩んでいたとき、後ろから声をかけられる。
「ユキコ様!」
ユキコが振り返ると、そこにはユキコが立っていた。
「えっ、私!?」
「いえ、違います!サコです!」
「サコ!なんで私の格好してるの!?」
「それが、どういうわけか元の姿に戻れないんです!」
ユキコはすぐにピンとくる。
——そうか、人類が獣化してるならその辺の獣たちは人化しているということ。
——サコ本人の姿は獣に乗っ取られてる可能性があるわね。
——逆に言えばこのサコは本物である可能性が高まるわ。
——変身してて本人の姿が乗っ取られるなんて、敵がやることじゃないもの。
ユキコがサコを安心させるために話しかけようとした時。
「ちょっと、サコ!誰に話しかけてるの!?」
もう一人のユキコが登場した。
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カントは幼い頃、よく三人で遊んだ広場にきていた。
血で赤く染まった地面も強烈な雨のおかげで徐々に元の色を取り戻しつつあった。
カントは顔にかかる水を手で乱暴に取り払うと言う。
「見つけた」
「やっときたか、遅かったな」
「まぁ、ちょっと恩人をある場所まで連れて行かなきゃいけなかったからな」
この広場で待っていたと言うカントは腰に下げていた剣を抜いて構える。
後からきたカントは懐かしそうに目を細めてその構えをみる。
「へぇ、その構え方。俺のことよく勉強してんじゃん」
「お前になるってなった時から、お前の剣術をずっと観察してものにした。
パクリと言われても困るな」
「ま、なんでもいいさ。俺の剣術はもうそんなところにいない。
お前を殺しておかなきゃな。俺の姿で好き放題やったんだろ?」
後から来たカント(本物)は腰を落とし、体を前傾にし、まるで地を這うクモのように低く低く剣を構えた。
獣としての生活で培った、見栄えを考えず相手を殺すための構えだった。
「お前こそ、死んでくれれば俺がカントになれる」
二人はお互いをじっと見つめ合うと、走り出した。
「「行くぞ!!」」
どちらともなく、開始の合図がなされ戦闘の火蓋が切って落とされる。
先攻はカント(本物)だった。
低い位置から持ち上げるように切り裂く。
キィンと甲高い音がする。
カント(偽物)が『本物』の剣を受け止めていた。
すぐさま『偽物』の反撃が始まる。
横薙ぎの剣戟から切り上げ、袈裟斬りと流れるように剣戟をつなぎ相手に反撃の隙を与えない。
『本物』は偽物の攻撃をひらりひらりと剣で受け止めることなくかわす。
『偽物』の扱う正統派の剣術とは違い『本物』の攻撃は敵を殺すために、自分の癖や、動きの特徴を取り入れ最も効率よく動けるよう計算された剣術だった。
ただ、はたから見ると『本物』の剣術はより獣臭かった。
地面スレスレから噛みつくように近づき、剣を振ると、拳、蹴り、当身。
なんでもあり。
目線で相手の目線を誘導し死角を作り、そこから石を投げて牽制する。
すぐさま拳を突き出し目を潰そうとする。
『偽物』の視界を一瞬拳で満たした途端、急に剣で突きを繰り出す。
「うぉっ!」
『偽物』はのけぞってその突きをかわし、一回転して『本物』を横薙ぎにしようとする。
『本物』はそれを剣を縦にして受け止めると、そのまま剣を滑らせ『偽物』に近づく。胸ぐらを掴んで足を引っ掛けると『偽物』を転ばせる。
「埋まれ!」
『本物』の穴掘り“ギフト”で掘った穴の中に『偽物』ごと詰め込む。
「ぬぐっ」
『偽物』は土の中に埋められ顔だけ出ている状態にされてしまっていた。
『本物』は『偽物』の目に向けて剣を向けると一気に刺そうとした。
「まだまだ!」
『偽物』も同じ“ギフト”を持っていた。
『偽物』は地面を高く巻き上げ『本物』に対して目くらましをする。
その土の裏側からの攻撃!『本物』は気づくはずない。
その瞬間を逃さない攻撃。
キィイイン!
甲高い金属音が響く。
『偽物』の攻撃は弾かれ、顔に拳が叩き込まれる。
一撃で顔の形がゆがんでしまうほどの衝撃が『偽物』を貫く。
「ぐふぅ!」
『本物』は口の中にたまった雨水をつばと一緒に吐き出すと、『偽物』をもう一度殴りつける。
「あまいな。あまあまだ。
まぁ、確かに、昔の俺がそのまま宮殿にいたらお前みたいになってただろうな。
よく再現したもんだ」
『本物』は殴った拳をさらに固める。
殴る行為をよく行っていた拳は皮膚が厚くなり硬くなっていた。
「でも、残念。俺は10年間。命がけで生活して来た。
一瞬、気を抜けば命がなくなる。
そんな森で生きてきた。お前とはもう、格が違うんだ」
「黙れ!お前を殺して、俺は『本物』になる!」
「うおっ!」
中庭が突如爆発した。
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