第五章 それぞれの意思を胸に戦いは始まった
1 人と獣の違いって?
カントの“ギフト”により、宮殿の地下に向かうのは簡単だった。
地下牢の中を次々と上からまっすぐ下へ掘ってきたので雨が直接吹き込んでくる。穴掘りの間にユキコはメンタルを無理やりだが回復させたようだった。
「早く、なんとかしよう。
まさか、こんなことになっちゃうなんて。
人間原器を元に戻してこんな争い止めなくちゃ」
ユウトの目に焼きついていた。
涙を流しながらおばあちゃんに噛み付いた獣の表情。
ユキコが獣になってしまった時、自分の中に自分以外が生まれるという感覚。
ユウトは獣にそんな相反する気持ちが同時に混在していた状況を見た。
「でも、俺は人間原器を見たことがないから、治す方法を考えないと……」
ユウトの脳裏に語り部のドラゴン、ウルトの言葉が蘇る。
『お前は自分の“ギフト”の本質を見極めろ。
お前の“ギフト”は必ず最後に必要になる』
この言葉。
つまりユウトはユウト自身の“ギフト”を考え直さなければならないということ。
——自分の能力の条件は大きく二つ。
——一つ目。自分は治せない。
——二つ目。見たことないと治せない。見たことがあると触るだけで治せる。
——治った結果は自分のイメージに引っ張られることが多く、古傷が治らなかったりとややこしい面はあるが。
ユウトはざっと条件を洗い出して見たが、自分の治療の“ギフト”の本質がどこに隠れているのかよくわからなかった。
ユウトの思考を遮るようにカントは叫んだ。
「着いたみたいだ。ちょっと高さがあるから気をつけろよ」
カントはそう言って飛び降りる。
次にエルザとミヤコ、ユキコが飛び降り、ユウトが最後に飛び降りた。
ドォォォンと自分が飛び降りた時の着地音が低く響く。
宮殿のもっとも低い場所には広い空間が用意されていた。
ユウトたちの目の前には深緑色の大きな沼が広がっていた。
あたりには強烈な腐敗臭が広がっている。
「くっさい……」
ユキコは鼻をつまんでそう言った。
ユウトは自分の鼻をつまみながら、ぐるりと一周見渡す。
沼はとても広かった。直径50メートルくらいはありそうだった。
そして、それを豪快にかき混ぜている装置が取り付けられていた。
装置は沼の上から沼の中に差し込まれ、沼の底から何かをすくい上げるようにかき混ぜている。
——何かをかき混ぜている……。底にあるのはなんだろう?
ユウトは後ろを振り返る。
後ろには沼と同じような直径で鉄製のフェンスがぐるりとドーム状に張り巡らされていた。
その一部は破壊されている。
閉じ込められていた何かが飛び出したような跡だった。
——闘技場?
ミヤコはぐるりと周囲を見ていう。
「私、ここ知ってる……」
「えっ?」
ユウトが驚いてミヤコの方を見た途端。
一陣の風がユウトたちの間を通り抜ける。
「きゃっ!」
ユウトの目の前にいたミヤコは消えてしまった。
ユウトには全く見えなかった。
ユキコの方を見てもどうやら結果は同じらしかった。
ユキコも頭を横に振っていた。
ユウトは取り残されてしまったエルザに声をかける。
「エルザ!」
「にゃー」
「エルザ?」
「にゃーにゃー!」
「エルザがにゃーにゃー言ってるぞ!?」
「やだ、可愛い!」
カントとユキコの場違いな反応を放置してユウトは考える。
——エルザと会話できない。ミヤコが連れられてしまったせいだ!
ユウトは慌てて考える。
——待て、ログハウスには『診療所』という文字が入り口に掘られていた。
——ミヤコが嫌いな人の文字を使うはずがない。
——つまり、あの文字は別の存在が書かせたもの。
——そしてそれはエルザなんじゃないか?音声は伝わらなくても文字なら!?
ユウトは地面に指で文字を掘る。
『ミヤコ、助けに行ってくれ』
ユウトの読みは当たった。
エルザはにゃーと一鳴きすると、爪で地面に文字を描いてくれる。
『どっちに行ったかわかる?』
『わからない。だが、遠くないと思う。EEで探して見てくれ』
エルザは頷くとユウトの顔をじっと見て書いた。
『気をつけなさい。ここは宮殿の最地下。
人々の悪意の集積場ともいうべき場所だ。
何が起きてもおかしくない。生き延びたければ頭を使うことね』
エルザはそう言って走り去って行った。
——今の言い方……。まるでここを知ってるみたいじゃないか……。
「誰!?」
ユキコが反応する。
ユキコが見上げた先には男が一人立っていた。
ユウトはその姿を見てすぐにピンとくる。
「兄貴……!」
「よぉ、ユウト、元気か?」
そこに立っていたのは膝下まである長い白衣を纏ったガリガリの男。
カズト・エリュシダール。
ユウトの兄だった。
カズトはまずカントに目をつける。
「おや?カント?お前はそんな格好じゃなかったはずだが?」
「へぇ、つまり、あいつはこの辺りにいるんだな?」
カズトはカントの残忍な表情を見て、理解したようだった。
「なるほど、君は彼を探しているんだ?
どっちが本物なのか決着つけないとねぇ?
彼は、宮殿の地上部分にいるよ。探してみるといい」
カントはユキコの顔を見る。
この場でもユキコの判断を仰ぐ。
カントの律儀さは見上げたものだった。
ユキコはカントと約束した。偽物と決着をつけさせると。
「必ず勝って」
「カント、負けんな」
ユキコとユウトの激励を片手をあげて受け取る。
カントは自分で開けた穴を登って行った。
「さて、それぞれが決着をつけるために最後の戦いに身を投じてる。
いいねぇいいねぇ。」
ユウトはカズトが何か言う前に話を振る。
「なぁ、兄貴、俺、人間原器を探してるんだけど。いったいどれがそうなんだ?」
カズトはやせ細った顔をさらに細めていう。
「それなら、目の前にあるそれだよ。おめでとう。たどり着いたな」
カズトが指差したのは深緑をした沼だった。
ユウトは沼に近づいて中をのぞく。
どす緑色をした汚く臭い液体が撹拌機のおかげでぬたうっているのが分かる。
「原器というから、なんらかの固体を想像してたけど……」
「馬鹿だなお前。藁人形みたいなのでも想像してたか?
ひょっとして”原器”の方を想像してたか?
それは違うぞ。
これは人間”原基”
人になり損ねた、いや、これから人になる大元となる物だ。
まだ、どんな人間になるかわからない素材だから、こんな風に液体になってる。
同じ形した人間なんていないだろうが。
人間の形は流動的。
それをこの沼はよく表しているじゃないか」
「人間を定義するのがこのひどい臭いでひどい色合いのこの沼だと……?」
ユウトはリサコが言っていたことを思い出していた。
深緑色の液体に気をつけろ。まさしくこの沼のことだろう。
「そうだ。そして、この沼は人工的に作られるんだ」
「人が作るものなのか!」
ユウトはドラゴンの語り部、ウルトの詩を思い出す。
『人による人のための呪い』
それはこのことを示していたのだった。
「この人間原基を作るのは大変なんだ。
まず大量のEE鉱石が必要なんだ。
この国が一年で使い切るEE鉱石くらいは必要なんだ」
「そんな無駄遣い……!」
ユキコの独り言にカズトは敏感に反応する。
「無駄かどうか!お前が判断するのか!?何も知らないお前が!
この技術がどう利用されるのか、どう利用できるのか知ろうとも知らないお前がなぜ意見を述べられる!?」
カズトはずっとたまっていたうっぷんをユキコにぶつけたようだった。
満足そうにうなずくと言う。
「まぁ、いい。俺の上司は幸い適当だった。すべて任せてくれたからな」
「カズト。さっき『まずは』って言ってたよな。『次に』何を入れるんだ?」
カズトはにやりと邪悪に、そして嬉しそうに笑うと言う。
「もう一つはな……。地下牢から連れてこられる生きた人間だ」
「生きた人間……」
ユウトはカズトを見つめる。
その顔に罪悪感などなかった。
真に研究を楽しむ。
命を弄び、自分のしたいことだけを追求するマッドサイエンティスト。
「生きた人間とEE鉱石を一緒に混ぜて、高温にして溶かすんだ。
ここが難しいんだ。
高エネルギー体に安定して熱を供給し何らかの魔法エネルギーとして爆散しないように温める技術。
ま、君たちに説明する必要はないな。
そうやって苦難を乗り越えてやっと、人間原基が出来上がる。
生きたままじゃないと意味がないから、そのまま突っ込むんだけど、その時の叫び声が最高でね……!
体の中に溶けたEEが浸透して徐々に声が出せなくなるその過程がたまらなく快感なんだよぉ」
「外道め……」
ユキコの十年分の蔑みを濃縮したような声に対して、カズトは両手を広げて主張する。
「外道!?そもそも、この世に人が通るべき道なんて存在しないんだよ!
ラーティン王家は何もないこの土地を発展させるため、人間原基という秘術を編み出したんだ。
誰かが通った跡に道ができると考えると、むしろ人間原基を使うことこそ人道と言えるんじゃないかね?」
ユウトはカズトをじっと見つめながら言う。
「やはり、最初から王家が絡んでいたのか……」
「当然だ。というか認識が逆なんだよ。
人間原基(ヒューマニウム・ラーティン)があるから1800年も続く国家になったんだ。
原器によって得た“ギフト”によって他国との戦闘に勝利し領土を広げ、気に入らない奴を獣と交換した。
全員の意見が一致した気味の悪い国は全員がある一点を見つめて高速で成長する」
「そんな国、うまくいくわけないじゃない……」
ユキコの反論は小さく説得力はなかった。
事実、この国はそうやって人を洗脳し操り、意思を統一して1800年も続く大国になりえたのだから。
「ふふふ。反論できまい。この国を作った人物は間違いなく天才だった。
人を知り尽くし、どうすれば自分たちの命を守れるのかよくわかっていた。
しかし、当時の彼らでも人を一から作ることはできなかった。
結局、彼らは人間原基で獣をすでに存在している人そっくりに作り出すことしかできなかった。
加えてそれには問題があって、どういうわけか、そっくりに作ると、作られた方が獣になってしまう」
カズトはちっちっと舌を鳴らす。
「この法則はいまだに突破できてない。
俺の技術を持ってして、ようやく狙った人間を獣にすることができるようになった程度の進歩しかない。
ところがだ。最近になってとんでもない発見があったんだよ。
俺はこれを調べたいがためにあいつに手を貸した。なんだと思う?」
カズトは嬉しそうに語る。
「ユウト、お前だよ!」
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