1.3

「そうだ、カント本人が獣になっていて、宮殿には偽物がいるって事実、どう思う」

 

 ユウトはユキコに急に話題を持ちかけられて焦ってしまう。


「えっ、えーっと。どうだろう」


 ユウトはしばらく黙って考え込んでいたが続ける。


「そうだな。

 事実だけ述べれば、敵は誰でも獣にして、偽物と交代できるってことだな」


「そうなのよ。

 私、これまで獣にならないようにしなきゃと思って、体内のEEを使い切らないようにしてたんだよ。

 とりあえずはそれで獣化症にならなくてすむ。

 と思ってたし、獣にならないなら、記憶を操作されて誰かの存在を急に消されることもないと思ってた」


 ユウトは複雑そうな、悩む顔をしつつ、その唇を少し持ち上げて頷く。


「俺の論文読んでたんだな。EEの欠乏が獣化症を引き起こすと」


「ええ、取り合えずそれだけに注意していればよかったのに、獣になった人間の代わりとなる人間が生活に入り込むことができるなんて……。

 これは間違いなくピンチよ。

 宮殿の何割の人がすでに偽物になっているのかわからないもの」


「そうか、そういうことになるのか……」


「私の味方になってくれている人も、何人が偽物になってしまったのか……」


「偽物だと困るのか?」


「当然よ。偽物ってことはいわば敵の内通者よ。

 正直、今ここにいる私、ユウト、カントの3人以外は信じられなくなってしまったということね……」


「あああ……。なぁ、味方って俺が期待する人数以下なんだろ?

 それが一気に減少してしまうってだいぶまずいんじゃないか?」


 ユキコはむしろ威張り腐っていう。


「まぁ、もともと大していないから大きな問題はないわ!」


「いや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ……。

 俺たちのこれまでやってたこと全部筒抜けってことじゃん」


「それはそうだけど……。なんか、もう、やるせなくて……」


 そこへ急に声が届く。

 二人はびっくりしてしまったハリネズミのように、全身の毛が逆立ってしまう感覚を得ていた。


「ユキコ様!!!」


 ユウト、ユキコ両名が聞いたことのある声が届く。

 ユキコとユウトは自分の知っているその人の名前を呼ぶ。


「リサコ!」


「ガス!?」


 リサコは右手を振ってこっちに近づいてくる。その左腕がなかった。


「ユウト様!ちょっと、直してくれぇぇぇ!」


「様!?」


 ユウトはリサコの言葉遣いに驚いていた。

 自分を殺すために尾行していた人間に急に様付けでで呼ばれれば誰しもそんな顔をするだろう。

 ユウトはユキコの方を見る。

 ユキコは嬉しそうな顔をしている。

 ユウトはそんな顔を見て悟る。どうやら、味方らしい。だが……

 ユウトが抱く懸念と全く同様の懸念をユキコは抱いている。


 曰く、本物か?偽物か?


——どうしたらいい?本物か偽物かを見分けるために何をしたらいい?


 リサコは涙目になりながらユウトの前に走り込む。

 ユキコはぎょっとした顔でリサコの怪我を見る。

 どう見ても左腕が洋服ごと引きちぎられている。

 心拍に合わせリズミカルに血が噴き出している。

 ユウトは唖然とした表情でリサコを見つめていた。


 ユキコはその時閃いた。

 ユウトの“ギフト”は見たことある相手にのみ効果を発揮する。

 つまり、ここで直せなければ少なくとも、ユウトが最後に会ったリサコかどうかは判別できる。


「ちょっとユウト?リサコのこと早く治してあげて?」


「お?おおう………?」


 ユウトは言われるがままにリサコに触れる。

 リサコの左腕が急に現れる。ちぎられた服も元に戻る。

 黒い騎士団服にべっとりとついていた血も洗い流す。

 ユキコはとりあえず安心する。

 このリサコは一応、ユウトの知っている人らしいかった。

 ユウトが触れて直せると言うことは、以前に一度見たことがあるから。

 だが、確認できたのは五年ぶりにユキコの前に現れた『リサコ』が目の前にいると言う事実であり、それ以前に本物のリサコと偽物のリサコが入れ替わっている可能性は排除仕切れていない。

 

——とにかく、平静を保って接さなきゃ……。いつもどうだっけ?


「やっぱり、すげぇですね、ユウト様の“ギフト”」


「……様ってつけなくていいぞ……」


 敬っているのかタメ口で話したいのかよくわからないリサコの口調にユウトは苦言を呈する。


「あ、そう?そうしてもらえると楽で助かるよ」


 リサコはあっさりと普通の喋り方に戻る。


「正直、偉い人と話すことはほとんどなくて。

 敬語の使い方、よく話からないんだよね」


「あはは。私とユウトが寛容でよかったね!聞く人が聞いたらリサコ、斬首だよ?」


 ユキコは少しぎこちない表情だが、何とか笑顔を作る。

 リサコはそんなこと気がつくこともなく、話し続ける。


「斬首………!」


 リサコは自分の首を触って頭と体が繋がっていることを確認する。

 そんな、リサコを見てユキコは徐々に普段の自分を取り戻す。

 当然、迂闊なことは喋れないが、宮殿にいた頃のように自分の表面に一枚ベールをかぶるような気持ちで話しかける。


「それにしても、腕、どこに落としてきたの?」


「いやぁ、途中、穴に落ちちゃってね!

 すっごいでっかいカニ?

 カニが私の腕を掴んで離さなかったから、無理やり引きちぎってきたわ」


 リサコはチョキのポーズでハサミをカチンカチンとする。

 ユキコは頭を手で打ってちょっと喜ぶ。


「って、それってモリガニじゃない!

 ………壮絶な探検だったね、ブフッ。私も見て見たかったわ、モリガニ」


「何、喜んでんのよ。それにしても、いやぁ、危なかった。

 危ない森だとは聞いてたけど、ここまでやばいところだとは思わなかったな〜」


 楽しく談笑するユキコとリサコ。

 少し前まで警戒度マックスだったユウトは徐々に状況を飲み込む。


「…えっ、リサコって?えっ!?ガスじゃないの?つまり?味方だったってこと?」


「実はね!!!」


——だが、それがほんとかどうかわからないけど。

 

 ユキコが冷静にリサコを見つめる。

 リサコの見事に下手くそなウィンクが炸裂する。

 ほとんど両目閉じてしまっていた。ユウトはそれを見てげんなりする。


「下手くそ………」


「ふっ。わたしの魅力はお前なんかじゃわからないさ」

 リサコは顔を覆い、全身に影を落とすとヨヨヨと泣き出すふりをする。

 なんだかんだ、味方になってくれるのはいいことだと思いつつ、ユウトは一応手を差し伸べる。


「はぁ………。まぁ、その、よろしく」


「あ、よろしく」


 リサコはあっさりと顔を上げるとユウトのミトンの手を取り握手する。


「ねぇ、リサコ。あんた、なんか用事があったんじゃないの?」


「そうなのよ!サコから連絡があるわ」


 リサコは簡単に会議の内容をユキコに伝える。

 突然行われた会議。

 ミズコがユキコの声が出ないことを強調したこと。

 王位継承権の順位がリセットされたこと。

 三日後にEE減少に伴う国の危機に対する解決策を提示しなければならないこと。

 アルストが何らかの発表をするつもりだと言うこと。

 ミズコが結局、王になる気がないということ。


「詳しい話がしたいから、ちょっと中で話そう」


 リサコはそう言うとログハウスに入ろうとする。

 ユキコは瞬時に考える。


——もし、リサコが敵側の人間ならばカントが二人存在している現状を教えてしまうのはまずいのでは!?


「ちょっとまって、リサコ!詳しい話は今度にしましょう」


「えっ?でも、発表会まで後二日だよ?

 正直なところユキコの残したあの水蒸気機関の書類一つじゃ、サコとか困ってて。

 それに、その書類にある蒸気機関の研究者ってい人ユキコしか知らないじゃない」


「ええ。でも、多分、何しても負けるわ」


「えええ!?ユキコらしくない!もっと勝気だったイメージだけど!?」


 リサコは大仰に驚いて見せると、ユキコのデコに手を当てる。


「熱でもあるの?」


 ユキコはその手を払いのけて、言う。

 表情は柔らかく相手に全く警戒心を持たせない雰囲気だったが、彼女の頭の中では超高速で処理が行われていた。


「熱なんてないわ。

 でも、ずっと考えてて思ったことがあるのよ。

 その会議も突然始まった割に、私たちの陣営以外の人たちの準備の良さ。

 私が排除されるのが当たり前のように組んであった、婚約者や専属医師の配属。

 今の状況、全て誰かが描いたシナリオだったとしたら」


「したら?」


 リサコは問う。


「次の発表会、私に勝ち目はないわ。

 お父様ももう誰が勝つか決めている可能性が高い」


——よく考えたらお父様も偽物の可能性だってあるものね。


 ユキコは内心でそう考える。

 すると、より合点がいってしまう。

 ここまでの流れるようなシナリオ運び。


「私たちの陣営はすでに負けてるのよ」


「えっ。

 じゃあ、もうこのまま指をくわえて見てるの?ゴーストの隊員も見捨てる?」


「いいえ、あなたたちはうちで預かります。

 私らしくなく消極的で申し訳ないのだけれど、現時点で私たちの陣営は負け。

 しばらく様子を見ることにします。みんなにそう伝えて」


 リサコは不満そうだった。


「もう、何もしないのか?」


「そうは言ってないわ。

 虎視眈々とチャンスを伺うの。チャンスは必ず訪れるわ。信じて……!」


「わかった、そう伝える」


 リサコは踵を返して森の中に入る。


「あ!サコに声出していいよって言っておいてね!」


「了解」


 リサコのテンションは明らかに落ちていた。

 彼女は自分の判断が間違っていたかもしれないことをゴーストのメンバーに伝えなければならないのだから。


 隣に立ってやり取りを見ていたユウトはユキコに聞く。


「あきらめんのか?」


「はぁ?そんなわけないじゃない。

 でも正直完全にやられたわ。

 カントの偽物が暗躍していることが発覚した今。

 宮殿にどのくらいの偽物が紛れ込んでいるのかわからない状況なのよ。

 そして、宮殿で迂闊なことをする人間はすべからく獣にされ偽物を送り込まれる。

 多分、すでに敵の勢いを止められるような勢力は宮殿内に残ってないわ。

 とんでもない用意周到さだわ」


 ユキコは悔しそうにした唇を噛んでいる。

 ユキコはこの国のために昔からずっと準備してきたつもりだったのに。

 敵の方がより長い時間、周到に準備していることがわかってしまった。

 現状、勝負は完全に敵の勝利だった。


「私は相手の周到な準備に負けたわ。

 宮殿にいる仲間は余計なことをすると獣にされてしまうし、こうなってしまっては仲間の中に偽物が紛れ込んでいてもわからないわ。

 最初から偽物の可能性があるもの。

 今、私が信じられるのはユウト、あなたとあなたが“ギフト”で治したカント。

 だけね」


「どうして俺は信じられるんだ?」


「私を三度、自分を省みることなく助けてくれたから。

 一度目は子供の時。

 二度目は病気になった時、三度目は獣になった時。

 すでに、私の命はあなたのものよ。信じてもらっている分返さなきゃいけない」


「つまり、明確な根拠はないんだな」


 ユウトはそう聞いた。

 ユキコは両手を自分の顔の前で合わせると頷く。

 ユウトはフゥと息を吐く。

 そんな恩を着せたくて助けたわけじゃない。

 と思っていたが、声には出さず、ユウトは頭の後ろを掻いて言う。


「で、ここからどうやって逆転するんだ?」

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