1.2
「でも、そう考えるとつじつまが合うような気もするな。
なんか、あいつ、最近性格変わっちゃったし……」
ユウトは手に雑草を持ったまま、顎に手を当てる。
ミトンの手袋は可愛らしく、ユキコは話の深刻さとは裏腹にニヤついてしまう。
ユウトはそんなユキコの状態には気づきもせずに話を続ける。
「カントと同じ手口だったと考える……。
ユキコは獣にされかけた。
つまり、獣になってしまった瞬間に存在を排除し、意のままに操れる新しい『ユキコ』を用意する。
これで傀儡姫の完成だもんな。
獣にされかけたところから戻った時、何か起きなかったか?」
ユキコは頷く。
「いろいろあったよ。専属医師があなたのお兄さんであるカズトに変わった」
「はぁ!?!?」
ユウトは思わず雑草を引きちぎってしまう。
「ちょっと、ユウト!根っこが残らないように抜いてよ!!!」
たちまち、ミヤコから叱責を食らう。
「あ、すみません。でも、まじか。あのクソ兄貴……」
「そして、婚約者がカントになった」
「ハァァ!?!?!?!?!」
さっきより大きな声でユウトは声を上げる。
その顔は東に伝わる怒りの化身のような顔だった。
「ちょっと、落ち着いて!」
ユキコが慌ててユウトの怒りを抑えるが、時すでに遅し。
ユウトの後ろには怒りでユウトを思い切り見下しているミヤコが立っていた。
「無駄話はここまでよ。畑は神聖な場所。
騒いだら神様に怒られるのよ。敬意を払い、黙って仕事なさい」
日を受けて、もはや神々しい雰囲気を醸し出しているミヤコ。
「「はい、すいません」」
何教を信じてるんだよ……。ユウトは心の中でツッコんだ。
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野菜に木の実から作った油をかけただけの、味気ない昼飯を食べたあとユウトとユキコは外に出ていた。
ミヤコが出張診療らしくクリスと共に留守番を命じたので暇だったのだ。
クリスは自分の生活スペースへ引っ込んでしたのでユウトとユキコは表に出る。
「畑を荒らさないようにしないと、ミヤコ、怒るぞ」
「大丈夫、畑の外でやるから」
ユキコはそう言うと、腕をブンブン振り回す。
手には愛用のワニ皮手袋。
洋服以外は明らかに戦闘モードだった。
「スカートでやるのか?」
「あら、問題ある?ちゃんとパンツ履いてるわよ」
青いスカートのままだったが、この家にはズボンがなかった。
ユキコ的には見られて恥ずかしい下着は履いてないと言うことらしいが。
なんと言うか、考え方が一般と違うのは王族だからゆえだろうか。
ユウトは簡単に返事する。
「いや、ユキコが何も思わないならなんでもいい」
「エッチ」
ユキコは恥じらう女の子らしくそう言ったが、明らかに演技だった。
「へっ」
ユウトも鼻で笑う。
「……久しぶりだな、直接の手合わせなんて。
ユキコ、宮殿の生活で鈍ったんじゃないか?」
「はっ、そっくりそのまま、返すよ!?
ユウトこそ、医者の生活だけで先頭訓練は怠ったんじゃないでしょうね?」
「残念だったな。訓練、続けてたさ」
ユウトはちょうど良い木刀を拾ってきてブンブンと回す。
おそらく、ミヤコの武器だが、この際、借りることにした。
驚くほど手にフィットする。
「これ、いい棒だな」
「さて、ルールだけど、昔と同じでいいよね?
相手の急所に自分の武器を突きつけた方が勝ちってことで」
「いいぞ。スタートの合図は………」
ユウトはふと、カントの方を見る。
気持ちよさそうに寝ている。
今なら、耳元で叫んでも起きなさそうだった。
ユウトは足元に落ちていた石を拾い上げるとユキコに見せる。
「カントを起こすのはかわいそうだな。この石が地面に落ちたらにするか」
「問題なし!」
ユキコはすでに好戦的な小僧の表情を浮かべている。
二人は一歩一歩と間合いを広げる。
五メートルほど離れてユウトは小石を握って放り投げる。
小石は綺麗に放物線を描いて二人の中心へと向かう。
そして、小石が地面に落ちた瞬間。
「もらった!」
ユキコ、全力ダッシュ。
全く構えていない直立の姿勢から体重移動、一歩二歩と無駄のない動きで加速し、ユウトとの間合いを詰める。
ユキコの体が急に大きくなったかのような錯覚を覚えてしまうほどのスピード。
しかし、その程度の奇襲、ユキコを知り尽くすユウトにとっては奇襲にならない。
「それじゃ、もう通用しない!」
すでに木刀を引きユキコがちょうど間合いに入る瞬間を見極め、木刀を引き抜く。
「ほいっ!!」
ユキコは地面を蹴って、飛び上がるとユウトの横薙ぎの剣戟を躱す。
勢いそのままにユウトを蹴り飛ばそうとする。
「まだまだ!」
ユウトはズンっと体を沈めるとユキコの蹴りを躱す。
二人が交差する。
着地する、その瞬間がチャンス!
ユウトはユキコの背中を追いながらそう思った。
空中にいるユキコは着地するまで自由が効かない。
明らかに、地上にいる自分が有利だった。
「身体強化・レベル5」
「ここで“ギフト”!しかも、いきなり最高レベル!?」
ユキコは青いEEを全身にみなぎらせると空を蹴る。
空中で移動のベクトルを無理やり反対方向へ向け、バク宙する。
ユウトは地面を蹴ってユキコとの間合いを調節する。
肉弾戦が得意なユキコの間合いはとても狭い。
棒を持っているユウトは広いが懐は弱い。
つまり、間合いに入られたら終わりってことだよな!
ユウトは自分が有利になる間合いに雪子が着地するように下がる。
「おらっ!」
そして、着地するユキコめがけて木刀を袈裟斬りに振り抜く。
「甘いよ!」
通常であれば絶対に避けられない瞬間に攻撃を打ち込んだはずだった。
身体強化したユキコはいとも簡単にその木刀の横をパンっと手のひらで弾く。
「だろうね!」
ユウトは弾かれた木刀をかばうようにして、ユキコの腹めがけて回し蹴りする。
ドンっと音がしてユキコはユウトの蹴りを受け止めた、その瞬間。
「気功弾!」
ユキコの体術。
自分に向けられた衝撃をはじき返す。
相手の攻撃が自分に当たるその瞬間に発動しなければならず、超高度な技だが、ユキコの身体強化の“ギフト”と持ち前のセンスがそれを容易にさせる。
「おわぁっっっ!!!」
ユウトはゴムの塊を蹴ってしまったかのように吹っ飛ばされる。
なすすべもなく背中から着地し、後ろ向きに一回転するとすぐに起き上がる。
「どこだ!?」
周囲にユキコの姿が無い!
「上か!」
気配で察したユウトは木刀を横に構え、ユキコのかかと落としを受け止める。
「ちぃぃぃぃぃ!!」
ユキコは木刀に受け止められた右足をそのまま横にずらして、着地する
「私の間合い!」
着地した時にはすでに、ユキコが最も得意とする間合いになっていた。
強烈な拳の連打。常人だと、拳が幾つにも分かれて見えているだろう。
ユウトは心の中で舌打ちをする。
——ユキコの得意な間合いにだけは入りたくなかった!
「くそっ!」
ユウトは致命傷になる拳だけを木刀でいなし、それ以外は食らってしまった。
細かい攻撃のダメージは少しずつ蓄積し、確実に動きの鈍さへと変わる。
「ぬうぇぇぇぇいいい!!」
木刀を無理やり大振りに振る。
ユキコがのけぞってかわした瞬間に間合いを広げる。
——このままじゃ負ける!
ユウトはバッと素早く後ろに飛ぶと、懐に手を入れる。
ユキコが見たことのないユウトの攻撃方法。
「EE銃・治療!」
ユウトの手の中にEE銃のグリップ部分だけが握られている。
ミトンの手袋を剥ぎ取るように取っ払い、グリップだけの銃を構える。
あっという間に銃の部品が集まり、かちゃかちゃと組み立てられ完成する。
すぐさま、ユウトは引き金を絞る。
バァン!とEEの始める音がして鉄の弾丸が飛ぶ。
ユキコの左足を狙った。
「うおう!」
だが、身体強化の“ギフト”は条件反射の速度も速めている。
銃を見て射線を見切ったユキコは素早く左足をずらす。
「ちっ!不意打ちだったはずだが、かすっただけか!」
「びっくりした!!」
ユキコは目をまん丸に開いて驚いていた。だが、嬉しそうに笑う。
「ユウトは工夫して戦うのが好きだね?」
「まぁな?」
余裕そうな表情を浮かべてユキコを見ているが、内心は追い詰められている。
——くそっ………。
——銃が打たれてから当たるまでコンマ数秒だったのに、見切って避けられた。
——次からは銃撃にも注意されてしまうのはすぐに分かることだった。
——考えろ、ここから逆転する方法を!
ユウトは銃をどんどん打ち続ける。
ユウトの銃は自分のEEを流用しているため、弾を打つとEE銃の一部が欠けたことになる。
すかさず、ユウトの
つまり、ユウトは自分のEEが尽きない限り、永遠にEE銃を打つことができる。
「ユウト!そんな風に銃打ち続けても当たらなかったら意味ないよ!」
ユウトの銃撃を軽々とかわし続けるユキコ。
ユウトは急所に当たらないよう注意しながら、ユキコが近づこうとする時には必ずその機先を制するように銃撃し続ける。
「いや、少なくともユキコの体力を削ることはできてる!」
「ふふっ、意味あるとおもってるの?」
全くその通りだ。とユウトは思う。
ユキコの体力は無尽蔵だ。
昔からずっとそうだった。
五十キロくらいなら走ってもケロッとしている。
しかし、ユキコもユウトが本当に体力を削るためだけに銃を打ちまくってるわけではないことくらいわかっていた。
ユウトは戦闘を工夫する。
その工夫で子供の頃はユキコから一本を取っていた。
いつも手を変え品を変え攻撃してくれるので、ユキコの先頭のバリエショーンは大幅に増えた。
ユウトはEE銃をある一定のリズムで打ち続けていた。
一定のリズムは人の中に入り込み、その認識を狂わせる。
次の銃撃も同じリズムになるはずはない。
そう思っていても、体は反応してしまう。
ユウトの狙いは単純だった。
最後の一発を打った後、次のリズムがくる時に銃口をユキコの顔に向けたのだ。
ユキコはぎょっとして頭をそらした。
ユウトはユキコが驚いている瞬間を逃さない。
——ここだ!
「オラァ!!!」
ユウトは渾身の気合を込めて自分の木刀の間合いに入る。
首元に吸い込まれる木刀、あとは木刀をユキコの首に突きつけるだけだったが。
「身体強化・レベル9」
「なにっっっ!!」
のけぞったユキコはそのままバク転。
着地とともにダッシュしユウトのみぞおちに二本指を当てる。
木刀をアホのように振り抜いてしまったユウトは、自分の下に潜り込んだユキコを見る。
今度こそ、ユウトはユキコの動きを目で追いきれなかった。
気が付いた時には急所を抑えられ、自分の負けが決定していた。
ニヤリと勝ち誇った顔をしたユキコの顔がすぐ近くにあった。
ふわりと香る彼女の匂い。
いつもの高級な石鹸の匂いとは違う、女の人らしい匂い。
ユウトは体が急に暑くなるのを感じ、パッっとユウトは距離をとって座り込む。
ユキコはふぅと息を白と上気したほおに伝う汗を拭う。
ユウトは息を整えてから言う。
「やられた……。まさか、身体強化にまだ上があったとは……」
「私だって成長してるもの。
子供の頃の最高レベルなんてとうに超えてるに決まってるじゃない。
でも、ユウトもなかなかだわ。
まさか、『打たない銃撃』が私を抑えるなんて思いもしなかった」
「人は物事に対して無意識に規則性を求めるものだからな。
それに、銃弾を避けるには予測することが重要だ。
ユキコは銃口を見て避けている感じがしたから、これまで足元ばかりに集まっていた銃口が急に自分の顔に向けられるとびっくりすると思ったんだ」
「ふふふ。さすがね。
チコでも私をここまで追い詰めたことはないわ。褒めてあげる」
「そりゃどーも……」
だが、ユウトは少しがっかりもしていた。
EE銃とのコンボならば、超短距離を得意とするユキコに勝てると思っていたが。
ユキコは持ち前の速さで遠距離をものともしないらしい。
これからはユキコの間合いがもっと広いものだと思って対処しなければならない。
「次は負けない……」
「えー?、勝てるかな?」
ユキコはそういうとカントの方を見る。
「カントとも久々に手合わせしたいな」
「……そうだな」
ユウトは頷いた。心臓がばくばく言っている。
目の前にいるユキコはいつもの姫様というような雰囲気が全くなかった。
それこそ、姫らしい品位は脱ぎ捨ててしまったのだろう。
だが、だからこそ、健康的な美人が目の前にいた。
こっちを向いてほしい。
ユウトはなぜかそう思った。
いや、もうユウトの中でなぜかなんて考えは吹き飛んでいた。
——俺は……。もしかして俺は……。ユキコがカントの胸の中で泣いていた時から。カントが婚約者になってしまったと聞いた時から。いや、もっとずいぶん昔から、ユキコのことが……。
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