2.7
「ちょっとわかってきたかも……!」
ユキコはガスをここまでずっと必死で観察していた。
立ち位置、攻撃の開始位置、振り方、重心……。
そしてユキコは直感的に理解する。
「わかっちゃったかも、あなたの剣戟の秘密……!」
「へぇ?」
ガスは余裕そうな表情を浮かべると、ふわっとユキコから距離を取る。
だが、ユキコは拳を振りかぶると遠いはずのガスめがけて拳を叩き込む。
ドンっと衝撃が走りガスを吹き飛ばす。
「やっぱり。あなたの音がしない攻撃と気体のようにふわふわとしたステップ。
これがカラクリね!自分の間合いを無視して私に近づいたり遠ざかったり!
私の遠近感を破壊することあなたの攻撃の味噌ね!」
ガスはニコッと笑うと、ユキコにぐんと近づく。
ユキコは見抜いたっとばかりにガスのボディに拳を叩き込む。
ガスが私の間合いに入るのはほんの一瞬だけ。
その時、ユキコに必要以上に近づくことで長い時間私の間合いの中にいると錯覚させている!
——今!
ユキコはガスが自分の間合いに入った一瞬を狙って殴る。
しかし、拳は空を切ってしまう。
「うそっ……!違うの!?」
「残念、外れ!」
——ガスの斬撃!避けられない!
袈裟斬りにされたユキコはぴょんぴょんと跳ねて後ろに離れる。
「ううっ、失敗…!」
胸を抑える手には血が溢れる。
深くは切られてない。
ユキコは完全に負け、心臓まで切られてもおかしくなかった。
——失敗?いや、私は完全にガスに殺されてもおかしくなかった。
——なすすべなく切られてしまったのだから。なぜ……?
ガスはニンマリと笑うと言う。
「合格。いいわ。逃がしてあげる。ソリッド!」
「了解」
ソリッドはミヤコから大きく距離を取るとガスの後ろに控える。
その様子にカントが怒る。
「何を言ってやがる!こいつらは捕まえなきゃいけねぇんだよ!
何勝手に戦闘やめてんだ!」
「うるさい」
ガスはいつの間にかカントの背後にいた。
カントは首筋を叩かれ、気絶させられた。
ふにゃりとこんにゃくのようになってしまったカントはレイトが抱える。
「うっ、貴様……!一体何を考えていやがる……」
「まず、第一に私たちの主人はあなたじゃないわ」
「何を言ってる……?ドワイト王の言いつけにより、俺が今の主人……だろ……」
「そこからが間違いなの。あなたの言いつけを守る必要はない。
そして、私の目的のためにあんたは邪魔なのよ」
ユキコは胸の傷を抑えながら聞く。
「あなたの目的って……?」
「あれ?ユキコ、久しぶりなのに、私のことわからない?」
「えっ!?その声、もしかして、リサコ!?!?」
「そうよ!忘れちゃったの!?」
「『忘れちゃったの!?』じゃねぇよ!」
ユキコはワニ皮の手袋をはめたまま、ガスことリサコを本気で殴りつける。
「あんたを、ドワイト王の元へ送り込んだのはもう五年も前の話よ!!
一度も報告よこさないから死んだと思ってたわよ!!」
「しょーがないじゃない!時間かかるって言ったじゃん!!
ゴーストの一員として認めてもらうためには“ギフト”なしで“ギフト”持ちと渡り合う力が必要だったんだもの!
そんな、力、一日、二日で身につくわけないでしょ!!」
「そうだったとしても!報告ぐらいよこしなさいよ!!」
「そんなこと言われても、報告するようなこと、ほとんどなかったんだって!」
「そ・れ・は!!!私が判断することよ!あんたじゃないわ!!」
ゴンっと額をぶつけ合って、ユキコとリサコは睨み合う。
五年前、ユキコに王の様子を報告せよと命じられたリサコ。
まっかせといて!と軽い口調で潜入捜査に向かったが、リサコから連絡が来ることはなかった。
ユキコは信頼する仲間を一人失ったと考え、それ以降、仲間を派遣するときには慎重に考えてから行うようになっていた。
「まぁ、いいじゃない。こうしてまた会えたんだし」
「あんたの、その、超楽観的なとこ、昔から嫌いだったわ」
「ええっ、素直じゃないなぁ〜」
リサコはユキコの頬を人差し指でグリグリする。
ユキコがぶちぎれる寸前に、ソリッドが近づいてくる。
「この方が、リサコの言う、希望なのか?」
「ええそうよ」
「……あなたは?」
ユキコはソリッドを見上げて、睨みつけている。
「俺はレイト。部隊ゴーストの副隊長です」
「副隊長?隊長は?」
「わたし」
ユキコはまたも、リサコに飛びかかって顔を引っ張る。
「いたたたたたたたたたた!!!ユキコォォォ!痛いれふぅぅぅぅぅぅ!」
「な・ん・で!
私の部下であるあんたがドワイト王の直属部隊の隊長になってんのよ!?」
「成り行きでそうなったんだから仕方ないじゃない!」
「何が成り行きよ!立派な、利敵行為じゃない!!」
「ええ!?
だって、信じてもらうために必死で技磨いてたらいつの間にか部隊内で最強になっちゃったんだもの!
しょうがないじゃない!
隊長の職受けない方が怪しまれるもの!」
「そこらへんはうまいことやんなさいよ!このブス!!」
「ああ!!私の気にしてること言った!気にしてること言った!!!
ユキコこそちょっと太ったでしょ!!
最近あんまり運動してないんじゃない!?!?
デブデブデーーーブ!」
「ムキイィィィィィィィ!!!」
「ウガァァァァァァァァ!!!」
猿のように怒るユキコと犬のように吠えるリサコ。
結局、言ってしまえば犬猿の仲なのだ。
レイトはハァとため息をつくと間に割って入る。
「いい加減にしてください。
私はリサコのようにあなたのことを知りませんから、無条件で信じるわけにはいきません。
そこで、取引をしませんか?」
ユキコはリサコから目を外し、レイトのことを見つめる。
レイトは真剣な眼差しでユキコのことをじっと見ている。
ユキコに賭ける価値があるのか、本当に望むことを叶えることができるのか、値踏みするような、そんな視線。
「取引?」
「はい。私たちゴーストは暗殺集団。
私は必死で勉強し、ある程度学がありますが、集団としては正直なところ殺すしか能がありません。
ドワイト王の直属としていろんな人を殺してきました。
ところが、最近になってドワイト王からの指令が全くなくなってしまったのです。
つまり、我々はある意味で用済みになってしまったのです。
このままでは私たちの命が危ない。
でも、命を守る方法を自分たちでは考えられません。
そこで、リサコが提案してくれたのが、ユキコ様、あなたの配下になると言うことでした」
ユキコはリサコのことをジト目で見つめる。
一歩間違えれば自分自身がスパイであることをばらした上で殺されかねないことを平気でやってきたと言うのだ。
どうして、リサコが何も考えずに進めることは必ずと言っていいほど良い方向に転がるのか理解できなかった。
レイトに対してユキコは言う。
「なるほど、それで、取引と言ったけれど。
あなたたちが私に差し出すものは?
そして、私に要求するものは何?」
「はい。我々があなたに提供するのは我々の戦闘力です。
ゴースト部隊三十人の戦闘能力を提供します。
代わりに、あなたが王となり、我々の地位を必ず担保してください」
「私が王になれるとは限らないわよ?」
レイトは目をつぶり首を振る。
「いえ、この国はすでに傾いている。
私はあなたが開発している物に希望を託したいと思ったんです」
「へぇ?知ってるんだ?」
「リサコから聞きました」
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐふぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
ユキコのラリアットはリサコに綺麗に命中した。
ハァ!と息を吐き、気分を落ち着かせたユキコはレイトを真っ直ぐ見つめて手を差し伸べる。
「そう言うことなら、話は早い。
私は戦力を必要としている。あなたたちは地位を必要としている。取引成立ね」
「よろしくお願いします」
レイトはユキコの前に跪いた。
ユキコの手を握ろうとしていたリサコもレイトに押し込まれユキコの前に跪く。
ユキコは空いてしまった手をぷらぷらさせる。
この場合、レイトの方が正しい行動だった。
配下になると言うのに握手してしまっては同列の扱いになってしまうからだ。
ユキコはレイトの細かな配慮ができるところをすでに評価し始めていた。
「それじゃ、リサコ。後で、ゴーストの隊員の名簿、出しておいて」
「えっ?ゴーストは幽霊だよ?隊長と副隊長以外、名前ないよ?」
「なら、全員分の名字と名前、決めておきなさい。
私が王になったらあなたたちは肉体を得るんだから」
リサコはぺこりと頭を下げる。
「さて、今はあまり詳しい指示なんて出せないから。
取り合えず宮殿にいるサコを助けてあげて。
多分、しばらくは宮殿内の方が危険だから」
「わかりました」
「向こうに着いたら、サコにあって、開口一番にこう言って。
『姫様の髪の毛をお持ちしました』」
レイトは不自然な顔をして言う。
「…………髪の毛ですか」
「ええ。肝心なことは何も持っていない手で髪の毛を渡すフリをするところよ」
「なるほど、わかりました」
リサコが顔を上げて言う。
「ねぇ、ユキコは戻らないの?」
「私はやることあるから、ちょっとね。
大丈夫よ、宮殿にいるサコが私の替玉だから」
「そんな、簡単に替玉できるの?」
「会えばわかるわ」
リサコとレイトは頷き合うと、立ち上がる。
レイトはユキコに対して敬礼を決めると言う。
「では、ユキコ様。約束、必ずお守りください」
「当然よ」
ユキコとミヤコ、エルザは街道の脇にある深い森の中へと消えて行った。
取り残されたリサコ、とカントを抱えるレイト。レイトはリサコに言う。
「本当に大丈夫ですか?あんなお姫様と手を組んで」
「大丈夫よ。ユキコは私が見込んだ女だもの。
言ったことは必ず守るわ。
問題は私たちがきちんと任務を全うできるかどうか」
「リサコはいいんですか?俺たちなんて抱えて。
もともとユキコ様の部下だったのなら、ゴーストなんて見捨てて戻ればいいじゃないですか」
「ふっ、それを聞くのは野暮ってものだよ」
リサコは恥ずかしくて言えなかった。
潜入して実態を知れば知るほどゴーストの面々に同情してしまい、見捨てられなくなってしまったことを。
「とにかく。ユキコに味方すると決めた以上、仕事をこなさなきゃね。
名前も考えなきゃいけないし。さぁ、行くわよ!」
パン!っと一回、リサコが手を打つ。
倒れていたゴースト達は一人また一人と起き上がるとカントはユキコたちが消えた方とは反対の方向に音もなく消えて行った。
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