1.3
「悪いがそういう人の相手は嫌というほどしてたんだ」
ユウトはすたっと着地を決めると、攻めに転じる。
完全我流ではあるが、自分なりに攻撃の滑らかさ、相手の避け方、最後攻撃を決めるための布石の打ち方、全て自分なりに研究し体に覚えさせてある。
急に攻めに転じたユウトに、ガスは少し驚き、対応に迷っていた。
しかし、すぐにユウトの攻撃はガスにことごとく防御されるようになってしまう。
ユウトの枝は剣で受け止められ、拳でいなされ、見切られ、最後には躱される。
ガスの戦闘は不可思議そのものだった。
ユウトは距離感の把握がうまくできない。
ふわりふわりと浮かんでるようなガスの攻撃。
遠いと思っていた距離は近く、近いと思っていた距離は遠い。
枝を振り回した時、当たると思っていた攻撃は空を切り、当たらないと思った攻撃を受け止められる。
間合いがわからなくなる。
「なんなんだ…!空気と戦ってるみたいだ…!」
ユウトはガスのふわふわとした攻撃に苛立ちを覚える。
徐々に攻めに転じたはずのユウトの方が焦燥感にかられる。
「くそっ、これ以上は枝が持たない!」
ユウトは声に出してそう言った。
戦場で自分の武器が限界であることをわざわざ敵に教えるバカはいない。
いたとしてもすぐに淘汰されるだろう。
やはり、そんなバカはいなくなる。
だが、ユウトはこの発言をわざと行うことで自分の覚悟を決め、ガスを誘導する。
——“ギフト”を使う!全力を出し、意表を突かなければこの人には勝てない。
——そして、未練などなくなりつつあるが、まだ死ぬわけにはいかない!
この人の目であれば自分の“ギフト”がどんなものなのか間違いなくバレる。
だが、ユウトは迷っている余裕などなかった。
殺さなきゃ殺される。それが世界だ。
ユウトは枝を大きく振る。
ガスがその枝を避けたタイミングで一気に距離を取る。
ユウトはそのタイミングで左手の手袋をとって捨てる。
右手は手袋をつけたまま枝を握り、左手は素肌になった。
ユウトが攻めを緩めたこの瞬間、ガスが攻めに転じる。上段に構えたガス。
——キタぁぁぁぁぁ!
ユウトはガスが上段から振り下ろしてくる、その剣に向かって枝をぶつける。
ここまででユウトはひとつだけ仕掛けをしていた。
ガスの剣戟を枝の一部で受け続けたのだ。
その部分には他の部分より剣によって削られ壊れやすくなっていた。
ユウトの狙い通りとなった。
枝はガスの剣戟を止めることなく、スムーズに折れる。
「治れ!」
ユウトは手袋を外した左手を添える。枝
は一瞬で元どおりの形に戻る。
戻ると言うより折れた部分から全く同じ形をした枝が生えてきたと言う方が正しいだろう。
吹き飛んでいった枝の先端はすうっと消える。
ガスの剣戟をゴーストが通り抜けるが如く突破する。
ユウトはガスの懐に入り込むことに成功した。
ガスが驚きで目を見開く。
ガスは自分の剣戟で前に進んでいる。
避けきれないと判断した彼女は左腕を犠牲にする。
ユウトの枝がガスの左腕にあたり、ガキィンと高い金属音が響く。
左腕に籠手を仕込んでいたようだ。
そして、空振りした剣を無理に戻すとユウトの心臓に狙いを定める。
「惜しかったな!」
だが、ユウトに焦りの表情はなかった。
「あなたもね」
ガスは再度驚く。ユウトの左手にはいつの間にか銃が握られていた。
「EE銃。EEの爆発で鉄の弾を飛ばす。
込められる弾倉は一発だけだが、あなたの頭を吹き飛ばすには十分だ」
自分の命も危険にさらされていたと言うのに、ガスは嬉しそうに笑うとユウトの顔を見る。
「相打ちか。だが、なぜわたしを殺さない?」
「私が医者だから。殺すことを生業としていませんから」
「それだけ?」
「それだけです」
「ふふ、ふふふふふふふふふふ」
ガスは声を上げて笑い出す。
そして、何やら満足げに頷くとばっとユウトと距離を取った。
「ちなみに、どこに銃を隠し持ってたんだ?」
ユウトは両手を広げてはぐらかそうとする。
だが、ガスはニヤリと笑って言う。
「身体中にバラバラに仕込んでるんだな?」
もう、ユウトの持っている“ギフト”について、だいたいバレたらしい。
——おそろしい観察眼だな。
「どうでしょう」
だが、ガスはその返事だけで良かったようだ。
「なるほど。つまり、あなたはユキコ姫の……」
最後の方は聞き取れなかった。だが、ガスはユウトにウィンクすると言う。
「次は正々堂々、決闘しましょ」
「もう二度とごめんですね」
ガスは影のようにすっと暗がりに溶け込むと、消えてしまった。
「なんだったんだ……。俺は結局濡れただけじゃないか」
ユウトはびちゃびちゃになってしまった手袋を左手にはめ直す。
「濡れちゃった手袋ほどもう一度つけたくないものはないな。
あ、靴下も同じことが言えるな」
ユウトは濡れた服をパンパンと払って簡単に水気を飛ばした。
宮殿の中はとても静かだった。
どうやら今日は来客などほとんどないらしい。
赤い絨毯が敷かれた廊下。
絨毯の端に施されていた金色の刺繍はこの前とは違い、庭に咲いていたアルカリの花になっていた。
アルカリの花の花言葉は『逆境を乗り越える涙』。
この花は塩基性の強い土壌でもぐんぐん育ち、綺麗な花を咲かせる。
そのことからついた言葉だろう。
ユウトはアルカリの花が最近好きになりつつある。
エレベーターに乗る。
いつもならエレベーターにいるはずのチコもいなかった。
自分でエレベーターを操作しユキコの部屋がある階のボタンを押す。
エレベーターは、ゴウンと低い音を立てて登る。
チーンと音がなり到着したことが告げられると扉が開く。
ユキコ姫の部屋の前、ロビーにも人がいなかった。
ユウトはいよいよ不安を感じる。
「なんなんだ……?」
ユウトはとにかくユキコ姫の部屋の前まで行くとノックをする。
「ユキコ姫、ユウト・エリュシダールです。
本日の診察に参りました。また、ご相談したいこともあるのですが……?」
だが、返事はない。
——約束の時間より少し早くきてしまったことが問題か?
——約束の時間より三十分早くきてしまったが……。
「すみません、失礼します!」
後ろから現れたのは皿一杯に切ったキャベツを乗せたチコだ。
彼女はユウトの前を走って通り過ぎるとすぐに部屋の中に入る。
ユウトは一瞬だけだったが、部屋の中の様子を見ることができた。
「なんで、あんなにキャベツが散乱してるんだ……?」
バタン!と閉められた扉。部屋の中の匂いが溢れてくる。
「いつもの油のような匂いとは別に、何の匂いだ……?」
すると、部屋の中からサコが現れる。随分と疲れた表情を浮かべている。
「サコさん。ユキコの検診にきました。中に入っても?」
「ユウト様、本日はお引き取り願います。大変申し訳ありません」
「何か新しいペットでも飼ったのでしょうか?」
ユウトは前にユキコが見つけて来た猫を思い出す。
ユキコが覗き込むと怒り狂って襲いかかって来た野良猫。
ユキコは顔に思いっきり引っ掻き傷を作っていた。俺が治してあげると、その隙を狙って俺の手を引っ掻いて来た。
「いえ、そう言うわけではないのですが、姫様はしばらくあなたとお会いにならないそうです」
ユウトは自分の後ろに突然、崖があるかのように感じた。
その崖は底が見えないほど深く、光の届かない部分が黒く、どんな物でも飲み込んでしまいそうだった。
「それは、どう言う意味でしょうか……?」
「言葉通りの意味でございますが?」
サコは不思議そうにユウトのことを見ている。
まるで、そうなることが当然であったかのように。
まるで、ユウトの方がおかしいと言わんばかりに。
「あ、いや、その、体調が悪いのであれば、私が診ますが……?」
「いえ、本日はお引き取りを」
サコはぺこりと頭を下げると部屋の中に下がってしまった。
「まっ……!」
バタンと扉は閉まり、ユウトはリビングに取り残されてしまった。
崖はもうかかとのところまで来ていた。
谷底から何かの唸り声すら聞こえる。
「俺は、必要ないのか……?ユキコ……?」
足元の地面はついになくなった。
重力に従って落ちていく。
下へ下へ。日の光が届かなくなるまで。
真っ暗な崖の中で希望が感じられず、体の中に絶望のみが濃縮されてゆく。
そこへ突如、肩に手を置かれる。
「はっ!」
ユウトは忘れていた息を吸い込む。
勢いよく後ろに振り返ると、そこには初老の男が立っていた。
髪の毛は白くなり始め顔にはシワが現れている。
だが、その顔には過去に女性からの黄色い声を集めていたことがわかるような面影がある。
物腰柔らかで優しそうな雰囲気を感じさせる。
「専属医師のユウトくんだね?
私は魔法科学大臣を担当しているルビロトだ。
君に話して置かなければならないことがあるんだが……」
しかし、ルビロトは振り返ったユウトの顔を見て言葉を失う。
「なんて顔をしているんだね……?」
「……すみません。ご用事はまた今度うかがいます……。
今は話を聞く余裕がありません」
ユウトの暗すぎる雰囲気にルビロトは少したじろぐ。
「そ、そうかね。まぁ、急ぎの用ではない。明日か明後日に私の部屋に来てくれ」
「はい……」
そう言ってルビロトはいなくなった。
しばらくユウトはユキコの部屋の前から動けなかった。
扉が開くんじゃないか。
チコとサコが迎え入れてくれて、ユキコが偉そうに座っている。
自分のことを女扱いしていないだのなんだのとユウトに文句をつける。
サコがそれをなだめながら笑っている。
ミギトは紅茶を淹れる。
ミギトの紅茶はとても元気が出る。
不思議な効果を持っているのだ。
チコは櫛を使ってユキコの髪をとかしている。
小さいが楽しい空間。
「俺は……君からもそう言う扱いを受けてしまうのか……!」
気がつくとユウトは行きつけのお店にいた。
どうやって移動したのか、誰かと話したのか何も覚えていない。
体が冷えている。雨に打たれていたらしい。
いつの間にか、店はバーの時間になっていたらしい。
ユウトはランチの時にいつも座る席に座った。
「マスター……。お酒。強いやつ」
「珍しいな。あんたがうちのバーに来るなんて。いつもランチだけじゃないか」
「今日はそう言う気分なんだ……。別にいいだろ?
あんたはバーのマスター。俺は客。お酒を出してくれればいいんだ」
バーのマスターは困った顔をしながらもお酒の用意をする。
コップの中に注がれた琥珀色の液体が氷の表面を撫でて濡らす。
「まぁ、お前さんの言う通りだな。
俺はバーのマスターとしていろんな悩みを聞いて来たが、ここで話してスッキリして帰るやつとスッキリせずに帰るやつを観察していてわかったことがある」
マスターはそう切り出すとコップを磨きながら話を続ける。
「悩みっていうのは話すと楽になると良く言うが、それは違う。
話して楽になる悩みっていうのは大きく分けて二つだけだ。
一つ目は自分の中で潜在的に結論が出ている時。
こっちの時には話せば話すほど自分の選択が正しく感じられる。
こう言う奴はアドバイスをしたところで聞いちゃいねぇ。
人のアドバイスを聞くとそれが間違っているように感じられるからな」
「もう一つは取るべき選択が、本人の見えていない変数で決定されている時だ。
この時、話のわかる人に相談するとその判断基準を提示してもらえる。
こう言うやつは大体悩むべきところで悩んでいないタイプだな。
悩むべきはこっちだよと示してやるとスッキリする。
だがな、世の中そんな簡単じゃねぇよな」
ユウトはぼんやりとマスターの話を聞いている。
だが、会話する気にはならない。
「逆に相談しても上手く意味をなさない悩みが二つある。さっきのも二つだったな」
マスターは何がおかしいのかクスクス笑う。
そして、話を続ける。
ユウトはそんなマスターに少しイライラする。
ゴクリと酒を一口で飲み干してしまう。
「人間関係がうまくいっていないという悩みとお金が足りないという悩みだな。
前者は当事者たちに向かって話してないから、本人の愚痴大会になって終わる。
日常に戻ればその悩みはまたその当事者へと降りかかる。
結局、店に来て酒を飲む羽目になる。
お金の悩みは話しても貸してくれる人はほとんどいないということだ。
そうやって愚痴っている間に働いた方が意味があるだろうな。
なぁ、あんたの悩みはどんなのだ?」
ユウトは思わず声を荒げる。
「偉そうに人の悩みを語るな!
俺の悩みはそんな簡単にまとめられるようなもんじゃねぇよ!
いいからあんたは俺に酒だけだしてりゃいいんだ!」
マスターは両手を上げて降参のポーズをとると、ユウトのカップにおかわりの酒をいっぱい入れるとその場を離れた。
ユウトは琥珀色のお酒、その水面に映っている自分を見つめる。
——今俺はどんな顔をしてるんだ………?
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