第7話『俺が こんなに可愛いわけがない・2』


『俺が こんなに可愛いわけがない・2』



 でも、なかなか「俺」は「あたし」にはさせてもらえなかった……。


「なあ、薫、昨日は翔太から助けてくれてありがとう」

「いいよ、俺も、あいつ嫌いだし」

「そうなんだ……でも、それだけ?」

「弱い者イジメするやつも嫌い……だから」

「あ、ボク腕力ないってか、バイオレンスはね……」

「あ、午後の部始まる。大ホール集合ってるぞ」

「あ、うん……」


 Mは会話を切られて所在なげだった。MはH高でも珍しく勉強ができるイケメンだった。斜に構えたり肩を怒らすことなんかしなかった。だから、一時Mに好意をもったこともあった。

 でも、Mと少し付き合って分かった。こいつはH高という狭いところで超然としていられることだけで満足。翔太のようなアクタレがいくらワルサをやっても、我関せず。だから、もめ事はなかった。


 そういうチンケなところが見えてから、Mとは距離をとった。今は、ほとんど関心はない。それより、昨日助けたことで、変な誤解をしているところがウザイ。


 ウザさは、午後の撮影が終わって限界を超えた。


「な、もっかい付き合い直そうよ。今でもボクのこと好きなんだろ。どうせ翔太とやっちゃったんだろ。もっと深いところで……」

「深いところでオネンネしてな!」

 俺、あたしは観客席を立ち上がったMに足払いをかけると同時に背負い投げで通路にぶっ飛ばした。だめだ、由香里が怯えてる。妙な図だった。バッチリ清楚に決めた俺、あたしがネッチリだけどイケメンのMをぶっ飛ばし、ヤンキーっぽい東亜美の姿をした由香里がビビッテる。


 で、監督が、それを観ていた。で、大阪でのロケにも付き合うことになってしまった。


 本物の真田山学院高校を借り切って撮影。あたしはエキストラから、ちょっぴり出世して、主役のはるかのクラスの学級委員長になり、少しだけど台詞までもらった。

「クラスいろいろ居るけど、気にせんとってね」と「起立、礼、着席」ここでは素直に起立しない我が従妹由香里演ずる東亜美に清楚にガンをとばすことまでやった。

 ちょうど俺からあたしに変わろうとしている俺、いや、あたしにはピッタリだった。


 撮ったばかりの映像を試験的に見ることをラッシュというらしいけど、それを観ると、俺、あたしはほぼ完全な女の子に戻りつつあった。

「薫ネエチャン。こんなに可愛かったんだ!」

 由香里がため息をついた。


 オーシ、このままアタシは女の子に、それも頭に「可愛い」冠を付けてなるんだ!


 この願いは、簡単には実らなかった。主役のはるかが、親友の由香を張り倒すシーンがあった。はるかという人は若いけれど、良い役者だと思っていたが、こういうシーンは苦手なよう。それに殴られる方の由香、佐倉さくらさんのウケもまずかった。殺陣師の人が形を付ける。さすがはプロで、それらしくみえるんだけど、監督は不満。

「アクシデントって感じがほしいなあ。なんか、ほんとのケンカの瞬間に見えちゃうよ」

 役者も殺陣師も困ってしまった。


「あたし、見本やります」気が付いたら口にしていた。


 髪を由香と同じポニーテールにして、はるかさんにどつかれる。拳が飛んでくる寸前に無様に吹っ飛んで、中庭のコンクリを転がる。ケンカ慣れしているので、衝撃は吸収してるので、そんなに痛くはない。由香里は見てるだけで痛そうな顔。

「よし、ここ吹き替えでいく!」ことになって、二度ほど撮った。直ぐにOK。

 あとは、殴られた瞬間の由香のアップだけを別撮りして合成。みんなに喜んでもらって、あたしは、今まで感じたことのない喜びを感じた。不覚にも……いや、上出来の女の子の涙が流れてきた。


 これで、俺の薫から、あたしの薫に変身……するはずだった。


 あたしは、見かけとのギャップが買われ、スカウトされてしまった。

 最初は、バラエティーのゲスト。それも、我が従妹一ノ瀬由香里のお供え物的な出演だった。

 それが、夏の終わりには、テレビの単発ドラマの主演になってしまい、


 ギャップのカオルで、通ってしまった。まあ、一応女の子として認めてもらえたのでOK。


 でも、出待ちの女の子のファンには、まだまだ慣れない俺、いや、アタシでした……。


 『俺がこんなに可愛いわけがない』 第一部 完 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の従妹がこんなに可愛いわけがない 武者走走九郎or大橋むつお @magaki018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ