第6話 俺が こんなに可愛いわけがない・1
『俺が こんなに可愛いわけがない・1』
由香里が可愛いのは分かっただろうから、今日からタイトルがかわるぜ。
今日は、由香里に付き添って、Hホールのロケに行った。
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の中のピノキオホールと、コンクールの本選の撮影をやるので、新聞を通じてエキストラの募集もやっていた。
市内の高校四校にも、募集の案内が来ていたのだ。
断っておくけど、市内には五つの高校がある……。
勘のいい人にはわかるだろ。いや、でしょ? 我がH高校は、その評判から、エキストラの案内は来ていなかった。むろんネットで流されている一般募集で出られないこともないが、所属のところに「H高校」と打ち込むと、それだけでハネられるという噂だった。合格者には、ネットアドレスで「合格証」が送られてくる。俺……あたしは由香里の従姉で、ヤンキーの演技指導もしたし、マネージャーに顔も通っているので、なにも言われずに、堂々と付き添いで出かけた。
「え、君が、あの時会った従姉さん!?」
マネージャーも他のスタッフも驚いていた。この業界の人たちのヒラメキは大したもので、あたしを由香里の側に置いて、少し由香里のことを嫌がっている女子高生という設定で出演させてくれることになった。あたしが側に居た方が、由香里が安心して演技が出来るからだ。
そして、本番直前に気が付いた。翔太にボコボコにされたMが真後ろに来ていた。
「よう、薫。それ衣装? メイク? すごいイメチェンじゃん。あ、こないだはどうもね」
「それは、もういいから。それよりエキストラなんだから、あんまし目立たないようにね」
「わかってるよ」
最初は、雰囲気を掴むためと、そのものを撮るために、劇中劇の『すみれの花さくころ』が、そのまま上演された。プロだから当たり前なんだろうけど。切ないファンタジーに感動した。で、ラストは助監督の田子さんの指示だけではない、ごく自然な拍手が起こった。
「はい、みなさん、大変けっこうでした。これからカット毎のシーン取りになります。その都度初めて観たような感動くださいね。では、由香と裕也が感動するところ抜きでやります。一回リハーサルやりますんで、よろしく」
観客席の由香役のさくらさんと勝呂さんのところに薄いライトが当たりレフ板やマイクを持ったスタッフが周りを固め、二台のカメラが付いた。あれだけの人に囲まれながら、よく自然な演技ができるもんだと感心した。むろん劇中劇にも。すみれと幽霊のかおるが仲良くなって、新聞の号外で紙ヒコーキを折って大川に飛ばしにいく。紙ヒコーキは風に乗って見えなくなるところまで飛んでいく。
そして、かおるの体が透けて、消え始める。
すみれ: かおるちゃん……。
かおる: これって、成仏するともいうのよ。だから、そんなに悲しむようなことじゃない……。
すみれ: いやだよそんなの。かおるちゃんがこのまま消えてしまうなんて!
かおる: 大丈夫だよ、すみれちゃんにも会えたし……。
すみれ: いや! そんなのいやだ! ぜったいいやだ!
かおる: すみれちゃん……。
すみれ: ね、あたしに憑依って! あたしに取り憑いて!あたし宝塚うけるからさ!
かおる: だめだよそれは。そうしないって決めたんだから。
すみれ: あたし、素質あるんでしょ? あたし宝塚に入りたいんだからさ。ね、お願い!
指示されていなくても、泣けるシーンだ。観客席には再び感動の波が押し寄せてきた。
そして、もう三カ所ほど部分撮りして、午前の部が終わった。あたしは劇中劇の感動もあって、本当に女の子らしい薫……奇しくも劇中劇の役と同じ名前。そんなかおるに成れたと思っていた。
でも、なかなか「俺」は「あたし」にはさせてもらえなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます