矢作萌夏と真幌繭 二匹のファーストペンギン






二年前の握手会でさっしーに読まれた私の大学ノート

そう、まだあの話には続きがあったんだ・・・。




「ちょっと待って」


何気に サラサラと音を立ててページを繰っていたママの手が止まる。

一冊目の最後のページ。



( だから、夢は博多でさしこと一緒に歌い踊ること。


      だから、さっしーそれまでは辞めないで。   繭。 )


  そんな私の書いた文字のちょうど横に赤い蛍光ペンで記された小さなサインと、ほんのり浮き上がるようなビビッドピンクのキスマーク。


そして並ぶように、


―― 待ってあげるよ、でもそんなにはね。早くおいで、まほろちゃん




「ちょっと貸して!」


ママの手からひったくる様に奪い取る。丸くてコンパクトにまとまってて主張しすぎないその書体はもう脳裏に張り付いて離れない紛れもないさしこの自筆。



「なんで気づかなかったんだろう・・」


ピンクの鮮やかなキスマークまでついているっていうのに。


そういえば別れ際、


「ちょっと目をつぶってて。 まゆちゃんの夢が叶うようにおまじないしてあげるから」


その声に促されて、私はもう天にも昇る思いで顔がくしゃくしゃになる程のいきおいで目をしっかりと閉じて、さしこの鼻歌のような御まじないの呪文を聞いていた。




「あの時だ、きっと・・・」

胸に込み上げるものを懸命に押し戻した。



私は泣かない子。感激屋さんなのに決して泣かない私だった


─── 強いね繭は


はじめはそんなママの言葉がうれしくて褒めて欲しかっただけなのかもしれない

だから小さいころから涙が出そうになると唇を噛んできた。


元々小さい頃から体が弱く、喘息気味で体力に自信がなかったから気持ちだけでも負けたくなかったからかもしれない。


運動会で転んで転んでびりケツでゴールしてもそれでも笑ってやった。こんなのへっちゃら、おどけて見せて強い自分を演出した。


そしてひとりでトイレにこもって涙を拭く、そんな毎日。




(違うんだよ、ほんとの私はこんなんじゃない)


いつしか私のどこかそんなで想いが芽生え始めていた。


そしてある日私は衝撃のステージを目にする。金色の煌びやかなコスチュームを纏い満天の星空に向かってその人は涙をいっぱいその目に溜めながら拳を突き上げていた


A~K~B~~~フォーティーエイト!


なんで泣いていたのかは分からない。 でもその涙の美しさと力強さは幼い私の心にも痛いほど伝わってきた。


―― 何なんだろうこのお姉さんたちは


のちにそれが世界最大のアイドルグループAKB48でありリバーと言う楽曲であり真ん中で叫んでいたのはたかみなと呼ばれている人であることを知る。


ステージやテレビで見る48のみんなは涙を武器に強く生きていた。弱い自分を隠さない、それが本当の強さなんだと。





「もういいでしょ繭。」




なにがもういいのかははっきりとは分からない。


でもママも少し泣いていた。やっぱり少し鼻水を垂らして。

そんなママに大きく頷いて私も鼻水を思いっきりすすり上げた。

そしてノートに浮き出たさしこの”分身”に言ってみた。




待ってろさしこって。


涙がぽとぽとぽとぽと頬を伝って大学ノートの上に落ちていく。


これからはこの涙も私は武器にする。


だから、待っててさっしーて。

それから私は何度そう呟いたのか分からない

2017年、翌年のドラフトのステージに上がるまで。






「ティッシュ持ってるっ?」


萌夏が鼻をすすり上げながらまた笑ってる。



「泣くか笑うかどっちかにしたら」


「だってぇ・・・・」


「こいつと生きていくんだよね私は」涙を流しながらふにゃふにゃ笑うその顔を覗き込みながら、口移しの様に私は囁く。



「こいつって言うにゃ!」


にゃんにゃん萌夏が今度は口を尖らして吠える。その尖った唇の先からはピンクの火炎が沸き立つようだ。


驚異的な握手券の売り上げ、完売に次ぐ完売はもう記録的。ソロコン、ソロ写真集、史上最速デビュー、歌唱力はAKB歌コンで二位の実力。メディアはその圧倒的な存在感と透明感をグループの至宝、AKBの救世主とジャンヌダルクと褒めちぎる。


そんな16歳になったばかりの少女に色めき立つ界隈の大人たち。




次々と終わるテレビやラジオの看板番組。そのひとつひとつに大きなため息を漏らす。


もうだめかもしれない、そんな想いがメンバーにもファンの間にも溢れてる。みんなが気づき始めてる今までと違うAKB。見限ったように頼もしき先輩たちがひょいひょいとさくっと辞めていく。そんななかにポツリと光る怪しげな発光体。それは.大人達に計り知れない夢をあたえてしまう超個性



(私なら噛みち切ってやったのに)



まほほんの事件の一報を聞いて萌夏は大きな瞳を吊り上げながらそう一言で切り捨てた


(それがうちらの爪痕。それがのちのち証拠になったのに)


ある意味16歳の女子らしい発想かもしれない。けど核心はついてる。


大人たちに対してあれこれやと論法を駆使して反論しても反駁しても


最後はその狡さ狡猾さに押し切られるに決まってる。


結局は形あるものが勝ち負けを決めるということ。大袈裟に言うならもしまほほんが襲われた時、相手の指の一本でも噛みちぎって大事になっていれば展開は違ったはず


萌夏はそう言いたかったのだろう。


そんな後先を考えず遮二無二前へと進む、この子にAKBはその未来を託すようだ。


そしてわたしにも・・




「一緒に噛みちぎってやろう、萌夏」


分かったのか分からないのか大きく頷く矢作萌夏


その目はまだ幼くて見据えるものが何なのか。


おそらく大人たちには見当もつかないはずだ。




崖っぷちに追い詰められた子羊たちの大きな群れ


崖下に拡がる大海原。


翔べるのか、未知の大空に大海原に


それとも坂道から上がってくる”物言わぬ”インフルエンサーたち”に毒され侵され


そのまま朽ち果てるのか



「今のAKBは創成期の頃のどん詰まった状況とよく似ている。新しいことをやらないと浮かび上がれない。


でも何をやる、誰がやる、旗は誰が持つ? ファーストペンギン、聞こえはいいけどポシャッた時のダメージは致命傷になるほど大きい」


だから覚悟がいる、なれるかお前に。その覚悟はあるか。私は秋元先生にそう言われた。




(あんたはどうなの?萌夏)心の中でそう呟いてみた。


もしかしたら・・・もうこの子は気づいているのかもしれない、自分が何者かを。



「ねぇ、リバーをダブルセンターで踊れたらさぁ、どっちがA~K~B~って言う?」


「言いたい」


「私も。 譲らない?」


「譲らない」


「ふふふっ」


萌夏がまた歯をむき出しにしてニッと笑った。


でもそれはいつもの人を食ったような笑みじゃない。


しっかりとした意思を持った不敵な笑みだ。


(この子、こんな顔もするんだ)


私が見つめる先にはコミュカお化けと言われるちゃらけた萌夏はどこにもいない。


その目は遠くを見つめてるようだ。


二匹のファーストペンギンがその小さな翼を広げようとしていた。



「センターの覚悟なんて・・・ないです。ただ・・・」


「ただ?」


「ただ、やらかす覚悟ならあります。萌夏となら」


その私の言葉に秋元先生はうんうんとその真ん丸い顔をいっそう丸くして、笑みを浮かべながら静かに頷いているだけだった。


でもその笑顔はまるでどこかの気のいいおじさんのようで、二年間ずっと見てきた秋元先生とは別人のようだった。


その笑顔はきっと


AKB48はまだまだ終わらない


そう、お前達が終わらせないんだ。


そう言ってるに違いない。私にはそう思えて仕方が無かった。



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AkibaStory ~試される時 マナ @sakuran48

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