うちらの敵はAKBじゃない

朝から雨がぱらつくうっとおしい空模様にファンの方の出足も少なめ。暇をもて余す私達を尻目に選抜常連の人気メンには人の列が絶えることはないみたいだ。




「真幌繭って言う子、握手会免除されたんだって?」




「免除じゃないよ、自分でスルーしてるだけ」




「でも上の人達、結局放置なんでしょ」




SKEの研究生の二人、野島かのと和田あいな。


握手会は始まっているものの需要がほぼないためかお呼びがかからず、休憩所で待機するという憂き目に合っている。



「でもさぁ、スルーしてる癖に会場には来て、ミニライブには参加してんのよ、考えられる?その子の神経」




栄と本店との格差。それは何も設備や収入の面だけじゃない。


考慮される個々のメンバーの諸事情も各支店に較べて本店AKBは圧倒的にその振り幅は大きい。


松井珠理奈がことあるごとにAKBを敵視するのはここら辺に依るところもあるのだろう。




「握手会と劇場公演はグループの鉄の掟だよ。栄じゃあこの二つのどちらかが欠けても許されない。本店だって例外じゃないはず。


乃木坂がどうの坂道がどうのって言ってる場合じゃないんだよ、うちらは」




「 だーすさんが言うんだよね、今は分からなくても長い事居れば分かるからって。


選抜に入ろうものなら三日としないうちに分かるって」


「なにそれ?何がわかんのよ?」


「だから、今は分からないでいいっていう意味じゃないの」


「うちら雑魚メンになんかは分からないでいいって言いたいわけ?」


「そうじゃないんだろうけど・・・」


「そんな特権メンにしか理解できない事なんで大勢の前で言うのよ。


それも総選挙の会場でだよ。

うちらの敵はAKBじゃないから?乃木坂だから?

わかんないよ、そんなの。

自分が一位になったってSKEが一位になったわけじゃないんだからね」


「ちょっとぉ、あいな。私におこらないでよぉ、それに声大きいし・・」


「だってそうでしょ、

身売りされてAKSから離れて劇場も無くなって、何が敵はAKBじゃないのよ。

HKTは逆に劇場できたのよ、私達から奪うみたいに。


劇場なくなったらうちらみたいなのは何処にも居場所がなくなんのよっ

闘うんなら、乃木坂じゃなく博多か難波でしょ!」




「もう、やめときなその辺で」


数えるほどしか人のいない休憩所の隅から呟くような声がした。

仕切り板で区切られたこちらの世界は何千もの人々が蠢くインテックス大阪の会場とは思えないほどのしずけさに満ちていた。

誰が聞いてもわかるであろうその声の主はこちらに背を向けてスマホに指を走らせていた。


「指原さん・・・」


「そういう生き方しかできないのよ、珠理奈は。あんたたちにはわかんないだろうけどね」

振り向きながら眉を潜めて悪戯っぽく微笑む指原莉乃に二人は片をすぼめてペコリと頭を下げる。


「あっ、あのぉ、私達は・・」



「あのさ・・ちょっと聞いていい?」


「はい?」


「珠理奈って誰のために戦ってると思う?」


「・・・・」



「あんた達の為じゃない。


そうだよ、もちろんそう。もちろん自分の為。

でもね、本人は自分が勝つことが全ての一番の近道、

そう思ってるんだよ。


ピュアにね、真っ直ぐにね。そう思ってるの」



おはようございま~す、


二人三人四人と横切るメンバーを横目で追いながら指原莉乃の話は続く。



「それと私は初めてじゃないよあんた達」


「えっ、だってお話しするのは・・・・」


「そう、話すのは初めて、でも会ってる、コンサートや総選挙の合同の円陣で。

名前も知ってる。


えっと・・かのちゃんとあいなちゃん・・・でしょ?」


小さく頷く二人。あいなのひきつる頬に思わず手がいく、かの。


「どちらも七期生でなかなか昇格できない。


かのちゃんはだーすに憧れてて、モデル志望。


あいなちゃんは・・・いろいろ悩み事を抱えてて今はちょっとした栄の問題児で、もう心の中では卒業を決めてる。そんな感じかな。」



「なんでそこまで・・・?」




「ふふん、知ってるのって?」


「・・・・」


「そういう時には珠理奈がね、決まっていつも横にいるのよ、何故かね。

それでね、こっちは何も聞いてないのにいちいち説明してくるわけ。


あの子、あんた達のこと、変に鬼詳しくてさぁ。


もういいって言うのにやめないのよ。

ホントある意味、迷惑・・・

でもね、その横顔見たらさぁ、目がきらきらしてさホントに良い顔してるんだよね、メンバーの事を喋ってる珠理奈は。」


そう言ってさしこはまた通りすぎていく誰とも知らない若いメンバーの背中に細めた目でため息を一つ落とす。




「生き方が下手なんだよね。やってること言ってることは私と同じなのに・・・」




「同じなんですか?指原さんも」




「そう同じ。というか寧ろ私の方がもっと鬼グロい」




ふふっと笑い声を立てるその大きな背中に


(怒られてるんじゃなかった)と二人はほっとしたようにため息を漏らす。だけど背中の向こうのその顔は笑ってはいないらしい。






「あんたたちが大きなステージで歌い踊る頃にはSKE はないかもしれない。そんなことを珠理奈はずっと考えてる。


うちらなんかより、ずっとね」




いつもは後ろの方から頼もしげに見上げるその背中も何故か二人には今日は幾分小さく見えた。


もしかしたら、もうこの時さしこは心の中で卒業を決めていたのかも知れない。


残していくメンバーに少しでも何かを伝えたい


そんな気持ちがいつもより彼女の口を饒舌に変えていたのかもしれない。




           ※※※ ※※※





「もう一度言ってもらえますか?意味わかんないんだけど」


次の楽曲に対する意思確認の為に呼ばれたと思っていた。

奈々さんとのダブルセンター。彼女は私にとっては口に表せないほど遠い存在には違いない。ルックスも歌も大きく劣る私なんかはおそらく横に並べば公開処刑になるのは間違いない。


でもアイドルってそんなとこだけで勝負が着くとは決まっていない。


(なぁちゃんの喉元に食らい付くぐらいの覚悟でやってみな、そのぐらいであんたにはちょうどいい。それにおそらく楽曲もそんなイメージの曲になる)


さしこはさんもそう言ってくれた。

グループ内で渦巻く私への不満やそこに発生するメンバー達のダマをさしこはさんは溶かしてくれている。

考えさせてください、数日前そう答えた返事を今日はしっかりとした形にする覚悟で来たのに。

さしこさんが後ろにいてくれるそれで私はここに立てているのに。



「指原は平成最後を持って卒業する。

おそらくここ二三日の間に彼女自身の口から語られるはずだ。

尚、わかってるとは思うけどそれまではこの事は君の胸に納めておけ。もう一回言おうか、真幌繭」



秋元先生の声はどこまでも穏やかだ。

おそらくこの秋葉原の上空に北朝鮮からテポドンが打ち込まれても

南海トラフが動いて震度9の地震による高さうん十メートルの津波に飲み込まれようとISの兵士によって黒光りするナイフをその喉元に突きつけられようと彼の表情とその声のトーンは変わらないだろう。




「なんで?なんで先生は止めないんですか?

なんで、そんなに簡単に辞めさせるんですか!?

横はんさんもゆきりんさんもみーおんさんも

意味わかんない。ホントみんな、意味わかんない」



私のこの鼻水とぐちゃぐちゃになった涙の意味をわかって欲しいなんて思わない。けどさしこさんのいないAKB がどれ程のものなのか。

その意味はみんなが分かっているはずなのに

それなのに、なんで・・・・



「私は・・少なくとも私は、さしこさんがいないとだめなんです」

力なく漏れた私の声に秋元先生はただにこやかな笑みを浮かべているだけだった。



もうAKBは指原莉乃のいない道を進み始めている

だからお前なんかが先頭を走れるんだろう


まるで、そう言わんばかりに・・・


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