第5話 歪み
~速水勇輝~
午前10時、奏多の家の前にて
「ふぁー、おはよ。」
俺と日向美と由梨と運転手さん、この中の誰よりも遅く、まあ要するに最後に来た奏多は欠伸混じりに涙目になりながら手を振る。
「すごい眠そうね。よく眠れなかったの?」
日向美は心配そうに奏多の顔を覗き込んでいる。
「んー、あんまり寝てないけど慣れてるから大丈夫だと思ったんだけどなーー。」
慣れている、と言うのはきっと高校に入ってから帰宅部なのをいい事に色んな部活に散々助っ人として呼ばれていたからだろう。
何度か大丈夫なのかと声を掛けたが、本人は楽しいからいい、との事だった。
小さい頃の弱っちい奏多は何処へ行ったんだろうか。
「こんな時に寝ずに何してんだよ。」
「ちょっとやる事があってな。」
目の下には薄らと隈が見える。下手したら一睡もしていないのかもしれない。
ーー奏多は変わった。俺達が死にかけたあの日から。
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俺があの後病院のベットの上で目を覚ました時に病室に居たのは奏多だけだった。
俺が目を覚ました事に気が付くこともなく微動だにしなかったし、俯いていて顔もよく見えなかった。
いつもの奏多とは違う、何か異変を感じた。
「奏多ーー?」
奏多が俺の声にピクっと反応をしてゆっくりと顔を上げる最中に、その顔は悲しんでいるのだろうか、怒っているのだろうかと、色々想像している内に
「お、目覚ましたんだ!」
と、にこりと笑いこちらに近ずいてきた。
さっきまでの雰囲気からはまるで想像出来ないその表情にキョトンとしている俺を気にもとめず奏多はぺらぺらと話し出した。
あの後どうなったのか、何故病院に居るのか、そんな事を一通り説明し、一頻り話終わると今度は、「あっそうだ、皆を呼んでくるね!」と俺に話す隙も与えずくるりと後ろを向き病室から去ろうとする。
「あっ、ちょっと!」
俺の呼びかけに振り返った奏多に、何であんなに悲しそうに俯いてたのーー、と聞こうと手を伸ばして躊躇う。悲しそうだなんて気のせいかもしれない、だってあんな明るく話していたじゃないか。
そんな事を考えて口を噤んだ俺を見てふと思い出したかのように奏多が口を開く。
「そうだ、あのさ、これからはーー」
軽く微笑み、少し瞳を揺らして静かな声で言った。
「俺が守るからーー。」
今思えば子供のくせに随分と大層な事言ってくれてたよな。でも、その時の俺は何言ってるんだよ、と笑いかける事も出来ずに、返事もしないまま固まっていた。
その後すぐに背を向け奏多は病室を去った。
次の日から、いつも通りの奏多だったけど、少しだけ変わった事があった。
日が経つにつれて一人でなんでもこなすようになり、ーー俺をあまり頼らなくなった。
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昔のことを何となく思い出した俺は奏多から車に視線を移し、歩き出す。
「何処行くか知らねぇけど、さっさといこーぜ。」
「あ、ああ。」
不機嫌になった俺に戸惑う奏多に気付かないふりをして俺はくだらない事を考える。
もっと、いや、少しでもいいからさ俺の事ーー、
「頼ってくれたっていいのに。」
誰にも聞こえないように小さく呟いた俺の声は直ぐに消えた。
「そういえばど、何処に行く予定なの?」
狭い車内。いや、決して狭くは無いのだが、後部座席に3人で乗っている状態では狭く感じてしまう。なんで助手席が奏多なのかは謎だけど、何となくこうなっていた。
奏多は頬杖をつき窓の外を眺めて考え事をしているようで黙っていた。
俺は、何となく気まずくて黙っていた。
その気まずさを汲み取ったように俺の隣、真ん中に座る由梨が懸命に喋っていた。
恐らくそれは奏多に向かって言ったのだろうけれど、考え事をしている奏多の耳には届いていなかった。
「あっ、えっとーー。」
「奏多?どうしたの?」
由梨がどうしよう、と言わんばかりの表情で困っていたのを見かねて日向美が奏多に声を掛ける。
ーーが、返事は無い。
「奏多?」
「あ、え?俺か?」
二回目の日向美の呼びかけでようやく気がついた奏多はとんでもなく間抜けな返事だった。俺は話には参加せずに話を聞く。
「そうよ。由梨が話しかけたんだけどーー、やっぱり少し寝ていたら?」
「そうかーー悪い、由梨。眠くは無いから大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだから。」
3人とも感じただろう。何かがおかしいと。
起きているのにも関わらず、あれだけ声をかけられないと気づかないのだから。
「なあ、何かあるなら俺達に話してくれよ。」
耐え兼ねた俺は口を挟む。
「いや、寝不足のせいでボーっとしてたみたいだ。悪かった。」
なんだよ、さっきから。イライラする。奏多はなんか考え込んでるし。この空気もうぜーし。
「さっき眠くないって言ってただろ?眠いのか考えてんのかどっちなのか分かんないし、いくらなんでもボーっとし過ぎなんだよ。これからの事だろうがお前の事だろうが俺達の事だろうが、悩んでんなら言ってくれよ!そんなに俺達信用ならねぇのか?」
気がついたら口走っていた。思った事を感情に任せて強く奏多に当たる。
日向美と由梨は怯えた顔で、奏多は驚いたように、心配そうに俺を見る。
「どうしたんだーー、勇輝?」
心配をしてくれている奏多に対しても何故かムカついた。なんでこんなにイライラするんだろうか。自分でも分からない。このまま話したらこいつらに変に八つ当たりしてしまいそうだった。
「ーーっ、何でもない。」
俺はふいっと窓の方を向き、目を瞑る。
モヤモヤというか、イライラというか、とにかく落ち着かない。少し眠ろう。起きたら落ち着いているはずだ。
1時間後
「ーーき、ゆうき。勇輝ってば!」
ガクガクと肩を揺らされて、目を覚まし、目に入るのは日向美の顔。
「なんだ、お前かよ。」
「なんだとは何よ!由梨が優しく起こしても起きないからでしょ。」
あれ程荒く揺さぶられて起こされたということはなかなか起きなかったのだろう。
「だ、大丈夫?勇輝くん。」
日向美の後ろに車の外で立っている由梨が心配そうに覗いているのが目に入る。心配している顔も可愛いな。
「誰かさんの起こし方のせいで少し頭がぐらぐらする事を除けば大丈夫だよ。」
「にやけてないで早く降りてよ。というか、私のせいみたいに言わないでよ、起きない方が悪いんでしょ!」
しまった、由梨の顔を見て自然に笑っていたみたいだ。こいつに指摘されるのだけは癇に障るな。
日向美が文句をギャーギャー言っているのをはいはいと軽く流して車から降り、奏多が居ない事に気づく。
「あれ、奏多は?お前が奏多に着いて行かない事も珍しいし。」
何処に行くにも奏多に着いて行く、と言っても過言では無いほど奏多にべったりな日向美がここに残っているということは、ーーついて来るなと言われた、そのぐらいだろう。
「っーー。」
少し顔を逸らして怒ってるとも悲しいとも寂しいとも取れるような複雑な表情をする日向美を見る限り正解だろう。
「き、きっと少し静かな所に行きたかったんだよ。疲れてそうだったしーー!」
下手をすればお前が居るのとうるさいとも取れる微妙なフォローを懸命に入れる由梨を見て曖昧な笑で日向美は顔を上げる。
「私なら大丈夫だよ、何とも思ってないから!」
へらっと笑い由梨の頭をぽんと撫でて心配をかけないようにする。少し由梨より背の高い日向美がそうしている姿はまるで姉妹のようだった。
俺にはそれが、強がりと言うよりは自分に必死に思い込ませようとしているように見えた。
俺が空気を悪くさせたせいでこうなっているんだと思うと話を変えたくなった。
「んで、ここは何処なんだよ?」
車が止まっているのはコインパーキングのようだが、辺りは統一された古風な街並みが続いてる。灯篭の様な雰囲気のある街灯が等間隔で付いていて明るさも十分あり、観光に持ってこいといった感じの場所だった。
ただ、ここまで綺麗に整備されているにも関わらず人の気配が異様に少なかった。
「ここは温泉が有名な観光名所だよ。こんな時には人通りは少ないみたいだけどーー。」
由梨の後に日向美が付け足す。
「地熱がなんとかとか奏多が言ってたけど、要するにここが他の場所に比べたら暖かいって事らしいわよ。」
俺が聞きたかったことは何となく分かった。が、ひとつ分からないことは、
「じゃあ、俺達はこれから何すればいいんだ?」
特に考えもせずに口走った後にはっと思う。奏多がいないとつくづく何にも出来ないんだなと。
自分では行動せずに頼りっぱなし。何がもう少し頼ってほしい、だよ。こんなに頼りないやつなんて何にも出来ないよなーー。
拳を握り、奥歯を噛み締める。無力な自分が憎い。さっきからずっとイライラしていたのは、自分のせいだったんだ。
「それはーー。」
「えっとーー。」
二人とも口ごもる。もしかして何も言われてないのか?
「お、お散歩しよ!気分転換に!」
由梨が咄嗟に思いついたであろう提案をする。気を使わせてばかりだな。
「せっかく観光名所に来たんだし、歩いてたら何か見つけたりするかもーー。」
徐々に自信をなくしたように声が小さくなっていき、不安そうな顔をする。由梨のこんな顔は見たくない。
そう思うとなんだかさっきまでイライラしていた自分が馬鹿らしくなった。
「そうだな、行こっか。」
頭をぽんっと撫でて笑いかけると花が咲いたように笑い、「うん」と返事をする。
俺は何をしていたんだろう。俺のせいで由梨に暗い顔をさせて、気を使わせて。こんなことがしたかった訳では無いのに。
由梨に笑ってほしい。勿論、奏多に頼って貰いたいのは変わらないが、その時に由梨にあんな顔をさせるようでは意味が無い。
さっきまでのモヤモヤした気持ちがふっ切れた俺は軽い足取りで街を歩き出した。
地球最後の日に アネモネ @amariris
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