第4話 準備
〜
「かっこよくて、優しくて運動も勉強も出来るだけでモテてるのに、その上お金もあるなんてずるいじゃんーー。」
私はボソッと早口に言い捨てた。奏多には聞こえてなかったようでキョトンとした顔で私を見ている。
「何でもない!早く行こ!」
何と言ったか追求されてはたまったものでは無い。私は足早に車に乗り込んだ。
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「はぁー。」
私は騒がしい教室の中、1人で窓の外を眺めて、頬杖をつきながらため息をつく。
つい1週間前から高校生になった私はクラス内でのグループがほぼ決まる初めの1週間で上手くみんなの会話に入れず、めでたくぼっちになってしまったわけだ。
別に嫌われているわけではない無いし、友達が居ない訳でも無い。ただ、このクラスでは1人で1年を過ごす事になるのかと思うと先が思いやられる。
「人見知りではないんだけどなー。」
こんなに騒がしい空間ではいくら独り言を言っても誰の耳にも届くことは無かった。
「あのーー。」
「うわぁ!」
後ろから肩を優しくぽんっとされただけに対してビクッと肩を上げて大声を出し、振り返るというオーバーリアクションをとってしまった。
あんなに騒がしかった教室内はピタリと静まり返り皆私を見ていた。は、恥ずかしーー。赤い顔を隠してしばらく下を向いていると、いつの間にか教室にはガヤガヤと騒がしさが戻っていた。
「あの、ご、ごめんなさい!驚かせるつもりは無かったのーー。」
顔を上げると私に声を掛けてきた女の子が頭を下げていた。
「あ、いいのいいの!私が驚きすぎただけだし。顔上げて?」
女の子の肩に手を置き眉を寄せて少し困りながらも笑いかけるとぱぁっと花を咲かさせた様に笑顔でこちらを見る。なんだか可愛い子だな。顔もそうだけど、動作というか雰囲気というか、とても可愛いらしい子だった。
「そう言えば、何か用があったのーー。」
恥ずかしさや驚きで忘れていたが、喋りかけてきた理由を聞こうとする。すると、女の子の後ろからひょこっと男子が出てきた。
「良かったな!高宮、ずっと喋ってみたいって言ってたもんな!」
初対面で失礼ではあるが、なんだかあまり頭が良くなさそうな人だった。高宮とはこの女の子のことなのかな。いや、だとしたらそんな事より気になる事がある。私と喋りたかった?この女の子が?
「ちょと、速水くんーー!勝手にいわないでよー。」
女の子は後ろに振り返りむくれた後にこちらに向き直り話し始める。
「あ、あのね!窓の外をいつも眺めている子が綺麗だなーって思ってて、でもよく1人でいるからあんまり話しかけない方がいいのかなってーー。でも!優しそうな人で良かった!」
少しもじもじと恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑う。気を使ってくれただけだとしても、綺麗だなんて言われるのは初めてで、心が暖かくなるのを感じた。私は手を出して微笑む。
「ありがと、私は周日向美。よろしくね!」
「私は
また嬉しそうに笑いながら手を繋いでくれた。
「良かったな。」
横からもう1人男子がこちらに向かいながら声を掛けてくる。
「月城、くん?」
横から来た男子、月城君は学校内の女子の中では有名人だ。成績優秀、運動もできてイケメンだと。
「あれ、俺の事を知ってたんだ。月城奏多、よろしくな。」
驚いたような顔をした後に笑いかけて自己紹介をしてくれる。
思わず名前を言ってしまっていた。だって、私もかっこいいと思ってたからーー。いやいや、というか、本人は有名人だって自覚がないのか。
「流石有名人だなー。俺は速水勇輝よろしくー。」
頭の良くなさそうな(失礼だけど…)人が月城くんに少し嫌味っぽく言った後に私の方を向き自己紹介をしてくる。この3人は仲が良いのかな?
「3人はいつも一緒に居るの?」
3人の中で1番話しかけやすい由梨ちゃんに聞く。
「うん、よく居るかな。速水くんと月城くんは幼馴染なんだって。私は速水くんの隣の席だったから。」
幼馴染なんだ。なんかちょっと意外かも。そんなに仲が良さそうにも見えないし性格もテンションが高くて明るい速水くんと静かでクールな感じの月城くん、正反対なような気がした。
それからはよく3人で居るようになっていき、3人の事が分かってきた。
速水くんはお調子者だけど、結構気を使ってくれたりする人気者。由梨ちゃんは物静かで頭が良くて優しい、とても可愛らしい子。2人はお互いを好きのなのかな、と勝手に思ったりもした。
そして月城くんは、かっこよくて色々完璧だから相変わらずモテてるけどーー、速水くんの前では意外とよく笑っているし、ふざけたりもする。やっぱり幼馴染なんだなーと思った。
いつかそんな顔を私に向かってしてくれないかな、なんてね。
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ただでさえモテてるから私の立場が危ういのに、こんな事が奏多狙ってる子に知れたら大変だーー。違う違う、そうじゃなくて、いや、それも大事なんだけど、今はそんな事より考える事が色々ある。
これから二度と家族と会えないかもしれないんだからーー。
「大丈夫か?」
窓の外を眺めていた私は隣に座っている奏多に声を掛けられて振り返る。
「わっ!」
思いの外顔がすぐ側にあって驚いた。
「悪い悪い。とんでもないアホずらをしていたからつい近ずいてた。」
「えっ、うそ!」
思わずバッと顔を触って確かめる。そんなに変な顔してたのかなーー。
「ぷっーー、あはは!ここまでなんでも顔に出るの日向美くらいだよな!」
我慢しきれなかったように吹き出し、笑いながら馬鹿にしてくる。この顔は、イラつくなあーー。
「悪い悪い、そんなに怒んなよ。」
また顔に出てたのか!
「そんなに驚く事ないだろ?」
「もう、私の表情と会話しないでよ!」
ここまで顔で心を読まれては、声に出すしかない。これ以上馬鹿にされては我慢ならない。とは言っても、そんなにイラついても無いし、奏多の笑った顔が見れて少し嬉しかったりもしたしーー。
「ふふ。お2人は本当に中がよろしいんですね。」
運転手さんが、前を向いたまま笑いかけてくる。
「う、運転手さんまでーー。」
顔は乗り込む時にもよく見ていなかったが、少し見える後ろ姿では、とても綺麗な雰囲気の人だった。
「私、こんな状況になってとても不安だったんです。今日もお仕事が入って仕方なく来たんです。でも、こんな風に明るい方で少し元気を貰いました。それにーー。」
運転手さんは優しくて綺麗な声でそう言い、少し迷ったように
「私も主人が居るんです。なんだかお2人を見ていると主人の事を思い出して。本当はもうすぐ式を挙げる予定だったんですけど、無理かもしれないと思ってーー。すいません!なんだか暗い話をしてしまって、主人の事を思い出してつい。」
「式、きっと挙げられますよ。生き残ると決めたなら。」
なんと言うべきか悩んでいた私の横で奏多はそうれだけを言った。
運転手さんは少しの間の後に嬉しそうに、そうですね、と言った。きっと驚いて少し間が空いてしまったんだろう。
私はそう言った奏多の顔が見たく横を見るが、窓の外を眺めている後ろ姿しか分からなかった。けれど、声色はやけに落ち着て居るようで少し不安になった。
約4時間後 午後5時過ぎ
「沢山買ったねーー。」
大きめのトランクがほぼ埋待っているのを見た私は思わずそう漏らす。
あの後何件か店を周り買い物をした私達は奏多の家の前まで戻って来ると由梨達と合流し全ての荷物をトランクに詰めた。
「色々買ったんだね。」
由梨が目をまん丸にさせてトランクの中を見る。
「この後はどうするんだ?」
勇輝は疲れを露わに肩を手で押さえてぐるぐるさせながら聞く。
「とりあえず今日は解散だな。明日はこの荷物を移動させたいと思う。」
勇輝の事は見向きもせずトランクの中を見つめて考え事をするような素振りをしながら喋り、ふと考え事をやめ少し俯く。
「家に帰ったらーー、それぞれ家族に連絡してくれ。」
ゆっくりと寂しそうに言葉を紡ぐ。なんだか、とても悲しい目をしているような気がして嫌な胸騒ぎがした。
「ところで、明日は何するの?」
この嫌な雰囲気と奏多の悲しそうな目を見るのに耐えられず私は声を張って言う。
「あ、えっと俺達がこれから過ごす場所、シェルターを探すつもり。とは言ってもシェルターと呼べるほどの物が見つかるかは分からないけどーー、」
私の声に少し驚き、戸惑った後に説明を始めた奏多の瞳にはもう、悲しい色は無かった。
良かった、のだろうか。今、悲しい色は無くてもまたあの色になるような気がして、説明を続けている奏多の声が遠くなっていく。
「日向美?」
由梨の心配そうな声でふと我に返ると皆が私を見ていた。
「どうしたんだ?ぼーっとしてた。」
「あ、うんうん。何でもないよ。」
「そうか?じゃあ、明日は朝10時から集合出来るか?」
「いいけど、何で早くしたんだよ?」
「やる事が多くなると思うからな。あと、もしかしたら泊まりになるかも知れないから軽く準備して来てくれ。」
「ええ!お泊まりするの!色々準備しなくちゃだね。」
「お泊まりって言ってもするか分からないし軽くでいいよ。」
ーー。
私の不安は無かったように話は続く。ぼんやりと奏多の顔を眺める。きっと大丈夫だよね。
30分後 午後6時前
「ただいま。」
家に入りドアが閉まると同時に家の中に声を掛ける。返事は無かったが、特に気にもとめずに、ポイッと靴を脱ぎ捨て、部屋に上がる。
ーーふぅ、と溜息をついて振り返る。脱ぎ散らかされた私の靴を拾い揃えて置く。何となく疲れたから何となく靴を散らかしてみたりしたけどやはり落ち着かない。
昔はお母さんがわざわざ部屋まで私を呼びに来て靴を揃えさせられていたのに、今では声を聞くことすら少なくなった。
洗面所に寄り手を洗い、リビングへ行く。目に入るのはソファーで寝ているお母さん。私はそっと近ずき毛布を掛ける。
「風邪引いちゃうよ、こんな所で寝てたら。」
声を掛けても起きることの無いお母さんに背を向けて2階の自室へ向かう。
お母さんは1年前にお父さんと離婚してからずっとこんな調子だった。精神的に病んでしまい、日に日に寝ていることが多くなっていった。声を掛けてもなかなか起きない。
最初は心配して声を沢山掛けていたが、今ではもう慣れてしまった。
こんな状態のお母さんを置いていくんだよね、私は。
「起きたらちゃんと話さなきゃだよね。」
1時間後 午後7時
「あ、おはよう。ご飯今出来たところだから食べれそうだったら食べてね。」
のそのそとソファーから起き上がったお母さんを見た私はゆっくりと大きめな声で話し掛ける。
「あら、また寝ちゃってた。ごめんね、いつも迷惑かけて。」
これが最近のお母さんの口癖だ。よく寝ていたはずなのに目の下にはクマが出来ていた。
「うんうん、気にしないで。あ、ご飯食べながらでいいけど、少し話があるの。」
2人には少し大きすぎる机に向かい合わせに座る。
「いただきます。」
お母さんはゆっくりと箸を動かして口に運びゆっくりと数回噛むと嬉しそうに笑う。
「日向美は本当に料理が上手ね。ごめんね、私が作ってあげられなくて。」
口癖にごめんねと言うお母さんの顔が奏多のあの時の顔に似ていて胸がぎゅうっとなるのを感じた。
「あのね、お母さん。」
話さなくては、ちゃんと説明しなくては。
「太陽が消えちゃったの。私は友達と今日会って生き残るために準備して来たの。それでね、私と友達の4人でシェルターに避難しようって話になってねーー。」
そこまで話してはっと顔を上げる。しまった、何も考えずにつらつらと話してしまった。お母さんはポカンと口を開けて驚いて固まっていた。
「あ、ごめん、こんなに急に話してもわからないよね。ゆっくり話すね。」
「いいのよ。そんなに私に気を使わなくても。」
今度は私が口をポカンと開ける。驚いた。責めてる訳でも怒ってる訳でも無い。悲しい訳でも寂しい訳でも無い。とても優しい表情で、声色で私に語りかける。優しい私のお母さんの顔だった。こんなお母さんはいつぶりだろうか。
「よく分からないけど、分かったわ。行っていいのよ。お母さんの事は大丈夫!お母さんこう見えても料理は上手なのよ。」
自慢げに、楽しそうに喋っている。てっきり、貴方も私を置いていくの?とか言われると思っていた。
「知ってるよ、お母さんが料理上手な事くらい。」
嬉しかった。また昔のお母さんに会えて。声が震えて目から涙が出てきた。
「あらあら、日向美は泣き虫なんだから。」
手を伸ばして涙を拭ってくれる。でも、少し違和感を感じた。こんな風に私をあやすお母さんは私が本当に幼い頃にしか見たこと無いからだ。
ああ、分かった。
「お母さん、私はもう高校生だよ?」
涙を拭ってくれたお母さんの手を握る。
「何言っているの?日向美は小学生でしょう?」
やっぱり。本当に分かっていない様子で不思議そうな顔をしている。きっと何らかのきっかけで記憶が何年も前に戻ってしまったのだろう。私の事を認識出来ているだけでいい方だ。
「そう、だったねーー。私、明日から少し出掛けるからね。ごめんね。」
「私なら大丈夫よ。」
「ごめんね、ごめんねーー。」
泣きじゃくりながら謝る私を大丈夫、と慰めてくれるお母さんを見ていると本当に私の気持ちが分かってくれているような気がしてまた涙が出てきてーー。
ごめんね、お母さん。
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