想い違いは時に

朝凪 凜

第1話

 転勤族の父のおかげで私はよく転校をしてきた。

 小学校の頃から一、二年での転校を繰り返して、高校生になった今でもそれはまだ続いている。

 友達は毎回作っていたけれど、小学校の友達とはもう連絡も取れず、中学の友達とはメールでやりとりをしていたけれど、それも最初の数ヶ月だけ。

 距離が離れて会うことも出来ないので、段々とメールの数も減り疎遠になってしまった。


 そして高校二年の春過ぎ。五月という中途半端な時期に転校となり、またかとため息すら出なくなっていた。それももう日常の一つになってしまった。

 飛行機や新幹線にももうなれたモノで、そつが無く空港の到着ロビーで預け荷物のスーツケースを待っていた。

 待っていたのだが、待てども私の荷物はやってこない。

 三十分以上待っていると、荷物はまばらに……というよりほぼ流れてこない。

 紛失か荷物の乗せ違いか!?

 と、係員に状況を話して、しばらく待っていると。

「あ!」

 目の前に私のスーツケースを転がしているのを見つけ――

「すみません! この荷物、取り違えていませんか?」

 背の高い、高校生か大学生みたいな男子だ。

「えー!?」

 怪訝な顔でこちらを見、スーツケースを確認する。

「あ」

 名札に東沢美穂あずまざわみほの名前を見つけたようだった。

「すいませんでした」と言って返してくれたのだけれど、そのまま彼は固まってしまった。

「どうしました?」

「あ、いや、僕の荷物がこれじゃ無いってことは、本当の僕の荷物はどこ行ったのかな、と思って」

 そういいながら呆けた感じで突っ立っていた。あまり旅行慣れしていないのだろうと思い、荷物探しを手伝うことにした。

「それじゃあ受け取り場所に戻ってスーツケースを探しましょう。私も手伝います」

 踵を返し、ベルトコンベアへ戻って流れている荷物を探す。


 幸い、まだ残っていたようで「これだこれだ」と取っていった。

 ちなみに私のと柄はあまり似ていない。どうやったら間違えるのかと内心で毒づいた。

「どうもありがとうございました。東沢あずまざわさん」

 相手にお礼を言われ、引っ越しの荷下ろしとかもしなければならないので、挨拶もそこそこに立ち去る。


 慌ただしく新居に到着して、荷下ろしをして、片付けをしていたらもう夜になっていた。今日のことは何も考える時間も無く終わり、明日から転入となる。



 新しい制服を着て、学校へ到着。職員室へ行ってそのまま担任の先生と一緒に教室へ。

「珍しいが、今日からこのクラスの一員となる転入生を紹介する」

 名前と自己紹介を促されるのはいつものこと。

「みなさん始めまして。東沢美穂あずまざわみほです。よくひがしざわと間違われますけど、あずまわざです。父の転勤で転校してきました。色々転校してきましたので、面白い話とか色々あります。これからよろしくお願いします」

「それじゃあ席は一番後ろに用意したからそこでよろしく」

 席に着いて左右に愛想笑いをしていると、見知った顔があった。

「あ」

 つい声が出てしまった。本人にはピクリと反応したが、他の人には気づかれなかったようだ。

 その後、ホームルームやら諸々が終わり、一限までの休み時間となるとさっきの男子がこちらを向いた。

「あなた昨日の……」

「昨日? 何のこと?」

 とぼけているが、さすがに見間違えるはずがない。

「昨日の空港で私の荷物と間違えたでしょ」

「いやいやいやいや、間違えてないし空港にも行ってないし、ましてやライブになんて行ってない」

 近くの他の男子がそれを聞きつけ。

「おうおう! 昨日風邪で休んだのは嘘か。おめぇだけライブ行ったなんてずるいじゃねーか!」

 どうやら、仮病でライブに行っていたらしく。それを私がバラしてしまったということらしい。

「先生には内緒にしてくれよ、な?」

 そうは言っても、私の可愛い悪戯心は止まらず、たまたま一限の先生が担任の先生だったこともあって、見事に暴露して差し上げた。

 いやいや、これは嫌がらせとかじゃなく、クラスに溶け込むための餌になったのです。本人にとっては嫌がらせなんでしょうけれど。

 そんな冗談を言ったりしたおかげで、早くにクラスに馴染むことが出来た。こればかりは偶然の産物で感謝はしている。本当だ。


 その日の放課後に、また隣の彼から話してきた。

「ところで、僕の名前覚えてない?」

 名前? 確か菅原秀彰すがわらひであきって呼ばれてたけれど、と思いつつ。

「菅原君? 朝言ってたから憶えてるけれど……」

「あー、違う違う。もしかして気づいてないのか」

 ?と首を傾げざるを得なかった。

「昨日、振り仮名の無いネームプレートを見て、一発で名前が読めたのは何でだと思う?」

 そういえば、あの時は急いでいて全然気づかなかったけれど、一回で名前を間違わずに呼ばれたことはほとんどない。

「会ったことあるんだよ。十年前に」

 十年前……。小学校一年生。まるで記憶に無い。むしろ十年前なんて普通憶えていないのではないだろうか。だが、根本的におかしなことに気がついた。

「十年前、小学校一年生の時、私は――」

「東中津小学校だった」

「!!!」

 当てられて驚きを隠すことすら出来なかった。

「え、嘘。本当?」

「憶えてないか。まあ、あの時も結構すぐに転校してったからな。それで、俺も中学入るときに引っ越して、ここに来たって訳。あの時からは想像もしなかったけどな。顔も全然記憶と違ってたし」

 ということは、十年前に数ヶ月しか居なかった私を憶えていた? しかも名前まで。

「俺も全然憶えてなかったけど、あの名前を見たときに急にあの頃の記憶が蘇ってな」

 いつも、この名前で間違えられていたのに、初めてこの名前で良かったと嬉しく思った。この名前のおかげで出会えたのだから感謝をしないといけない。名前と、彼に。

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