壮一

「壮大のソウに一番のイチ。俺の名前です」


 どこか落ち着いた様子の青年、ソウイチはミコトとテーブルを挟んで向かい合いながらそう呟いた。テーブルには湯のみが2つ置かれていて中から湯気が立ち上っている。ミコトは湯のみを手に取って茶を啜りながらソウイチの話を聞く。


「みんなにとっての1番になれるくらい立派な男になって欲しい。そんな意味なのかなって思ってて」

「でも立派な人間になるために何をすれば良いのか分からなかったんです」


 ソウイチは俯きながら、出された湯呑みには口を付けず自分のことを語っていった。


 ソウイチの歳は18、元の世界では高校三年生として生きていた。名前の意味を考え始めた時から誇らしく生きることが出来る人間になるために、自分なりの努力をしてきた。身近な助けを求める声に応え、慈善事業のボランティア活動にも積極的に参加してきた。傷ついた人のために身を挺して守ったこともあった。ソウイチの友人や助けられた人たちは彼のことを「優しい人間」や「いい人」と呼び、称賛した。


 だが彼は自分の行いに終着点を見出せずにいた。ソウイチの目標は「みんなから立派な人間だと褒め称えられる人間になること」だったが、それが高校卒業と共に崩れかけていたからである。ソウイチ自身気づきかけていたことだが、他人のために行っていた活動がいつの間にか見知った友人から褒められるためのダシとしての活動にすり替わりつつあった。昔からの自分の意志が矛盾し始め、築き上げられた人間関係の意味がなくなることに気づいたソウイチは「自分の名前」に重みを感じてしまった。自分の生き方に悩みを持ち始めた頃には、元の世界から「壮一」は消えていた。


「普段からならもうちょっと気軽に生きられただろうに」


 空になった湯飲みを置いてミコトは項垂れるソウイチを見つめながら呟く。もう一つの湯飲みは湯気以外に変わりはなかった。その姿に頭を掻いて唸るミコトはその満たされた湯飲みに口を付ける。そしてそのまま口を離さずに一気に飲み干し、空にした湯飲みをテーブルに力強く置く。衝撃で生み出された甲高い音にビクッとして顔を上げたソウイチ、その顔が再び下がらないように透かさず空いた手で制する。フフンと鼻を鳴らした後、呆気にとられているソウイチに対してこう話しかける。


「お前に異世界転生者の話をしてやる、まあさっき調べたんだが」


 湯飲みを置いた手をポケットの中に入れ、もぞもぞと板状の端末を引っ張り出す。ピカピカに磨かれている液晶は暗く、その先にいるソウイチの顔をミコトの手元から鏡のように映し出している。


「馴染みがあるよなこの端末。まあそこらの異世界スマホと一緒にしちゃいけない」


 そういうと自然に液晶が光を発し始める。光の先から顔写真や街の風景、羅列された数字の数々などが並んだいくつかの画面が浮かび上がって二人の前に現れる。ミコトは変化していく画面を指し示しつつ、時には操作をする。そしていくつかの文書をまとめて画面に留めてから語り始める。


「俺の管轄では初めてだったから驚いたが最近増えているらしいんだ」

「不慮のトラック事故で死んだ人間が別世界で特別待遇され第2の人生を送る」

「世界のバランスをぶち壊す、いわゆるバランスブレイカー的存在」

「この生態からして『異世界転生者』とでも呼べばいいか」

「報告書によれば何個か世界が潰されているみたいだ」


 つらつらと浮かび上がったものに目を配るミコト。状況を飲み込めず未だに呆気に取られているソウイチ。流石にその様子に気づくと、向き直りつつすまんすまんと軽く呟きながら制していた手を引っ込める。落ち着かせるようにソウイチの方に手を置いてゆっくりと目を見て話しかける。


「自分のことだってわかってるよな、ソウイチ」

「でもお前はもう大丈夫だ、ココでも変に気負う必要はない」


 少しの間見つめ合っていると、ソウイチがそっと手を払いのけて一息ついた後「もう大丈夫です」と首を縦に振りながら言った。その様子に対して、少し考えながらも無言でうなずき返すミコト。その後も浮かぶ画面とソウイチを交互に見て顎を掻く。やがてその往復が止まると、一つの問いを投げかけた。


「ソウイチ、元の世界に帰る気はあるか?」

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