均衡
「ゲーム」は公平なルールと適度なバランスによって初めて成り立つ。平等であるからこそプレイヤーに適度な緊張感が生まれる。そんな緊迫した状況を打破することが、プレイヤーの「成長」にも繋がる。レベルやステータスでは決して見ることはできないが、確かに積み重なっている「経験」と「知識」。自分が強くなっていると実感できるのがたまらなく楽しかった。
しかし時間をかけて積み上げたそれらはルールやバランスを無視した、いわゆる「ズル」によって呆気なく崩れ去ることになる。飛車角だらけの将棋盤、手札がジョーカーで埋まったポーカー、四隅が既に取られたオセロ盤、配牌の時点で既にアガれる麻雀。最早培ってきたテクニックなんかでどうにかなるレベルではなかった。
それは「ゲーム」ではなく「勝負」だった。プレイヤー同士の了承なんて関係ない。場を見定める審判なんて必要ない。最低限の体裁が整っていれば良い。「勝負」というものは、本来そういうものなのだ。だからこそ、相手がズルをしていたとしても勝ちたかった。真っ向から立ち向かいたかった。
*
「デバッグを始めさせてもらう……ってちょっとカッコつけ過ぎたか」
右手で光る携帯端末を持ちながらミコトは自嘲気味に小さく笑う。相対的にソウイチはその様子を見て声を上げて大きく笑う。
「何するかと思えばスマホ出しただけって、おじさん面白いねー」
「お前みたいな人生舐めてそうな顔と比べたらそうでもないぞ」
お互いに相手に対して煽りをぶつける。小さかった笑いは大きくなり、大きかった笑いはさらに大きくなる。共鳴するかのようにお互いがお互いをあざけるように高笑いを始める。高笑いを先に止めたのはソウイチだった。
にやついてばかりだったソウイチの顔が嘘だったかのような真顔。同時にミコトの後ろで再び巨大な火柱が噴水広場の噴水を焼き尽くした。巻き起こる悲鳴と轟音、天へと昇っていく炎に気づき、ミコトの笑いは引きつったものとなる。
「舐めてんのはどっちかなー」
口調はそのままだが、ヘラヘラとした様子も何処かへ消えている。ミコトを睨みつけ、今にも襲いかかりそうだ。ミコトは引きつらせていた笑顔をやめ、大きく溜息をつく。一息ついて落ち着いたのか、冷静な様子で言葉を返す。
「キャンプファイヤーするなら、余所でやろうぜ……ここじゃ無関係の奴らが巻き込まれちまう」
ミコトもソウイチもお互いの敵意を悟る。睨みを利かせつつ、ミコトは左手で戦いの場所を示す。
「この道を真っ直ぐ行った街外れに、ちょっとした跡地があってな。そこなら充分暴れても問題ないだろう」
「そう。じゃあ先行ってるねー」
場所を認識するや否や、ソウイチはミコトの視界から一瞬のうちに消え去り、その道を駆け抜けていった。その後ろ姿も、すぐに消えてしまったが。
「身体能力はステータス通りか……」
光る携帯端末を親指でスライドさせ、映るソウイチの顔とステータスを眺める。ふむふむと頷きながら情報を再確認していく。
「なんとなく、理解したかな」
ミコトはそう独り言を呟くと、端末を持ったまま目的地に向かう、と思いきや自分が来た道を引き返した。
着いた場所はミコトが朝に外出した時に使った扉の前。つまるところ、ミコトの仕事場である。ただいまーと小さく言いながら中に入る。仕事場はミコトが起きた時と変わっていない。ミコトが端末の画面に触れると、一枚の地図が空間上に浮かび上がる。地図の中心にあるアイコンをずらすように空間をなぞる。
その瞬間、窓に差し込んでいた光が一瞬の間絶たれた。が、直ぐに明るさを取り戻した。ミコトは浮かび上がっていた地図を確認すると、浮かび上がっていた地図は消え、扉から再び外に出て行った。
*
決闘の地に到着したソウイチは訝しげに一点を見つめていた。街に置き去りにした筈の男、ミコトが岩に腰掛けて佇んでいたからである。手には相変わらず端末を握っており、水筒を呷りながら画面を眺めている。
「街からここは結構な距離なあるが、流石に速いな」
ソウイチの存在に気づきつつも、画面は注視したままである。この態度に苛立ちを覚えるソウイチであったが、ミコトに対する疑問の前では些細なことであった。
「お茶を淹れてみたんだ、これでも飲んでゆっくり話でもしようぜ」
「まだ俺のこと、舐めてるのかなー」
ソウイチが顔をしかめる。瞬間、腰掛けていたミコトを火柱が包み込む。轟々と音を立てて燃え上がり、静寂が訪れる頃には火とともにミコトの姿も消え去っていた。が、その静寂もすぐに去ることになる。何事もなかったかのようにソウイチの真後ろから現れて、咳払いをする。
「今回はちょっと距離が離れていたから危なかったな」
ソウイチが振り返った瞬間。再び、豪炎が空へと立ち昇る。しかし今回はミコトの数メートル後ろに発生し、当たることはなかった。ミコトは意に介さずジリジリと近づきながら、言葉を発する。が、後ろからの轟音にかき消されソウイチには届かない。後ろを振り返り不服な顔を少ししてから未だ光り続ける端末を取り出して操作をする。すると一転、唸りを上げていた火柱が何の前触れもなく消え去った。火柱があった証拠は、轟音によって引き起こされた耳の中のノイズ音くらいであろう。
「ちょっと”設定”を弄らせてもらったぞ。これでもうお前の力はないも同然だ」
全く動じた様子のないミコトに対して苛立ちを隠せないソウイチであった。が、どこにも炎が現れることはなかった。端末をポケットにしまい、ミコトはソウイチの元へ近づいていく。面と向かえるほどの距離まで近づく。目と目があった瞬間にソウイチの拳が襲い掛かってくるが、見た目は同じであれど街での素早さや力強さは見る影もない。拳を掌で包むように受け止めると、ミコトは諭すように話しかける。
「別に喧嘩をしたいわけじゃないんだ。茶でも飲んでゆっくり話そう」
目の前の男に勝てなかったという悔しさとは違う、別の感情がソウイチの中を支配し、掌の中の拳は力を失った。それが伝わっていくかのようにソウイチの体も膝から崩れ落ち、首を垂れた。
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